合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 なんでそんなに固執するか。寝ないでカチャカチャキーボードを打っている。設定ファイル書き損じてうまくいかずカリカリしている。きょうももう少しのところで失敗した。こう、切羽詰ったように何かに急き立てられるようになぜに固執するか。粘着質。オブセッシブ・コンパルシブ・ディスオーダー。あっちを叩けば、今度はこっちから出てくる。あぁ…これは死ぬまで取れないんだろうなぁ。代理症状として出てきているわけでは決してない。疲れたけど、また始める。終わり。

3machines ちょっとした間違いでなかなか「nvidia-driver」の作業がうまく行かなくて、失敗繰り返すことになって、眠いわだるいわ寒いわ眉間凝り固まってるわで、午前中は半日休むということにした割には余り休めてなくて背中が張ってきつい。が、たぶん今から始めるんだろう。それも強迫のなせる業。疲れた。今日は個人的に「紅茶の日」なので紅茶を飲んでいる。今日はなんかこのクソ寒い中アイスレモンティーを一気飲みしたい気分に駆られている。

 FreeBSDのGUI化の為その為の情報源となるセカンドマシーンをデスクに上げて作業というかうーんそうだな作業なんだろうなぁそういうことを今から始める。疲れすぎてナチュラルハイになっている。

 紅茶の渋みと、レモンの酸味が、素早く口中・喉・食道を急冷しながら胃に入る口の一番奥にある喉の壁のすぐ裏は脳。脳を冷やしたいのかもしれない。頭の奥がキーンとなる感じを求めているのかもしれない。まぁ、アイスティーなら無糖で飲めるし、カロリーもないし。

 まぁ、2リットル飲めば入った分の約2キログラム増えるのは当然だし尿で2リットル出れば2キログラム減るのは当然だしね。それを体重が増えた減ったで一喜一憂していた高校生の俺。もうちょっとゆったりすればいいのに。ノンカロリーのものを食ったり飲んだりの際の質量保存の法則による当然の体重の増減まで太った痩せたと一喜一憂している人はほんとに辛いね。ただの重量の増加なのに、この世の終わりみたいな気分になる。ソフトドリンク、いわゆる清涼飲料水とかジュースとかいうもののがぶ飲みはもちろん太る。でもお茶とかコーヒー、0キロカロリー飲料を甘味料・ミルクなしで飲んでも太りません。お腹がゆるくなるだけです。

 あ、早く作業しないと夜になってしまう。とりあえず終わる。(15時20分)

dijits このところ、体調・精神状態が悪い。一昨日昨日からなんか、精神状態がおかしくなっている。気持ちが沈んで、意欲なく、でもなんかPCで作業やってる。うぅん…苦しい。苦しいんだけど他に趣味がない。はぁ。うーんとですねぇ、えぇと、こういう状態のうえ雑念を消すためにパソコンのシステムをいじっておりますので、年内はひょっとしたら日記を毎日は更新できないような気がします。自分としては毎日更新したいのですが、なにぶん身体が1つしかないもので、それが叶うか危うい感じです。毎日更新できないことが自分にとっても物凄くストレスになってはいるのですが…。来年頭にはなんとか、日記の方にも手が回るようにしたい、その為システム構築を整えるように尽力します。

 以上、2016年12月6日の日記と致します。

 雲は多少あるものの晴れ。なんか最近、俺は食べて解消している。昼飯もしょっぱいのにカップラーメンのつゆまで全部飲んでしまった。体中にラーメンのスープが充満して更に浮腫んでいるようななんかそんな感じの状態。気分が沈んできた。

 今、猛烈な「むくみ感」の中にいる。あぁぁ。ゆううつだ…。「憂鬱」と記述しないのは、医療界では、患者向けの説明がひらがなで設定されている。抗うつ薬もそう。「抗鬱薬」と書く人もいるんだろうが。それと類似の理由で「抗鬱剤」「眠剤」「安定剤」と書かないのもそう。

 あー…ラーメンのつゆが、体中を循環している。あー。気分悪い。吐き気とかそういうんじゃなくて、己のむくみ加減が、気持ち悪い。あー。ダメだ気分わりー。今日はなんか、んー。という感じだ。まぁ生きてりゃまぁ、数日精神状態悪いこともありますわね。んー。今日の午後は貧乏揺すりで過ごそう。(13時50分)

