合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 日が明けて、1時。木曜日。


 毛の生えた無闇に脚の長いクモが
 わさわさと這いずり回っている
 不快なので殺虫剤を噴霧した
 どっかに行った
 多分今頃はどこかの隙間で
 丸くなって
 死んでいるのだろう

 毛の生えた無闇に脚の長いクモは
 その脚が長いこと
 そのみてくれが気味悪いこと
 その二点のみによって
 殺虫剤を噴霧され 殺されたのだ
 不条理

 人間は 
 しばしば不条理に
 生物(人間を含む)を殺す
 「ムカついた」からと
 生物(人間を含む)を殺す

 今日 私は
 牛の死体の一部を炊いたコメに載せた
 牛丼 という食べ物を食べた
 気の毒ではあるが 旨い
 延々と繰り返されてきた屠畜という仕事
 辞書にも載っていない仕事
 少なくとも
 『新選国語辞典』(小学館)には
 載っていない

 説明が残酷なので載せなかったのか
 職業の呼称が差別的であるとか
 なんかわからんが
 何らかの理由で
 載っていない(Wikiには載っていた。)

 めんどくさ


 あんなにハマっていた、Linuxへの情熱が冷めきってしまったようだ。
なにもかもが面倒で、もう寝よう。(1:56)
 

 

 んー。日を跨いでしまったので4日付の日記にしてあるけど、少なくとも冒頭部分は3日に書いたもの。


 あぁー。つらいぃ。しんどいぃ。

 父と母は、昨夜、というか今朝からサッカーの中継をテレビで観ていて寝不足のようで、眠そうな顔をしている。母は常に眠い人なので、今日は余計に眠そう。食事の準備と掃除以外はほとんどソファで寝ている。ドライブも道中かなりの確率で眠っている。なんでそんなに眠いのかちょっとわからない。

 アイスコーヒーかアイスティーか淹れたら起きるかな。

 なんとも精神状態が悪い火曜日の午後。あー。辛い。(15:02)


 いやー、精神状態悪いー。

 いやぁ梅雨明け早々暑いやね~。公共の前で汗をかくっつぅ、周囲の人たちに結構申し訳なく思ってることがあって、でもそういう心配がなければ、炎天下、半分熱中症になりながら、意識が半分なくなりながら、焼け付いた、しかも熱でどろどろになってるアスファルトからの輻射熱で、ふらふらになりながら歩くのがものすごく好きだったりする。

 いつだったか東池袋から板橋までそういう陽気の時に歩いた記憶がある。都会の裏側の、築40年いってそうな古いお宅の庭にひまわりが咲いている。顔中汗だくになりながらも、いつも眉間にシワが寄りがちな俺の表情が緩んでにこやかになっていることに気づく。東池袋から板橋なんて、池袋の駅からは埼京線で隣の駅の板橋駅まで3分、東武東上線の下板橋までは約5分の大したことない距離だが、歩くととても遠く思えるという性質が東京の街にはある。そういうのがとても好きである。

 ここでもやろうとすればできないことはない。土合小学校方面に進んで土合を通り抜け、更に「上中」の交差点を直進、「利根かもめ大橋」を銚子側のR356の交差点まで渡ってUターンするコース。大した距離じゃぁないが、炎天下の中歩けば「熱中症ハイ」になれるかもしれない。背中に折りたたみの小さい椅子、手にはスポーツドリンクを持って歩く。
 俺ははっきり言って『空が青いぞ嬉しいな』な人間だ。ただ、ビーチではしゃぐ感じではない。そうか、工事現場の交通整理でも良いのかもしれない。それがいいや。なんか知らんが炎天下大好き人間。


 昔…俺が小学生の頃は、俺のうちの回りは住宅は点々とあるくらいで、大部分を占める草原にはキリギリスの声が響いていた。その中で俺は虫取り網振り回してたんだが、そんな牧歌的な景色も今は昔。空き地がことごとく埋まって、住宅密集地になっている。

 この辺りに家を建てたのはここらへんではうちが一番最初。次、隣の家が、って感じだが、以降、長らくここは、草原が大部分を占めている土地だった。だが急速に宅地化が進んだのは3.11以降だ。津波もなかったし、液状化も起きなかった。多分、井戸水を使う世帯が多いから、地下水位が低かった、というだけの話かもしれない。

 が、『安全神話』と『福祉関係がしっかりしている』というだけの危うい理由で隣町(…多くは銚子市民だろう…)の世帯が土合に越してきたのだ。まぁ、クルマがあれば特別やたらに不便、ということもない。今時分、地元で買えないものはネット通販があるし、東京に行きたければ高速バスで2時間弱で行ける。ちょっとした買い物なら、無計画にも銚子に作ってしまった『イオンモール銚子』に行けるし、反対方向なら鹿嶋のチェリオがある。神栖市内だったら大きめのスーパーマーケットもあるし、「とんでもねぇ僻地」という訳ではない。ウチがここにこしてきた当時は、ホントなんにもなかったが、当時は銚子が栄えていたので大きめの『十字屋』百貨店があったし、『銚子銀座』なる商店街もあったので何も不足はなかった。

