合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 本来、今日は水戸のほうの友人のうちを訪問する予定だったのだが、ひよりがちょっと会社の仕事が忙しく休みが取れるかどうか不透明で、「必ず今日行ける」という保証ができなかったのでキャンセルしてあった。結局休みになったのだが、昨日の今日で「やっぱり行けるわ」っていっても迷惑なだけだろうから取りやめにして、結局今日は小美玉市の茨城空港(自衛隊百里基地)に行くことにした。一通り見てからカフェがあったのでそこで休憩してから、道の駅みたいなところ(『そらら』って言ったかな?)に行って、母、名物のヨーグルトとか野菜とかを買って帰路につく。『そらら』で食えばよかったのに、昼食はセブンイレブン(笑)。その後、鹿嶋の方を経由して帰ってきた。(未完成)

 体調悪く、5時頃に目は覚めていたが9時頃まで横になっていた。11時20分頃、両親、Sのおじさんの葬儀告別式に出掛ける。

 葬儀の最中、Cちゃんは身を寄せていた障害者通所授産施設のスタッフさんと談笑したりしていたそうだが、葬儀が終わって、参列者がひとり、またひとりと帰って行き、最後うちの両親とUさんだけになって、Cちゃんは我慢してたんだろう、しゃくりあげるように大声で泣いたという。
 だろうね。50年以上常にそばにいて身の回りのことほぼ全てを担っていた、心許せる唯一の存在、大好きなお父さんがいなくなってしまった、その喪失感は、想像に難くない。
 まあ普通に健康にいけば、両親が先に逝く。それをわかっちゃいつつも…ねぇ…常日頃それを意識して生きているわけじゃない。その日は突然にやってくる。
 おじさんが鹿嶋のW病院に入院した経緯というのがよくわからないんだが、退院後、老人介護施設に入所したのがなんでなのかよくわからなかったのだ。話によると「認知症」だという話。
 仮に従前にしっかりした、快活で働き者の人だったとしても、認知症に絶対ならないとは限らない。だから、おじさんがいくら認知症からかけ離れた人であっても、多分、「えっ!?」ていう経緯で施設に入ったんだと思う。
 で、よくはわからないんだが、ものでも喉に詰まらせたんだか、窒息死だという。とすると、急激に老け込んだんだろう。俺の知ってるもっとも最近のおじさんは、そんな状態では…ものを喉につまらせるような、そんな状態ではなかったんだが…。人生はわからないなぁ…。
 でも「長いこと人の手を煩わせてまで生きるつもりはない」、と元気な時はそんな感じだったおじさんを思えば、ぽっくり逝っちゃったのはまるで遺志を体現したような…まぁ、順番から言ったらいつかCちゃんがひとり残されることはわかっていたが、それにしても…。「おー豆ちん。」と人懐っこい笑顔で俺を呼ぶ、おじさんがいなくなってしまった…。合掌

 父の職場の先輩に当たる俺から見れば「Sのおじさん」が亡くなって一週間ぐらい経つか、今日のお通夜、明日が告別式。母とも仲が良かったので、急にSさんが亡くなった、と聞いて、「Sさんにこないだ会った時、なんか顔がむくんでて、喋り方もおぼつかなくて…会いに行かなきゃな、とは思っていたんだけれど、なんだか怖くて…」とは聞いていたんだが、その、昨日の今日で訃報を聞いて母はなんとも言えない表情をしていた。一方父は極めてドライかつクールで、人の訃報にも表情ひとつ変えない人だから今回の件についても、なにをどう思っているのか推し量る術もないので、ほんと、なにをどう思っていたんだろうね。こう言うのも少しあれだけど、変な話、Sさんは父にとって息子の俺よりも大きい存在だったのではないかと思う。そんな人が亡くなっても、この表情のなさ。父はなにを思う人ぞ。お通夜に出席のため、両親が斎場に出掛けたのが15:40くらいだっただろうか。

 介護施設で(介護施設なんてところが一番似合わない人だったのに)被介護中の事故で亡くなったとのこと。大丈夫か?その介護施設は…。

 その前は鹿嶋のW病院に入院していたそうだが俺はそれさえ知らず…障害を持つCちゃんの行き先とか入所先など、俺も「Cちゃんはどうなってんの?」と両親に尋ねるも、詳細についてはわからないという。まぁ、詳細については、出てくるとしたら明日の葬儀告別式に出てくるだろうと思う。俺がそれを聞いたってなんの力にもなれないことは重々承知してはいるけれど、Cちゃんが体調崩さず、心安らかに過ごせる場所が提供されたのだろうかとか、Sのおじさんは近くの街に大きな地域基幹総合病院がありながら、いったいなんでW病院なんてちょっと遠くの病院に入院してたんだろうかとか、色々と思うところは多々あったのだが、Cちゃんは俺を俺と認識できるのか、俺はCちゃんと意思の疎通は図れるのか…俺の母は何故か、強い印象を与えちゃう人みたいで、一回覚えたら鮮明な状態のまま相手の脳の中で爪痕を残す。…と言ったら物凄く穏やかでない言い方だが、花見の陣地獲りで物凄い陣地アピールのオブジェで陣地を囲ってしまうような、そういう人なのでCちゃんもよく憶えているようだ。憶えているとか、そんなよそよそしい関係ではもはやないのだが、数年前にSのおばさん…要するにCちゃんのお母さんが亡くなった時も母を完全に認識していて泣きながら抱きついてきたという。それを聞いた時、Cちゃんはちゃんと何でもわかっているんだな、と思った。