  晴れています。12月も二日目。二週間ほど経てば、街はクリスマス一色になるでしょう。

 昨夜は物凄く眠くて、眠くて眠くてしょうがなくて、どんな対抗措置も虚しく、眠気極めて酷く、結局寝てしまったのだけど、今朝は5時起床。「年寄りかい、俺は?」などと思いつつNHKラジオ第一でニュースを聴いたりしていた。まぁ細かな内容をいちいち覚えているほど気合い入れて聴いていたわけじゃないが、なんとなく聴くラジオ。

 NHKラジオ深夜便が始まった経緯は昭和63年前後に昭和天皇のご容態について終夜放送していて、ご容態の実況といってはなんか差し障りがあるが、まぁそれについて毎正時にデスク放送していた。その前後の空いている時間は音楽を流したり、TVなら映像を流していた。そして、湾岸戦争のことも続いていたので終夜放送をしていたのだが、終夜放送について各放送局に意見というか要望が、…うーん需要っていうのかな、があったのでそのまま続けるようになってNHKではフィラー(filler)映像を普段は蒸気機関車とか各地の風景を流し、台風の時などは天気図、気象衛星写真、アメダスの映像を終夜(翌朝ニュース)流したり災害があればその旨放送していた。民放は鉄道とその沿線とか、またはドライブで助手席に座ってカメラ回した映像に音楽を載せて流したりとかそういうのが続いていた。

 今は大抵、テレビショッピングのまぁ番組というかそんな感じなのを朝4時の当日番組切り替え時刻まで流すようになった。そんな流れでラジオ深夜便ができて約17年18年続いているわけ。昔のフィラー映像、フィラー音楽も良かったんだけどね。うーんちょっと俺的にはクオリティー上げ過ぎじゃないんかと思っている。もうちょっとゆるい感じが良かったかな。

Mt.Tsukuba 日テレで終夜放送が始まった当時流していた、日テレではフィラー映像扱いの「おはよう天気」これは5時からだったが、その番組の質っていうかキャスターが、主に東京FMに出ていらっしゃる、パンチの効いたお顔の「江口三枝子」おばさまが日テレの衣装室から持ってきたような、というか、デビュー当時の小泉今日子が着ていたような服をお召しだったのが印象的だった。

 以降ラジオ・TVの朝はどんどん早くなり、現在4時がおはようタイムになっている。俺は夜更かしなので翌朝の番組が始まってしばらく経った時刻に寝るようになってるんだけれど。朝型がいい朝型がいいと言われて久しいが、小5で夜更かしになった俺に今更そんなこと言われても無理。

 ラーメン食ってきた。美味いね。今日、これからどうしよう。UNIXでもいじろうか。陽が当たって暖かい。(11時53分)

下津海岸 14時前、妹から電話。「今日私仕事上がりなんだけどドライブに行かない?」とのことだったので、「ひよりちゃんがよかったら」と答えた。「じゃぁ行こう」ということで14時10分、自宅発。宝山の常陸利根川の橋をまんなかで降りて中洲を行く。今日は空気が澄んでいるのか、筑波山がはっきり見えた。そのまま稲敷へ行き、潮来を廻って鹿嶋へ。鹿嶋の海を見下ろしつつ、鹿島アントラーズのクラブハウスを廻ってセントラルホテルに続く道を行く。先月はセントラルで聖子ちゃんのディナーショーがあった。今度の日曜日はアトンパレスホテルに布施明が来るそうだ。まぁ、高速乗っちゃえば埼玉の深い地域より早く着くしね。混んでなければ90分かからないから。妹は一昨年だったか、会社で小川知子のディナーショーとか連れてかれて大迷惑だったので布施明のディナーショーにも連れて行かれそうになったそうだがお代が高かったので連れて行かれなくて済んだという。聖子ちゃんならねぇ、まぁ行っても悪い気持ちにはならないもんね。及川ミッチーとかね。愉しそうだもんね。で片側三車線化工事が進むR124を走り、自宅着16時30分。

 思いがけずドライブに連れて行ってもらって楽しかった。もし、電話が来なかったら、またUNIX云々を始めちゃってるかもしれないところだった。ありがたいね。心遣いが。(19時46分)

 今日から12月精神状態が良くない。ひとつも良くない。なんなんだこれは。うーん。ちくしょっ

 11時です。結構雨が降っています。疲れています。

 まぁ現在、日を跨いで27日なんですけどね、まだ寝てないので26日分の日記ということで。んー、ネットがない時代から俺は「ファクシミリ用紙4mm方眼」に書いていたんです東京に出てから。暇つぶしになったかな。その頃から、一行一句一文字を方眼の升目に合わせて書くのが得意だった。それから、結構漢字とか表現とかを辞書を引いて書いたりしていたから。僅かだけど文章を書く勉強に少しはなったかもしれない。社会学はレポートで「優」(テーマは立花隆の『脳死』)をとったし。

