合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 8時30分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。12時55分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。22時48分現在、夕食後の薬、寝る前の薬はまだ飲んでいない。最近、ロヒプノール®が急に効くようになった。だから早いうちに飲んでしまうと、日記を書き終える前に眠くなってしまうので今日はとりあえず飲むのを遅らせている。

 俺はおそらく生涯独り身だろう。もう彼女も嫁さんも要らない。寂しくないといったら嘘になるけれど、しょうがない。俺は自分一人の食べ物さえ自分で買えない身分だ。誰かを養うなんて出来っこない。だから俺は、独りで生きる術を、学ばなければならない。寂しい時どうしたらいいか、悲しい時どうしたらいいか、苦しい時どうしたらいいか、退屈な時どうしたらいいか、独りで生きる術を、学ばなければならない。嬉しいとか楽しいとか、そういうことは今後の人生、ありそうもないから。ネガティブな感情を、どのようにマネージすればいいかを、学ばなければならない。同情するなら、カネをくれ。

 ある夏の土曜日、俺は独りで、パソコンカチャカチャやりながら、自分の行く末を案じている。俺は誰にも看取られずに、独り、最後の呼吸を終えるのだろう。心臓の拍動が止まっても、心電図のアラームがなることもなく、この畳の上で、腐っていくのだろう。ハエがたかり、ウジが湧いて、悪臭を放ちながら、腐っていくのだろう。でもこれは、俺が両親や妹より長生きした場合の話だ。それまで生きているなんて確証はどこにもない。俺の体内に、悪性の新生物が育ったとしても、それを抱えて、俺は生きていこう。余命があとわずかしかないなら、それならそれでいい。切った貼ったはやめてくれ。カネがないんだ。

 この数日、命というものが限りあるものだという事を思い知らされる出来事が続いた。97年11月に愛犬の「ペン」が天に召された時、俺は夜通し、亡骸のそばで泣いたっけ。「俺より先に逝くなって言ったじゃないか」と。そんなこと、不可能なのにね。11歳6ヶ月、俺、28歳の時。母から、東京の部屋に電話。「ペンちゃん、もうダメみたい。覚悟していてね」という電話の約1時間後、「亡くなったから…」俺は反射的に準備をし、東京駅八重洲南口の高速バスのりばに向かった。バスの中、放心状態で鹿島セントラルホテルに着いたのも迎えのクルマに乗ったのも覚えていない。ペンが横たわっている側に線香と花が手向けてあった。部屋に家族がいるうちは気丈に振舞っていた俺も、夜中、一人残されると、喉から声を絞りだすように、嗚咽した。ペンの死から17年、半年先か、3年先か、俺にはわからないが、俺も確実に、死に向かっている。

 俺が死んだら、誰か、泣いてくれるだろうか。家族以外にそんな人はいないだろうな。自業自得。俺には人徳がない。嫌われてもいいと思って生きてきたから。俺を嫌っている人たち、昔なら敵だ、と、棘を出しまくっていたけれど、命の期限を切られた今となっては、別に、俺の人生には取るに足らない存在だと感じるようになった。俺を救えるのは俺自身だけ。俺に必要なのは家族だけ。そう思って生きられるようになれているし、今後も、そう考えられることで自分を楽にすることができたらいいなと思う。

 さて、翌1時8分、そろそろクスリを飲みましょうか。(翌1時8分)

 7時35分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。眠かったので9時まで寝る。

 起きてぼんやりして過ごす。12時頃、一つ前のエントリー『男は全員死んでしまえ』を書く。非常にうつに振れている。「自己紹介」に「男(であることがとても苦痛)」と書いてあるが、これは、性同一性障害のそれではなく(女性になりたいというわけではない)、男としてバリバリと生きていくには性格的に大いに無理がある、という事。かと言って女性になったからって強くなれるわけでもないということ。俺は、男男していないのだ。実際の俺は、一人称が「俺」という以外、荒っぽい言葉は使わない。単なる弱い人間であって、そして単なる、甲斐性なしの男だ。男としての生きづらさがある。かといってニューハーフだとか、オカマだとか、オネェだとかになりたいわけじゃない。ただ単に、男であることがとても苦痛なのだ。ただそれだけなのだ。だから、俺が男をやめる時は即ち死である。(翌4時52分)