 しかし、90年代を境に十字屋は潰れ、ちょっとしたファッションビル『シティオ』も潰れ、その後、『十字屋』跡地のデパート出店計画もリーマンショック以降の急激な不況によりテナントも集まらずに白紙に戻り、『シティオ』跡地はパチンコ屋になり、以降、『銚子銀座』商店街はまたたく間にシャッター街と化し、現在に至る。


 神栖市土合地区は一度は商店街構築計画があったが、出店者が全くなく、頓挫。現在その通りは住宅地になっている。ここはきっと、住宅地以外になりようがないんだと思う。商店街には不向きな土地柄なんだと思うね。

 そしてその中心に公共施設――神栖市役所矢田部出張所、女性・子どもセンター、はさき福祉センター、矢田部公民館がある。矢田部公民館にはいつだったか『聖飢魔Ⅱ』がきた。『バブルガム』も来た。結構渋め(笑)。そして俺は中学の時、何回か彼らが立った同じステージでドラム叩いた。あれは34年前か…はるか昔…。ちゃんとステージ裏には大きな機材搬入口があり、テレビ中継用のコネクターも付いている。(…さぁ…地デジに切り替わって、中継機材のコネクターの形状も変わっていたら無駄なんだけどね。) 


 ひよりさんは今日は好天で忙しいだろう、帰りもきっと遅いんだろうな。只今19時56分、俺はこれから、さんざん先延ばしになっているUNIX(LINUX)の作業をやろうと思う。『FreeBSD11.2』もリリースされたし、『LinuxMint19』もリリースされた。

 ここんとこちょっと疲れ気味で無理が効かなくなった。歳だろうか…。40代最後の年、俺はこの一年、どう過ごせばいいんだろうね?わかんねぇ。(20時08分)

 今日は山武郡芝山町の道の駅『風和里しばやま』に行ってきた。カメの水槽に入れるホテイアオイを買おうと思って行ったわけだが、ホテイアオイを作っていたおじさんが亡くなってしまい、其後、奥さんが一生懸命がんばって栽培・養殖していたのだが、もう限界、ということでホテイアオイの栽培をやめてしまったらしい。また別のところを探さなければ…。
 それにしても『風和里しばやま』のソフトクリームは美味い。

 なんか、だるいな。疲れてる。寝る。 

 40代最後の一年となってしまった。

 今日は一日、動画を見ていた。鉄道関係のを。
 鉄道は俺の最も古い趣味で、対他的な企みのない自己完結的な、俺には最も相応しい趣味である。知らない人よりは知っているが、『マニア』と呼ばれる人ほどは知らない、敢えてあまり深入りし過ぎないスタンスで付き合っている。月イチの雑誌『鉄道ファン』購入が楽しみ。他鉄道雑誌には『鉄道ピクトリアル』他類似の雑誌があって、『本当のマニアが読む雑誌』と言われるのもあるのだが、敢えて『鉄道ファン』だけに絞っている。
 カメラもデジイチだが、『撮り鉄』というわけでもない。どうも写真が、もう37年くらいキャリアがあるんだけど上手くなんなくて、うーん、JRしか…まぁ鹿島臨鉄もあるんだけど…JRくらいしか被写体がないし、あっても209系255系くらい。しかも本数も少なく、被写体待ちが退屈。東京にいればJR・私鉄・地下鉄もうフルキャストが見られる。
 なんつうかほんと、公共交通機関の面から言えば、ここ神栖という街は貧相。ここよりもっと田舎でも鉄道が通っている所も多い。そんなところで育った人に鉄道が通ってないということをいうと、とてつもない僻地だと思われるのだが、実際来てみると、「いうほど田舎じゃないね」という。そうよ道路だって片側4車線のところもあるし、割と大きめのホテルもあるし、国道沿いには店も結構ある。
 水戸ほどではないけれど、割と開けてるよ。水戸だって、茨城県庁まえのスタバの窓からは田んぼが見えるという。まぁ地方都市との比較はちょっとずるいかもしれないけれど、いうほど田舎じゃないのよ。鉄道がないってだけで。でも、仮に将来、ここに鉄道作ったって、これほどクルマ社会になってるこの地域、赤字になるのは目に見えている。だから未来永劫、ここに鉄道が通ることはあり得ない。相当な力を持っている政治家が我田引水(我田引鉄と言うべきか)で線路を引っ張ってこない限り…。