 読書は、比較的好きな方。でもあんまり文学作品は読まないけれどね。どっちかというと『サブカルチャー』(笑)や医学・薬学。大学で専攻した「法律」は、かなり苦手なほう。欲求は理系にあるんだけれど、理系にどうも向いてないみたい。だいたいねぇ、中学校の「図形の証明」が未だにできたことないし基礎解析、代数・幾何、微分・積分なんて、赤点か赤点ちょっと上くらいしかできない。多分高校の時、単位、足りなかったかもしれない。なんで卒業できて大学に入れたのかわけわからない。世の中、そういうことがあるもんなんですよ。七不思議の1つですねぇ。

 いい大学に入りたかったら高校なんて行かないほうがいいと思う。余計な行事や煩わしい人間関係。そんなことで時間を食っていたら、すごくもったいない。無駄。今になって思えば高校でのサークル活動とか恋愛なんて、無駄以外の何物でもない。せいぜいノスタルジーに浸るくらいが関の山だろう。今思えばね。無駄だよね。なんの足しにもなっていない。「学校」という集団教育課程が俺の人格を捻じ曲げた。

 エアコンかけて暖かくなったら眠くなってきた。本格的に眠くなる前に何かOSをインストールしてみよう。(翌2時1分)

 今日は9時から内科の診察。やっぱり今回はちょっと不摂生してしまったのでヘモグロビンA1cが急上昇。ちょっとまずいかもしれない。ひどくなれば足切断、あるいは人工透析になってしまう。それは~是非避けたいので食事の量も考えないと。気が緩むとすぐHA1cは上がってしまう。如実に数字となって表れるのだ。

 んー、まずアイスクリームをなんとかしないと。っていうかアイスクリームばかり食べてるわけじゃないんだけれど、アイスの箍が緩むと怒涛のごとく甘い清涼飲料とかにいってしまうし、んーどうもカロリーの多少だけで糖尿なってるわけじゃないような気がするんだよ。圧倒的に、運動が足りてない。それは確かだ。毎日50m歩くか歩かないかくらいでしょうよ。だもんねぇなるよそりゃ。

 んー。冷たいものが好きなんだよね。冷たいものを一度口中に溜めることなく直接喉頭食道にゴクゴクっと流し込むのがいい。多分それなんだろうね、欲しているのは。味とかじゃなくて。67kg軽かった14~15年前は、42℃のお湯に浸かりながら、キンキンに冷えた伊藤園のウーロン茶190mg缶を洗面所に置いた保冷庫に4~5缶置いといて適宜取り出して一気飲み。結構脳血管と心臓に来そうなことやっていたね。今やったら絶対脳か心臓で逝くね。いやぁ減るの早かったねぇ80kgを2ヶ月半で45kgに減らした時は。増えるのも早かったねぇ2年で50kg増えるの。そこから更に1年で17kg増えて、太り始めた頃の自分より重い67kg増量。ダメね。もう減量する体力も若さも精神力もない。痩せるのはいいんですよ。でも今やったら、確実に身体の何処かやられる。ダイエットで脳梗塞、心筋梗塞、心房・心室細動になる可能性大。同じ寿命なら不摂生して死んだほうが得かも。節制節制で、禁欲生活の末、栄養失調で死んだなんていったら笑い話にもならない。

penfield デボーになってからほとんど服に投資していない。どうせ「大きいサイズ」の閉じたマーケットでそれなりのデザインとかしかなくて、まぁ、アメリカンサイズならもっとあるんだろうけどね。俺は基本ジーンズなのでそれっぽい格好しかしないんだけどジーンズとかワークパンツとかそんな感じに、夏は短パンかな、で、夏~冬ともトップはTシャツで冬は考えるのめんどくさいし汗かきなのですぐ脱げるジップのパーカー、よっぽど寒い時は裏起毛のプルオーバーのパーカー。だってデブだからそんな着まわし考えるだけ徒労でしょうよ。更に水戸とか北の寒いところに行くときはファー付きのミリタリージャケットが出番なんだけど、その時は上は半袖のTシャツになるからね。長袖の重ね着って殆どないかも。半袖のTシャツものすごくたくさんあったし、学生時代無理して買ったノースフェイスのダウンジャケットあったんだけど、どうせ着られないし、震災の時に救援物資で出しちゃって、今もう殆どないの。結構古着で売ればいいお金になったはずだよ。まぁ、今は、トップはこんくらいしか着ない(写真)。一番良く着るのが、グレーと紺のラグラン袖のジップ。めんどくさくないし。これ着てればまぁ、群衆に紛れることができるしね。その前に「痩せろよ」っちゅう話だ。エンジっぽい赤のニットキャップとマフラー欲しい。