 定年退職後、夫が妻に「邪魔だ、一緒の空間にいてほしくない」とまで思われていることについて。うちもそうだ。父も母にそう思われている。結婚なんて、するもんじゃないな。結局、男は繁殖に利用されているだけで、女性にとって、男なんか必要ないんだと思う。女性のご希望通りに、男全員、世の中から消えていなくなればいい。女性同士結婚すればいいんだと思う。人口はどんどん減って、人類は滅亡するかも知れないが、それが女性の希望ならば仕方がない。または、男は定年退職して妻に退職金を全額渡したその瞬間に全員死んでしまうとか、そうなれば女性は喜ぶと思う。だって男は邪魔なんでしょ?目障りなんでしょ?だったらそうなったほうがいいんじゃないの?俺みたいに精神を病んだり、他の病気だったりして働けない男は若くても即死んでしまうとか。そうなったほうが社会の負担も減るでしょ?定年退職後、年金保険料を払った男が全員年金を貰わず死んでしまえば、年金財政も潤うし、年金額も増えるんじゃないかと。だから結局、女性の願いは「働けない男は即刻死んでくれ」ということでしょう?そうなればいいね。(12時22分)

 3時44分、空がうっすらと明るくなってきた。今日は晴れるのだろうか。4時10分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。

 5時47分、うつ状態。8時11分、うつ状態変わらず。頭の中に、鉛の大きな塊でも入っているような、そんな感じがする。

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 野々村議員の会見を見た。失笑。

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 ちょっと出掛けてくる。またあとで書く。(9時20分)

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100001Km 9時30分、自宅発。神栖市街地方面へ。息栖〜小見川〜旭〜銚子・三崎町イオンで食材など購入。〜名洗〜天王台〜犬吠・セブンで昼食を購入、クルマの走行距離が「100,001km」に〜犬吠駅〜犬吠埼〜君ヶ浜〜海鹿島〜黒生〜川口〜新生〜大橋町〜三軒町〜唐子町〜銚子大橋〜本新町〜波崎総合支所入口〜別所〜荒波〜仲新田〜駒立〜土合南〜土合中央〜自宅着12時55分。

 東日本大震災の液状化で崩れた息栖のラブホ(名前忘れた)の跡地は草が生い茂っていてそこに建物があったとは考えられないほど更地になっている。

 小見川、旭は特段変化なし。あ、旭のイオンの近くにスポーツカフェができてた。

 銚子。銚子電鉄の犬吠駅が非常にみすぼらしいことになっている。うーん、銚子市街、寂れ方が半端ではない。銚子駅前の十字屋の跡地。十字屋撤退後、リズムとかいうショッピングモールが来る予定だったがテナントが集まらず白紙に。建物を取り壊して更地にし、物産品や飲食店などなどが入り「銚子漁港市場てうし横丁」として2012年暮れに開業する予定だったが、開業を目前に目玉となるはずだった大手飲食店の出店が見送られたためテナントが集まらず事業主体の松屋百貨店が開業を断念、2012年10月29日、事業からの撤退を表明し、ほぼ完成した建物を残したまま放置された。「地元で事業主体を作って開業を目指す」としたり、「児童館にしよう」、等々の話があったがそれらの話もどこへやら、建物は主が見つからないまま、現在も放置されたままみすぼらしい姿を呈している。「銚子銀座」として賑わった商店街も今はシャッター街。ついにシティオの建物も取り壊された。銚子駅前のランドマークがついに消えた。