 夕方から、母とひよりと、買物をしに、東庄、銚子の方へ行ってきた。銚子はここより人口少ないし、漁業と農業に頼る小さい地方都市だが、鉄道は通っている。どうしても鉄道で東京に行きたいというのなら、クルマで銚子駅まで行って乗ればいい。所要時間は特急しおさいで総武本線経由で2時間弱、東京駅の地下ホームに着く。でもそれよりは、クルマで鹿島セントラルホテルに行って高速バスに乗れば、早ければ90分、渋滞とかがあって遅くなっても2時間弱で、しかも特急の半額程度で東京駅に着く。旅客はどっちを選ぶか、相当な鉄道信者でもない限り、高速バスを選ぶのは言わずもがな。鉄道ファンの俺だって高速バス使うのだから。鉄道は、特に地方交通線なんかは運賃が高い!どうにかならんもんか。


 現在22時10分。いつの間にか今日も過ぎてゆきました。24時間なんて呆気ないもんだ。苦しい環境…俺で言えば実社会…に置かれた時は1分1秒がとてつもなく長く感じるのに、そこから避難した毎日は24時間が1分1秒以上に短く感じる。人生、うまいことは行かないもんだ。終わる。

 神栖警察署へ、免許の書き換えに行ってきた。何で免許の写真ってのはこう、極悪人に写るのだろうね。きっとそれは、俺の腹ん中がバッチリ写ってるからだと思う。これに尽きる。

 今朝風呂から上がってドライヤーをかけていると、モーターの回転がおかしくなった。ん?と数回ON-OFFを繰り返すと、とうとうファンが回らなくなった。と、同時に煙が上がった。「おいおいおい!」急いで電源コードを抜いた。辺りに焦げ臭い匂いが充満。火が出なくてよかった。「リビングに確か…」と思って見てみると、結婚式かなんかのシャディのなんとかっていうので貰ったのがあった。1200W。充分。OK。小さいけれどハイパワーOK。

 今日は稲敷のアピタ(またかよ)に行ったんだけど、ひよりがドライヤーを物色していた。ピンクの可愛いのがあった。昔は1300Wだったか1500Wだったかあったと思ったんだけど、今は多分1200Wでなんか自主規制かなんかかかっているのかな?

 探したら1300Wのもあった。だけどさすがに1500Wっつうのはなかった。オーバーパワーなんだろうな。

 2,000円台から上を見ると30,000~40,000円まで。昔(30年前)は少しのハネも気になったけど、もう、なーんも気にならん。ここまでズボラになるとは思っていなかった。コスメ関係の量がやたら減った。20代の頃には『エルセーブ 洗い流さないトリートメント』とか『Lux ヘアフレグランス』みたいのがあったりしたが、今何ある?こないだ、「使わないから」とひよりにもらった、んー…なんだこれは…『リーゼ ヘアリフレッシャー<シャンプーの香り>』があるくらいでトリートメントみたいなものは今は全く使わない。シャンプーも、昔はいろいろ使ってみたけど、今はサクセスのエクストラクールのシャンプーとリンスみたいなのくらい。面倒くさい時はリンスインのメリットで済ませる。

 なんでサクセスにしたかというと、7、8年くらい前、薄毛が気になったことがあって、助手席のドアミラーに映った自分の髪が薄いような気がして、個人輸入で『フィナステリド(フィンペシア・プロペシアetc...)』製剤を買って飲んでいた。でも結局は、俺が猫っ毛で風で毛が起き上がって地肌に日光があたって光っていたので禿げたように見えただけっていう…。ヘアサロンで訊いてみても、「別に薄くないですよ、猫っ毛ですけどね」とのこと。

 まぁフィナステリドの出費は「気休め料」と考えることにした。いやーでもしかし、ドラッグストアで見るリアップとかそういう類のものって、高いねー。人の足元見てるとしか思えない。破産しっちまうよ。禿げ破産。『AGA』だっけ?宣伝してるけれど、保険効かないんでしょ?あれ。人の弱みに付け込んでまぁー、儲けてんなぁ。ウハウハじゃないの?

 まぁ、今日のまとめは、ドライヤーとヘアケアの変遷について、でした。(急に書く気が失せた)

 だるい。疲れた。ビタミン剤飲んでも全然変わらん。生きているのが面倒くさい。あー。なんの栄養素が足りなくてこんなにだるいんだろうか。

 新聞で病院での看取りについての記事を読んだ。

 俺は人の臨死を、二回経験している。祖父と祖母を…。

 祖父は亡くなる半年ほど前まで入院していた。退院して間もなく、看取った。祖母は、正確に言えば俺は看取ってはいない。ある朝、祖母が起きてこないので部屋に入った母が、祖母の死に気づいた。

 祖父は丈夫な人だったから、初めて大病を患って、気力が一気に萎んでしまい、寝たきりな感じになった。
 やがて祖母も病床に伏したという感じが続いた。時々派手な喧嘩もしてみせる二人だったが、結局仲が良かったのかな、年の初めが落ち着いた頃とと暮れ近くという頃だったから、二年くらい経ったかなぁと思ってたけど、祖父の死の翌年の晩秋の話だったんだなって…。

 俺も順序どおり時間が過ぎると、俺はあと二人見送らなければならない。

 そんな事を考えて…抑うつ状態になる。(記述放棄)