 ここ2、3日、ダウンしてた。なんか。疲れちゃって。あんな無意味な作業、石を拾ってきて、集めて、それをそれぞれまた元の位置に戻すっていう作業療法があるらしいんだけどそれっぽいね。

 翌2時になった。今夜はあれだ、また他のOSをいじってみよう。寒いな今夜も。

 父、クルマで母を仕事場に送っていった。不在。妹は勿論仕事でクルマででかけて不在。高いところもなく、海、河口とも近く、また、避難する手段も体力もない俺。すべもなくこのパソコン前にすわっているのみ。このまま、水が来るまでどうしようか考え中。どうなるんだろう、俺…。

 昨夜はずっとFreeBSDのデスクトップ環境構築に勤しんでおり、結局何回やってもうまくいかないので不貞腐れて座椅子をロッキングチェアのようにフーラフーラさせて天井を睨みつつ、サー・トーマス・リプトンのアールグレイを飲み、少しリラックス。ベルガモットはホント、脳の古い箇所から心にじんわりと入ってくるね。

 俺は割と嗅覚が敏感で、「ハシモトくんの家の匂い」とか「シノヅカくんの口臭」、「ペット店『太平洋』の匂い」とか結構対象の記憶とセットになって覚えている。今この部屋には寄せ鍋の匂いが漂っている。今日の夕食なのだろう。

 今、帰宅した妹から『KANRO 音楽大学との共同開発ボイスケアのど飴』という飴をもらって舐めているんだが、かなり個性的な味。薬臭くて好き嫌いがはっきり別れる味ですね。

 只今母登場。「ひよりちゃんの提案で急遽雑炊にします」とのこと。俺は冷えた雑炊が好き。熱いのはあんまり好きじゃない。熱いとか、辛いとか、骨があるとか、食べにくかったり、味が(熱かったりして)はっきりわからないものは得意じゃない。辛いといってもカレーは好き。カレーでも辛くないバーモントカレー甘口かな。美味いよ、ウチのカレーは。

 夕食終わり。あー食った食った。昨夜の残りのカレーがまだあるけどもう食えない。

 あれ?糖尿の薬が半分どっか行ってしまった。なんだよ来週なのに…一週間どうするんだよ。

 あ~あ。HA1c値が高いんだろうな次回は。

 この家は、俺、家族双方がある面で折れることで平穏を保つようにできている。妥協というのかねこういうの。だったら世の中の皆さんそうだろうね。普通の事か。なんだ面白くないね(笑)。

 俺また、FreeBSDやるのかなぁ…なんか、怖くなってきた。けれどやるんだろうなぁ俺のことだから。粘着質(笑)。誰かFreeBSD11.0でNVIDIAのドライバを動かす作業教えてくれ~。

 あれからどうしようもなくなってリビングに出現したこたつで寝た。もう昔のようには無理が利かない。リタリン飲んで3徹とかあったけど今はもうだめね。リタリンがダメならアモキサンかな。あれは結構、俺にとっちゃアッパーだし。リタリンを覚せい剤というのならもう俺は前科者だし。危険ドラッグとか今話題の大麻とかはやったことないけどね。リタリンから入って、麻薬・覚せい剤に行っちゃう人もいるそうだけどね、うーん。わからんでもないけど、そこは耐えなきゃ。

 今日はなんかアクセス数多いなぁと思ったらほとんどMSNbotだった。おかしいと思ったんだ。はぁ…始めようか、作業。

 すっかりFreeBSDのnvidiaドライバのところで躓いてしまい、作業が捗らん。日記も更新頻度が下がっていてわざわざ読みに来てくださる善意のお客様には大変申し訳ない。