 銚子出身ののニューファミリーは千葉県銚子市を諦め、利根川を渡って続々と茨城県神栖市の波崎地区若しくは土合地区に土地を買い、家を建てている。土合の特徴だった団地群の建物は次々と取り壊され、宅地として分譲し、分譲したそばから売れていき雨後の筍の如く小洒落た家が建ち続けている。なんで土合に人が集まることになったかというと、東日本大震災の際にたまたま津波が来なかったこと、たまたま液状化が起きなかったことで、「安全な土地」という、言葉は悪いが、「幻想」が出来上がったことに因る。ほんとたまたまなんだ。津波にしたって、たまたま潮回りで回避しただけだし、液状化もたまたま地下水位が低かったか何かで起きなかったに過ぎない。実際、震災時に地下水に影響がなかったわけではなく、うちの井戸水も地震後、しばらくは濁っていた。ちょっとした要素で、土合にも津波は押し寄せうるし、液状化は起こりうるのだ。安全な土地なんて、どこにもないのだ。思い過ごしだろうか?そうであることを願うばかりだ。だが、天…自然は残酷である。無慈悲である。

 そんなわけでニューファミリーが銚子を捨て、神栖市内に流入するに比例して銚子市から若年人口が減少し、近い将来、ジジババだけの地域になり、最終的には「銚子市」という自治体そのものがなくなるとみられる。銚子は今、「不便」「魅力がない」というイメージがつき、若者が寄ってこない→更に寂れる、という負の連鎖に陥っている。これを「やむを得ない」と捉えるか、「どうにかしないと」と捉えるか。生産年齢の銚子出身者たちは、残念ながら前者のように思っている。一見銚子を愛しているように見える多くの銚子出身者がどんどん東京に出てそこで家族を作り、定住してしまっている。彼ら彼女らは銚子を捨てたのだ。そうではないと言い張るだろうがではなぜ銚子に住まない?たまに帰ってくるだけで外からあーだこーだ言ったって何も変わりゃしないんだよ。多分実行力がありそうな人に限って銚子を捨ててしまっているような気がしないでもない。

 銚子出身の土合住民は、その他の多くの土合住民同様、クルマで鹿島セントラルホテルまで行き、10〜20分間隔で出ている東京駅行きの高速バスに乗って、毎月、毎週のように茨城・千葉をスルーして東京に出て行ってしまうのである。何故なら、地元より東京のほうがずっとずっと魅力的で、エキサイティングだからだ。まぁ、普段使いの物品だとかは、銚子のはずれにイオンショッピングモールができたので、普段はそこに行って購入するがちょっと値が張るものは東京に行って購入するか、若しくは、ネットショッピングである。

 その、銚子のはずれにできたイオンショッピングモールだがひとつ問題がある。他の地域のイオンショッピングモールには大抵出店しているスターバックスコーヒーがないのである。成田のイオンにはある。銚子はそのくらい、「マーケットとして極度に出店価値のない土地」と見くびられているのだ。銚子に通学している高校生が学校帰りだとかに(授業をサボって、というのもあるかも知れないね)寄り道して、若しくは休みの日に友達とダベりに行くところといったら駅前の小さなマクドナルド、モスバーガーとか、イオンのモスバーガー他イオンやそのすぐそばに出店している飲食店くらいしかない。マクドナルドは駅前にあるが駅から遥か遠く離れたイオンとその近辺の飲食店は、学校帰りのバスの時間までちょっと立ち寄る、といった用途にはとてもとても苦しい。また、千葉科学大学の学生たちも、「バイトするところがない」と退学する学生もいるという。千葉科学大学は、犬吠埼から少し西に行った海沿い、「名洗」というところにある。周辺にはマリーナくらいで何もない。バイトといったら銚子漁港のあたりに集まっている漁業関連の会社(魚料理店、製氷会社、仲卸、加工屋、箱屋etc)か、駅前のマクドナルド、イオンとその近辺の飲食店くらいか。バイト先と遊び場は重複している。そこくらいしか行くところはない。うーん…その他バイトがあるとすれば…農家とか、銚子市街からは遥か遠く離れた場所にある飲食店、ホームセンター…くらいかな。

