合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 9時15分、香取市栗源の『ローズガーデンウザワ』目指し出掛ける。10時到着。一眼レフの望遠ズームのピントが合わず使えない。しょうがないのでタブレットで撮影。レンズ、なんだろうなぁ…もう随分前のカメラだから、あちこち傷んできてもまぁ、しょうがないっちゃぁしょうがないんだけれど…。超音波モーターがいかれてきたのかもしれない。はー。なんで物が壊れる時って一度に壊れるんだろうなぁ。
安いやつでいいから、壊れないのが欲しい。滞在…30分、40分くらいいたかなぁ…。
 で、次に『道の駅 風和里しばやま』に行ったのだが、ひよりが道に迷ってしまい、スマホとかタブレットで探したが、却って紙媒体の地図のほうがずっといいと俺もひよりも実感した。。ひよりがイライラしてきたのがわかったので俺の精神状態もおかしくなってきたことに気づく。それでもなんとか、迷いながらも母の日に好きな買い物をしてもらうようにと思ったので、母が野菜を買いたいというので『道の駅 風和里しばやま』に寄る。しばらくベンチに座って待った。ひよりが来て、ソフトクリーム何がいいかと訊いてきたのでバニラがいい、といったら買ってきてくれた。『風和里しばやま』のソフトクリーム旨いんだよね滑らかな舌ざわり…。その代わり、べらぼうに安くはない。でも『季楽里あさひ』よりは安い。
 食後、『風和里しばやま』を出発。『芝山はにわ道』を南進、猿尾の交差点を左折してR126に乗る。このまま銚子市三崎町あたりまで走り、高松池の橋を渡って県道286(銚子ドーバーライン)に乗って犬吠埼へ。犬吠駅で銚子電気鉄道の電車に出くわした。元・京王帝都電気鉄道の2000系だったと思う。そんなわけで、中途半端だが、今日はおしまい。

 

 番組放送時間も終わり、画面はフィラーになっている。明日というか今日、香取市栗源の、『ローズガーデンウザワ』に行くらしい。入園料は無料。まぁ運営費をいくらかカンパしてくださいというのはあるが、別に気にはならない。無料だとしょぼいのか?と思いがちだが全くそうではない。実に優雅できれいだ。気になる点といったら、まぁ、しょうがないことではあるのだが、人が多い。近所には『道の駅くりもと』や『恋する豚研究所』通称『恋豚』がある。レストランは人気で、一時間半待ちくらいは覚悟すること。今日は行くんだか行かないんだかわからないが一時間半待って豚肉料理を食う気はない。

 今日、ひよりは会社休みだったのだが、従業員の中に入院していらっしゃる方がいて、お見舞いに何時頃でしょうねぇお昼過ぎに出掛けた。で、ひよりから電話があって、「ガソリン入れに行くんだけど、乗ってかない?」とのことだったので着替えて帽子被って行きました。なんかここ一週間十日ほど体調が悪くてずっとうつうつと抑うつ状態になっていて、これからのことを考えてゆううつになったり、死にたくなったり、もうどうしようもない精神状態になって現在に至る。俺にとって助手席に乗るドライブは、抗不安薬(=精神安定剤/マイナートランキライザー)のようなもの。対症療法。数時間だけ効く、頓服のようなもの。数時間すれば効果も失せて、元の木阿弥。不透明な将来、絶望的な余生、こんなんで俺はどうやって生きていけばいいんだ、と俺を地獄へ突き落したダブルAを地獄の底に突き落としたい衝動に駆られる。
 あぁ。ほんとなんか、俺に関わった全員を地獄に突き落としたい。やまゆり園の障害者をぶっ殺したあのバカみてぇにさぁ、俺に関わった全員を地獄の底に突き落としたい!誰だったか知恵袋で、俺が第二の秋葉原無差別殺人の件の加藤智大になると思うか訊いた野郎がいるけど、どうだろうね…TYっていう小学校の教諭やってた奴も、小学校の頃から高校まで一貫して俺の陰口叩いていたIYって奴もバンド関係で関わってた大勢もぶっ殺したい欲求がある。
 でもよ、俺の、失われた時間…34、35年の時間が返ってくるわけじゃねぇんだ。俺の30数年を返してくれよ!畜生!30数年と引き換えに、何か貰わなくちゃしょうがねぇよなぁ…最終的には幾許かの「銭」になるんだろうなぁ。俺をこういう状況に追い込んだ、奴らの存在は消せねぇだろう?奴等の生活が立ち行かない状態になる「銭」をぶんどってやんねぇと気が済まねぇんだよ畜生。クソ野郎!

 なんていうか、生きるのが辛すぎて辛すぎてもう、生きているのが辛くなった。どうすればいいんだ俺はよ?まぁ、小さな幸せは、ないわけではない。ガラスのタンブラーひっくり返したけれど割れなかったとか、そういうのはないわけではない。だがしかし、この生きづらさを相殺してくれるものではない。つらいよ。13、14歳の頃、うつに初めて罹患した時、俺は、うつってのは、もう少しカジュアルなものだと思っていた。だがそうではなかった。思った以上にしんどく、頑固で、こびりついた油の焦げのよう。クレンザーで磨けば、いとも簡単にスルッと取れるもんだとばかり思っていた。だが実際は、それよりずっと過酷なものだった。さらに、取れないばかりか、皮膚を突き破り、基材に取り込まれ、基材と一体化して、体の一部となっている。体の一部ということで、こういうもんは医者に任せるべきものなので、処方された薬をおとなしく飲んでいればいいものだと思っていた。ただ強迫観念は赦してはくれなかった。うつも当然、二年三年と過ぎ、ようやく、これは病気なんだと思うようになって、向き合ってはいるけれど、さっぱり自分自身のことがわからない。やっぱり金食っているだけに、んー…。サイレース®(旧ロヒプノールと統合、商品名はサイレース®)とヒルナミン®を飲んで、へ~ろへろ。