 なんか…黒地に白い文字が流れるのを見ながら、俺、何やってんだろ。普通に暮らしていたらおそらく俺の触覚には引っかからなかったであろうFreeBSDでの作業。

 高校生の頃、今俺の座っている位置には、TAMAのSwingStarのジェットブラックカラーのツーバスキットが置いてあった。この部屋のこの場所は多分俺の趣味が居付く何かがいるのだろう。PCは極々上っ面なものだからあんまり挫折とかないんだけど…まぁ「UNIXが使いこなせない、セッティングが上手くできない」みたいなのはあるけれど、音楽みたいに一定の水準以上に達してしまったもので自分の体や精神にまで深く浸潤してしまったものを、根っこから分離しようとしても不可能に近い。化学療法も放射線療法もおそらく効かないであろうものを無理やり引き剥がしても、髭根のような残骸が患部にひっついて残ってしまう。残骸は何度でも成長を繰り返す。根治は多分不可能。

 スタンバっていないところで急にバンド関係の諸々が感覚器を通じて脳に入ってきた時、俺は体を固くして身構えるだろう。それさえパスしてもっと奥深くに入ってきた時、血管は収縮し、瞳孔は散大し、冷や汗、吐き気を催しながら小刻みに震えてその発生源が去り、情報が蒸散して消えていくまで、固縮しているのだろう。そういう時はまた、音楽で、逆位相の音波によって打ち消すのだ。それはビートのない、ヒーリング・ミュージックによって。ビートが刻まれた音波が耳に達すると、両耳を抑えてその場にしゃがみ込むのだろうな。かつて、自分で作っていたもののせいで。

 だから今は、クソ難しいコンピューターシステムの構築をやったり、ドライブに行ったりして「あれ」から逃げているのだ。まる二日の作業多分今日も続くのだろう。できるまで。でもちょっと、休む。ネットを泳ぎにゆこう。(1時24分)

 

おめこ祭り1 只今1時6分。精神状態が徐々に悪くなりつつある。不安というか焦燥と言うか、なんかよろしくない方向に向かっているような気がする。ため息…それは先程飲み物(炭酸飲料)をこぼしてしまった。蓋を開けた途端中身が溢れ出た。うーん、ジャージのズボン濡れてしまった。床というかカーペットも濡れてしまった。頭くんなぁ。身ぐるみ下着ごと着替えなきゃならないじゃないか頭くんなぁ。そこからイライラ、精神状態の減退というかまるっきり昂揚の逆に走ってる。俺は、予定外とか想定外とかに弱い。イレギュラーなことに対する対応能力が著しく欠けている。それへの対応を迫られると、著しい「気分の揺れ」を感じる。これについての思考がすごく辛いのでこの話題やめる。

["おめこ" 昨日は、妹と成田のイオンタウンに行って、「フォーエル」という大きいサイズの服屋を見てきた。品揃えはさすが、名は体を表すといったぐらいで、充実している。ジーンズは、ラングラーとエドウィンだったかな?リーバイスはなかった。レギュラーストレートもあったしルーズフィットもあった。色はまぁ、ワンウォッシュトからエイジド、ダメージドまであったし、キャメル、カーキもあった。アウターはミリタリージャケットっぽいファー付きのジャケットが2980円くらいからあった。時間があったらもっとじっくり見てみたかったのだが、カネもないし、ということでざっとみて帰路についた。あ、女性物は29号まであった。どんなだよ。

 昨日、今日は太田の長照寺で『おめこ祭り』が開催されていた。「アントキの猪木」が来ていた。他、仮面ライダー達もいた。境内を撮った写真のちょっと奥に、よく見ると1号、フォーゼ、アマゾンがいる。見つけられただろうか。しかし、祭の名前、西日本の人にとっては相当インパクトのあるものとなっている。

 辛くなってきたので、レボトミン50mg錠4錠くらいとロヒプノール2mg程度飲んで寝よう。辛いな。

東洋経済オンライン 箕輪 厚介・記 『「ネットいじめエンタメ」が日本をダメにする 知性のない「正論」で誰かを攻撃しても不毛だ 』より抜粋。


 私は「正論」が嫌いだ。就職試験のエントリーシートに「あなたの座右の銘を教えてください」という欄がある場合には「正しいことより楽しいことを」と書いていた。「正しさ」は警察や裁判官、政治家、ジャーナリストなど立派な人たちに任せ、ひたすら「楽しさ」を追い求めることで、世の中をより多様でより面白くする編集者になりたいと考えていた。

 編集者として仕事をする今は、ぶっ飛んでいたり、社会の異物のような人間を日々探している。しかし、最近はかつてのホリエモンのような、面白い「暴れん坊」がいなくなったと感じている。それは、現代の日本で、気色が悪いほどに「正論」があふれていることが原因ではないか。