 唯一、銚子の売りである犬吠埼も、灯台前の飲食店・土産物屋だったところは高齢者住宅になってしまったし、旅館も続々と廃業している。銚子は、泊まってまで来るところではなく、日帰りバスツアーで来るとか、千葉県内東京寄りや県南部からの日帰りドライブで来るところのようだ。すれ違うクルマのナンバーが、「習志野」、「袖ヶ浦」が多いことがそれを物語っている。習志野ナンバー圏も、袖ヶ浦ナンバー圏も、すぐ近くに海はあるだろうに、なんだってまた、犬吠埼くんだりまで来るのかちょっとよくわかんないが。

 ん〜…いろいろ書いてきたが、銚子の寂れ方はいよいよもって尋常ではない。企業の銚子への進出計画も、いざその時になってみると、さまざまな出店計画の断念、他の事業主体の撤退などを見るにつけ、非常にリスキーだと察知して、やめてしまう。現状はそういうところなのだろう。ほんと、若者の遊ぶところがないのだ、銚子には。少なくとも俺が高校生の頃は、十字屋もあったしシティオもあった。銚子銀座という商店街も、かろうじて機能していたし、駅前も、そこそこ活気はあった。銚子がおかしくなってきたのは、バブル崩壊後、というのもあるが、鹿島神宮から東京駅まで行く高速バスが増便を重ねていった時期と符合する。高速バスは主に鹿島神宮駅始発だが途中、鹿島セントラルホテルを経由する。大抵の乗客は鹿島セントラルホテルから乗車するが、そこからだと速ければ1時間半で東京駅に着く。運賃は1830円。銚子発の東京駅行きもあるが、クルマでちょこっと鹿島セントラルホテルまで送迎すれば、時刻をさほど気にすることもなく東京へ行けるので銚子近辺の人はそこから乗る場合も多い。とにかく、東京に、安く速く行けるようになって、東京が近くなった、また、震災をきっかけに土合という土地に目が向いたことや、土合に住んでいるのならば休日のドライブはすぐに着いてしまう魅力のない(失礼!)銚子よりも、適度に距離のある神栖市街(堀割付近の書店、電器店、衣料品店、飲食店などがまとまってある)や鹿嶋市の『チェリオ』というショッピングモールのほうがいい…恐らくそういう理由で銚子という街は銚子出身の土合住民からそっぽを向かれたのだと推測する。

 住民の他自治体への流出→客の減少→店舗が廃業→銚子市に投下される金銭の減少→税収の減少→福祉関係へ予算が回らない→住みにくい→住民の他自治体への流出→…といった無限ループに陥る。大きな声では言えないが、実際、子供を持つ銚子市民が、利根川を渡り、県をまたいで、土合にある児童館まで子供を連れてくるのだという。そして、土合に結構な規模の保育所が開所。鹿島臨海工業地帯がある限り、神栖市の税収はまぁ安泰だろう。そして住民が増えればそれだけ税収も増える。

 現在も土合にある、企業の独身寮だった建物が取り壊されて宅地として分譲されるという。土合は初めの方にも書いたが宅地の分譲地が続々と造成されている。まだまだ分譲地に空きがある。そこに家を建てる人は一体どこの人なんだろう。銚子出身の人が続々とそこに銚子から脱出してきたとしたら…銚子のイオンショッピングモールがもし万が一閉店でもしたら…ん〜…銚子の行く末が怖い。思い出深い街がどんどん廃れていってしまうのは悲しい。

 まぁ、東京でも昔からある商店街もシャッター街になっているくらいだから、一介の地方都市である銚子の商店街がそうなっても仕方がないと思うが、そもそも、東京への一極集中に加担しているのもまた、地方都市出身の若者である。少子高齢化が進む限り、益々地方都市に活気がなくなるのは目に見えている。そして故郷が廃れゆく様を嘆いて若者は東京に出ていき、または他県の住宅地に家を建て、最終的に故郷を捨てるのである。―――東京には、何かがある―――そして今日も、寂れた地方都市の若者たちは、都会に出る決心をするのだ。より魅力的な、よりエキサイティングな土地を目指して…。

