合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 今、昼寝を終えた白髪の親父が玄関からヨタヨタと庭に出て再び戻ってきた。こんな光景、光り輝かないもんね、決して。溌溂さなんて決してないもんね。しょうがないよ、80だもん。臓器ももあちこちガタが出てきた。縁起ではないが、そう長くはないだろうな。

 

 まぁ親父もオカンも長くはないだろう、確かに。まぁでもそれを言うなら、俺だってそうだ。現在51歳、あと30年は生きまい。生きたい未来があるわけでもない。俺には子孫がいない。俺が死ねば、うちは滅亡する。祖父が父という養子を取ってまでつないだ豆々家も、俺という孫が配偶者を持つ環境を作れず、結局豆々家が滅ぶ運命は変えられず、変えられないなら祖父の思いを考えれば酷な話だが、親父が小6で祖父の養子として実家から棄てられることなく、実家の実子として結婚までその身を置いていたなら、もう少し性格が屈折しない人間に育っただろうし、俺ももう少しまともになったかもしれない…って、でも親父が祖父の養子にならなければ、母と結婚していた可能性はほとんどなく、俺の出現もまたそうであっただろうが。でもなんだ、俺が生まれなかったのなら俺はそのほうが良かったと思う。生まれたくなかった。幸せじゃないしね。出会った人も物も事も、全てまったく価値がない。無価値な俺が出会った物事人々には価値がない。すべてが無価値。俺にも幾つか、他から見れば一見、価値がありそうな物事があるという人もいるかもしれない。でもなんで?あれで俺はこうなったんだ。俺が望んだ俺になっていない。能力不足だった。まぁそれにまつわるあらゆること全てが無価値・無駄。命・存在が無価値な人間は体の不調を治療しようとせずにそのまま臓器・患部の壊死を受け入れ、人間として死亡するのを受け入れるべきだろうと、俺は思う。正直、左手小指には触覚がない。原因はわからんが、医師に訴えていたなら治療の対象となっただろう。そして、左足の小指にも、触覚がないんだよね実は。たまたま左手足の小指、触覚ないし。

 俺には、治療を要さない程度の触覚麻痺が四肢に数か所、ある。両手両脚を使用する楽器の演奏を以前やっていたが、触覚の軽微な麻痺なのでおそらく影響はなかったと思われる。今は全く言及しないくらい距離が離れて「音楽」という言葉さえさえ口にしないことがある。いろんなマイナスの思いが音楽にはある。

 

 何か塩辛いものが食べたい。

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