SNS上にあふれる「正論テロ」

 今日もツイッターなどのSNS上では、学級委員ズラをした人たちが、悪さをした人間を吊し上げ、徹底的に追及する。ベッキーさんの不倫が報じられた時がいい例だ。「ファンを裏切った」「不倫はいけない」「奥さんの気持ちを考えろ」など、反論の余地のないごもっともな意見で他者をバッシングする人が現れる。

 たとえ、おめでたいはずの結婚のニュースであっても、それが「できちゃった婚」の可能性があると分かった途端に、「ちゃんと順番守ろうね」「恥ずかしいですね」といったコメントがあふれる。ただ、はっきり言って、「不倫」や「できちゃった婚」など、彼らの人生にはまったく関係ないはずだ。

 しかし、自分より幸せそうなタレントや政治家、人気企業が、少しでも世の中の正義や倫理から外れたことをすると、絶対に見過ごさない。この一連の「中世の魔女狩り」ならぬ、現代の“正論テロ”は、ターゲットが「降板」や「活動休止」、「辞任」など具体的な痛手を負うまで、収まることは決してない。

 はっきり言おう。彼らに確固たる信念などはない。ただ人気者や権力者が叩かれるさま、落ちていく姿を、「エンタメ」として見てみたいだけなのだ。そして、巧妙でタチが悪いのは、彼らが「正論」を武器にしているところである。

 「正論」には、誰もかなわない。誰が聞いても正しいことを言っている人を、取り締まることはできないからだ。ゲーム感覚で人をおとしめようという彼らだが、残念ながら主張だけ聞くとまっとうといえる。「不倫はいけないことですよね?」と言われてしまえば、誰も何も言い返せない。

 しかし、考えてみて欲しい。バッシングのための「正論」なんかには、何の価値もない。新たな価値創造をしているわけでもなく、ただ誰もが知っているルールを、我が物顔で言っているだけだ。

 最近は、資生堂インテグレートのCMで「25歳からは女の子じゃない」という表現が「女性差別、セクハラ」との批判を浴びた。女性からの批判はまっとうで、悪意の「正論テロ」とは違うように思えるかもしれないが、この中には「正論テロリスト」が間違いなく紛れ込んでいる。彼らは、何でもかんでもケチをつけて、一流企業が慌てふためく姿に快感を覚えているだけなのだ。結果的にこのCMは放送休止に追いやられた。

「正論信仰」がすべてをつまらなくする

 「正論テロ」は、「凡人」が努力もせずに、何者かになったという幻想に浸れる、コスパのよいエンタメなのだ。本来、「凡人」が何者かになるには、圧倒的努力と実績が必要だった。しかし、SNSがある今、スマホ片手に「正論テロ」を起こし、人気者をたたき落とすだけで手軽にそうした感覚が味わえる。

 しかし、実際には何の価値も生み出さない行為であり、こんなものが蔓延している限り、この国はますますつまらなく、小さくなっていくだろう。だからこそ、まずは自らの信念を持って行動し、「正論テロ」なんかに惑わされない態度でいることが大切ではないだろうか。

 日本では小さいころに親から、「みんな我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」と教えられ、インドでは「あなたも迷惑をかけるのだから、相手の迷惑も受け入れなさい」と教えられると聞いたことがある。日本人のモラルの高さは誇るべきところだが、それが行き過ぎると息苦しい監視社会のようになり、多様性が失われていくだろう。

 「正しさ」の徹底は危険だ。なぜなら、そこからハミ出す他者を認めないからだ。自分が正しくあろうとするのは立派だが、それを人に押し付ようとした瞬間、暴力になる。戦争はどちらかが悪だから起こるのではない。お互いが自分の「正義」を主張し合った末に起こるのだ。われわれから見ればIS(イスラム国)は「悪」だが、イスラム国から観たら我々が「悪」であり、この戦いはどちらか一方を物理的に潰さない限り、答えは出ない。

 誰もが自警団のようにパトロールし、悪事に目を光らせる社会では何も生み出さない。みなが揚げ足を取られないように、表通りを歩くのを避け、引きこもるようになる。しかし、社会を変えるのはいつだって、常識に囚われない変人である。「イノベーションが必要だ」というセリフはそこかしこで聞かれるが、まずは「正論」信仰をやめるべきではないだろうか。(おわり)