 

 俺?俺は一応東京生まれなんで、上京というよりは戻った感じだったんだけど、ん〜。最後まで渋谷には近づかなかったね。性に合わない。東武東上線沿線、西武池袋線沿線、そして俺が生まれた小田急線沿線かなぁ、好きなのは。まぁでも、東京に戻ることはまずないだろうなぁと、最近思ってきた。このままなし崩し的に、土合住民となってしまうのだろうなと。まぁ、うちは土合地区で最初に建った住宅なので、まだ電気、電話、上下水道、道路が通ってなくて、旧波崎町長に直々に掛けあって全部通してもらったのは母の仕事だったのだ。これ、本当の話。

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モカ最近また太ったんじゃないの? 最近気づいたんだが(あれ?こないだも書いたかも知れないけど、まあいいや。)、俺がため息をつくと、モカが反応するのだ。「はぁ〜…」とやると、寝ててもびくっと起き上がってじーっと俺の顔を覗きこむのだ。全くうっかりため息もつけやしない。一番最初に飼ったシェルティの「ペン」は、丁度俺が荒れてた時期だったのでため息をつくといずれ俺が怒鳴り散らすことを学習して、ため息をつくと小屋に隠れてしまった。ため息と俺の怒りなり不機嫌とを関連付けさせることはモカにはしていないと思ったが(ペンは家の中で飼っていたがモカは基本的に外)、なにかやはり感じるものがあるんだろう、これは不思議だ。それにしてもモカは毎年毎年夏に太って冬痩せる傾向にある。普通逆のような気がするが、彼女には彼女の都合があるのだろうが、ちょっと、理解に苦しむ。写真はため息に反応してるんじゃなくて、「ご飯まだ?」と愛想を振りまいているの図。足踏みしているのがおわかりいただけるだろうか。このあと、きゅうりとキャベツとトマトを食ってからドッグフードを食べた。カリカリと缶詰。

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 上の「…と缶詰。」までを書いてから(23時25分)寝てしまった。現在翌5時2分。ロヒプノール®抜いてもいいかも知れないなぁ。本日は長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。(翌5時16分)

 テレビから流れてきた、「いきものがかり」の『ありがとう』が琴線に触れて、号泣した。ずっと泣くのを我慢していたのかも知れない。嗚咽というものに近かった。

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 今日も両親は午後から出掛けて、一人取り残されたので寝ていた。起きてからも頭がぼーっとして、何してるのか何考えてるのか実感が持てなくて、

 疲れた。寝る(21時29分)

 7月になりました。ねぇ、今年もあと半分。梅雨だけれど今日は晴れ。鳥が長閑に鳴いている。雲間から覗く陽射しは極めて強く、木々の葉が風にそよいでいる。一見平和な夏の日、俺はまたうつに振れている。ため息ついてばかり。

 体調も悪く、考えることといったらネガティブなことばかりで、15時に書き始めて現在、22時16分、まだここまでしか書けていない。

 参考にしようと思って他のかたのブログを見て回ったりしたけれど、多分就職されてから罹患されたのだろうが病と共存しながらご活躍のかたや、病や障害があってもなお、就活して就職して苦しみながら頑張っておられるかたもいらっしゃったり。一方で就活中に就活ストップを医者に言い渡されて、その後今まで実社会に出ないままこの歳になってしまった俺と似た境遇のかたはなかなかいなくて…俺のようなクズはそうそういるもんじゃないよな、なんて思ったり。

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 今日の俺は今現在の世の中(日本国内特に自分の近辺に於いて)に特に不満はない。こうなってくれると嬉しいんだけどな、とかいうことはあるけど、「こうこうこうだからけしからん!」みたいなことはない。前はあったけどね。怒ったり憎んだりすることに疲れちゃって、もう、心のエネルギーに余裕はないんだよな。