 なんか…そういう訃報が聞こえてくるにつけ、両親も当たり前のように元気で生きているものではないのだ、というのを痛いほど見せつけられる。この1、2年内に、一体何人、母の枕元に会いに来て、旅立っていったんだろう…俺も、人ごとではないよ。

 俺にとって母方の伯父(母の兄)に当たる人が『パパ』という人。俺は伯父さん…パパが大好きで、小さい頃から懐いていた。パパとドライブに行くのがとても好きだった。もう一度パパの運転でドライブをしたいなぁ…そう思っていた。何故過去形か?…というのは年明け、脳梗塞を患い、しかも受診が遅れて、こじらせてしまった。医師にも「もっと早く来れば、こんなにひどくならなかった」と言われたそうだ。話から様子を推察するに、もう運転は無理なようだ。なら、…そうだなぁ…俺から見て母方の叔母のVちゃんの運転で(つい最近までオートマが信用できずマニュアルで運転してた。すげー)助手席母で、バックシートは俺とひよりとパパ…という兄妹全員集合な感じでドライブできたらいいな…というのも実現したいものだが…果たしてどうしたもんか。
 パパはいつまでも元気なもんと思っていたけれども、結局そんなのは幻想でしかないんだと…脳梗塞と聞いた時、最悪の事態を考えた。…ので、麻痺は残ったけれど生還してくれたのは「…なんか…俺…助かった…」というのが正直なところ。パパだけじゃない。母の兄妹は全員70歳超である。パパに至っては80歳である。無限に生きててくれることを望むのは無理ってもんだ。

 俺が50歳になったことを深く考えてしまうと、絶望しか残っていない。あと10年で還暦。もう、時間はない。のに…このていたらく。

 日本列島が「猛暑日」、「熱帯夜」から解放された今日、なんだろね。心做しか秋を感じた気がした。(23:49)

 芝山町の『道の駅 風和里しばやま』に行ってきた。野菜とか諸々を購入。俺は椅子に掛けて待っていた。会計が終わったようなので荷物運びの手伝いにレジ前に行って待っていた。恒例のソフトクリームバニラを食べ、満足。

 只今翌1時33分。最近、夜更しができない。無理が効かない。体力の衰えなんだろう。寝る。

 巷では「今日の暑さは危険な暑さだ」という声が。俺は普通の暑さだと思うよまだ。あと3℃くらい上がれば「危険」と表現するかもしれないが。海洋性気候の銚子市北東部の隣町である神栖市南東部も同じような気候。今日のうちの庭の木陰の最高気温は33℃。全国的に見てもそんな暑くもない。温暖湿潤、夏涼しく(周辺よりはネ)冬暖かい(周辺よりはネ)この気候はまぁ、比較的楽といえば楽。つまんないといえばつまんない。

 15時前の庭の気温計は32.8℃。まあただ立っているだけで汗が出てくるけど、危険か?と問われればそんなでもない。危険なのは35℃超えたらかな。今からちょっとLinux/UNIX関係をいじってみる。以前より類似品が増えたような気がするが、うーん…。

 腹部に違和感。まぁ、割と年がら年中腹は調子悪いんだけどね。またあとで。(15:29)

 ガソリンを給油しに太田のGSに寄る。

 大野原の『ホーマック」』に寄りカメのエサ、水草を購入。ペットショップで犬を見る。柴が一頭いた他はポメとかチワワ、トイプー、ミニダックスとかちんちくりんばかり。俺んち、少なくともシェルティくらいの大きさがないと、…かわいくなくはないけど、んー…。小さい方が確か長生きなんだよね。まぁ飼いたい犬種を上げれば、シェルティ、ラブ、ゴールデン、ハスキー、サモエド、グレピレ、コリー…って感じでしょうか。
 
 鹿嶋を回って潮来の『ホームジョイ本田』に寄り灯油を20L購入。昼食に小見川のマックのドライブスルーにてダブルチーズバーガーLセット等購入。駐車場に車を駐めて食べる。こういう場合は、軽減税率適用??
 R356に乗り、銚子市小船木から『利根かもめ大橋』を渡り土合に入り、土合本町の『ウエルシア神栖土合本町店』で氷を買い…うちの冷蔵庫の製氷機、壊れてるんだよね。以前、今は閉鎖されてしまった『サイガ』だったら一袋110円で買えたのに。今、廉価で買える氷はウエルシアくらいしかないかな。14時前自宅着。午後、俺を除いて皆さん昼寝。

 夕方、母がキッチンでの調理がちょっと厳しいというので、すき家に牛丼を買いに行く。帰りセブンでサラダを購入。確かに今、エアコン無しの部屋はちょっとというか、結構厳しい。それを責める理由はない。
 以前まで、うちは牛肉をほとんど食べなかった。別に宗教上の理由とか、生来牛を食べることができない家系だとか、そういうことはない。ただ一つ、調理者(=母)の食わず嫌いに因るところが大きい。
 ひよりが仕事遅くなった時に会社から支給された牛丼を残してきた時に、それを偶然食べた母が「牛肉は美味い」ということに気がついて食べるようになったというのが本当のところ。
 うちの料理のメニューには、そういうものがあまりに多い。母が嫌いなナポリタンは出てこないし、父が嫌いなパスタ類も出てこない。食いたくなったら自分で作ることになる。いいんだけどね。

 そんなところで今日はこれくらいで。