 結局、意欲がないのは、心のエネルギーが枯渇しているからで、しかも俺の脳が多少萎縮していることも何かしら影響を及ぼしているんではないかと。内臓脂肪皮下脂肪は人一倍持っているからそれがエネルギーに変われば元気でいられるんじゃないかね。翌0時15分、ルボックス®50mg錠2錠、リーマス®200mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。只今翌0時26分。意欲が出ないので、いつものことだが尻切れトンボで今日の日記を終わる。(翌0時28分)

 気持ち悪い。吐き気がする。17時35分サクロンQ(オキセサゼイン)5mg錠2錠、レボトミン®25mg錠2錠を服用。17時50分、便意を催す。下痢。昨日排便がなかったからその影響だろう、ややイレウスっぽかったから下痢になって吐き出したのだろう。

 俺の話に結論なんて求めないで。俺はただあなたとの残された限りある時間を共に過ごしていたいだけだから。メビウスの輪でもいいんだ。くだらない話でも、あなたとの時間を少しでも濃いものにしたいただそれだけなんだから。

 俺はただ、日常を守りたいただそれだけ。政府が憲法解釈を変更するとかしないとか俺には興味がない。俺はただ淡々と日常を守りたいただそれだけだ。唯一の能動的な夢があるとすれば、宝くじ一等前後賞が当たること。それ以外はただ、平穏な毎日の生活を守りたい。退屈でも平穏が一番。その他に何をか望まん。

 今日で今年も折り返し地点。明日も大気の状態が不安定だという。雷よ鳴ってくれるな。モカがびびって大暴れするから。22時21分、もう寝よう。(22時21分)

 4時、27日付けの日記を書いている最中にサインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。他の方のサイトで書き込みをしている最中に急激に眠くなり、次気がつくと8時45分。母に「ご飯食べないの?」と訊かれたが食欲がないので要らないと答え自室に戻る。立て続けに電話が3、4件来る。全て母のものしばらくして、9時20分頃だったか、母、出掛ける。多分夜まで帰ってこない。10時、お友達に電話をする。しんどそうだったが、30分ほど話す。12時45分昼食。13時20分ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。

 13時58分、しんどくなってくる。14時15分、便意を催しトイレへ。軟便。こんな軟便ばっかり続いとってウォシュレットなかったらえらいトイレットペーパーばかり食って更に拭き取りきれないわ。パーフェクトうんこって年に何回あるだろう。硬便か軟便・下痢。以前は下痢型だったんだけどイリボー®とロペミン®の併用を始めたからか交代型になってしまった。ラモセトロン塩酸塩とロペラミド塩酸塩が効きすぎて便秘〜硬便になって効き目が切れてくるとだんだんと下痢に近づき最終的に下痢になって、ロペラミド塩酸塩を服用するといった一連の流れが出来上がってる。でも下痢っつっても、水様便はほぼなくなったので…っていうか、そうか、水様便になる前にロペラミド塩酸塩を飲んでしまうからならないんであって…。んまぁ、過敏性腸症候群っちゅうもんは、トイレに対する何かしらの恐怖…俺の場合は元カノと付き合ってた時に便意を催してトイレに入り、腹具合が良くなかったこともあって少し長くかかってしまって、出てきたら彼女が猛烈に怒ってたから、それがトラウマになったってのもあったし、それに加えて不潔恐怖も重なってトイレ恐怖→過敏性腸症候群になっていったように記憶している。その、「彼女が猛烈に怒っていた」ことについては、「所詮その程度の器量の人だったんだろう」、ということで傷は癒えつつある。不潔恐怖は先日も書いたが曝露療法でだいぶ良くなってきている。そんなわけで出先のトイレも以前程苦ではなくなっているが、トイレがひとつしかないところなどは後がつかえるのでちょっとビクビクしている。明日も出掛けるのだが便意がちょっと心配。

 尻切れトンボになるがなんか意欲がなくなったので終わる。(翌5時31分)

 11時半、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。

 14時15分、サクロンQ(オキセサゼイン)5mg錠2錠を服用。間もなく吐き気は治まる。

 ここのところ体調がおかしくて物事を考える余裕がなくて。うーん、俺死ぬのかななんてちょっと本気で思ったり。なんかね、自律神経系統がおかしくなってるのかね立ち上がるとかなりの確率で立ち眩みがするの。貧血かな、サインバルタ®のせいかなぁなんか立ち眩み、ヘモグロビン減少、ヘマトクリット値減少…。うーん…体調悪い…心臓が止まりそう(これは比喩ではなくて実感ね)。もう気になるところは数え切れないほどあって、正中線からやや左の中腹部がなんかヒリヒリ(内部がね)するような痛みがあって、まぁ、悪いものなら自覚症状が出てる時点で既にもう手遅れだけどね、だから放っとこう。ま、いずれ尽きる命、早めにそれが来たっつぅことでひとつ。俺は医者に殺されないぞという強い信念のもと心筋梗塞、若しくは心室細動、または脳梗塞で逝くのかも知れない。畳の上で死ねたなら俺の勝ちだ(何に対して?)。

 日付は金曜日だが、現在、実は「朝まで生テレビ」が始まっている時間。見てると頭痛くなるから消したけどね。テレビ消すでしょ?ノートパソコンの冷却ファンの音だけになるわけです。「ぶーーーー」って。すると、自分の脈の音が聞こえるんです。血圧高いのかなぁって、血圧を測るんですが118−75。高くないでしょ?場合によっては上が106とか、逆に低血圧と言わざるを得ない状況があったりするんですわ。心不全かね?って思ったりすることもあるんですが。まぁ、いずれにしろ、俺はそう遠くない将来逝くでしょうね。

 あ、27日付のタイムリミット過ぎちゃった。28日のエントリーに移る。(翌4時48分)

 4時20分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。

 サッカーW杯日本代表、グループリーグ敗退。予想通り。素人目にも勝てる感じがしなかった。全然ダメ。日本1ー4コロンビア。

 8時30分母外出。10時俺、便意催しトイレへ。やや軟便。10時30分、母帰宅。11時、母、俺、ペットショップにカメの餌と水草を買いに行く。11時50分、小見川・旭方面へ。12時30分、風土村着。食材、水草など購入。13時俺、便意を催し網戸のセブンに寄りトイレへ。

 強迫症状(不潔恐怖)がだいぶ治まってきたので出先のトイレに寄ることができるようになった。曝露療法は効果があるようだ。が、効き過ぎている感じがする。俺は何かにつけ極端なので。白か黒か、全か無か思考はどうも頑固なようで。自己流の認知行動療法ではダメというか、この認知行動療法のベースとなっている思考が全か無か思考なので(要するに認知行動療法を完璧にこなそうとしていること)それ自体が既にダメなのではないかと思うわけ。

 13時20分、セブン発。R126を東進〜三崎で県道286に乗り天王台〜犬吠〜海鹿島〜黒生〜川口〜新生〜大橋町〜唐子〜銚子大橋〜別所〜仲新田〜駒立ウエルシア・食材など購入〜土合南〜土合中央〜自宅着14時40分。

 15時、昼食。15時45分、母、外出、16時5分帰宅。18時、夕食。18時30分妹、帰宅。雷がひどくなる、玄関に入れたモカ大暴れ(雷が怖くて)。21時モカは暴れ疲れたのかおとなしくなった。21時30分家族順繰りに風呂に入る。

 23時50分ルボックス®50mg錠2錠、リーマス®200mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。

 翌1時2分、何か吐き気のようなものを催し、今から寝る(翌1時5分)

 7時15分サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。

 11時50分、トイレ。硬便少し。12時55分昼食。13時30分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。14時25分、トイレ。軟便。

 21時40分、ルボックス®50mg錠2錠、リーマス®200mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。(翌2時44分)