 来客があって、母が応待している。一種いわくつきの人だ。あぁ怖い怖い。

 夕方になった。ひよりが帰ってきた。お疲れさま。俺はなんか吐き気がするぞ。なんだろうね。イライラしてきたのでサイレース®1mg錠4錠とヒルナミン®50mg錠4錠飲んだ。BZP(ベンゾジアゼピン)系の抗不安薬が最近、依存性の問題諸々で精神科医にすこぶる評判悪くて、デパス®さえなかなか処方してもらえない。まぁ、デパス®も割と強いからね。メイラックス®くらいが関の山だろう。爺さん婆さんに処方すると起きぬけに転倒することがあるんだよねぇ、で、骨折っちゃって、寝たきりと…。そういう事情もあるんだよねぇ…。デパス®って、0.5mg、1mg…あ、0.25mgも出たんだっけ、まぁ、ホワホワ感が魅力だったなぁ。まぁ今は、サイレース®を安定剤の代用にしているけど、まぁ、寝ちゃえばイライラもなにもないからね。それはそれでいいんだ。下手に夜中起きていると、いきなりお茶漬けとか食べ始めたりするからねぇ。
 腹がシクシク痛いんだよねぇ。なんだろうか。虫垂炎とかだったらめんどくさいな。
 このところ吐き気がずっと続いていて不愉快。なんなんだ一体。今日は豚肉の冷しゃぶみたいなやつだったんだけれど、大根おろしばっかり食ってた。さっぱりして旨いんだよね。今日は無性に大根おろしが食いたかった。

 なんか…茨城ってヤンキーが多い県ランキングでトップだってさ。だろうね。俺もヤンキー…当時は不良生徒って言ったっけか。…に、精神的にぶちのめされてしまいに精神を病んでしまったよ。で、50を前にしてこのざまだよ。
 俺がなんで公立進学高校に入ったかというと、中学校時代、学校がもの凄く荒れてて、男子だけじゃなくて女子も荒れてて、給食の時間、食う前にコロッケをシチューにぶちまけて食えなくする、黒板消しもシチューにぶち込む、マーガリンを黒板に塗る、ソースを黒板に塗る、ロッカーをのこぎりで切り刻む、廊下をバイクが走る、彫刻刀とかで廊下を掘る…。こんな学校が嫌で嫌で仕方がなくて、高校はそういうのがいない高校に行きたい。
 で、入ったらいるんだよそんなのが。「なんで?」と思って学校から心が離れてきて、バンドやったらやったで他校の不良生徒に「生意気だ」とか言って因縁を付けられ、「あいつ殺してやる」とあちこちで言いふらされて…。なんでドラムを練習もしないでカツアゲばかりやってるやつより俺がドラムが上手いからって因縁付けられなければいけないんだよ?
 そんな奴が…そんな奴がだよ?なんで俺が未だに苦しい思いをしているその前で!「幸せな家族」楽しんでるんだよ?!無垢な顔してさぁ、娘か息子か知らんけど抱き上げて、なに幸せな父親気取ってんだよ!?俺人生滅茶苦茶になったんだぞ!「殺される殺される…銚子に行ったら殺される…」って怯えてて、頭おかしくなったんだぞ俺は!なに良い家族見せびらかしてんだよ?!畜生!名前と顔、絶対忘れねぇぞ俺は!

 はぁ~…。生きづらくて生きづらくて仕方がない。やっぱり俺はこの世に生きるにはちょっとそのセンスがないらしい。なんでまだ生きていなきゃいけないの?まだ生きろと?冗談じゃねぇよ!こんな状態で歳食って死ぬのか?一人で?腐ってハエがたかってか?畜生!
 カフェイン飲んだからだろうか、胃がチクチク痛い。胃腸があまり丈夫とは言えない体なので、何か不具合が出る時はまず胃腸から出る。吐き気だったり、本当に吐いたり、下痢だったり、まぁホント、健康優良児ななりをして、虚弱な人ですねぇ俺は。元号が変わって令和になっても、俺は相変わらずで多分、令和のうちに死ぬんだろう。あぁ、いろんなことがもはや、絶望的。
 母が坐骨神経痛(だと思う)で臀部からふくらはぎにかけて痛いというので、鎮痛薬のジェル(主治医に処方されたもの)を毎晩塗っていたが、なにを思ったが以前処方されて余っていた鎮痛剤配合の湿布っていうかテープっつぅの?を貼ってくれと言うので貼った。大丈夫かなと思っていたが、案の定、貨幣状に盛り上がったカブレになっていた。そんなわけで、リンデロンとかいう配合軟膏を患部に塗った。母本人も結構かゆみがひどいみたいで、多分、接着剤とは言わないんだろうが、貼り付けるための成分が入ったテープはダメですね。どんなに口汚く罵られても母は俺の母。

 今朝は朝から怒号が飛び交った。母が「食パンをちぎって食べてみて」というのでちぎって食べたら「なんで食べるのよ?!」と怒鳴りやがったから俺わけわかんなかったので怒鳴り返した。で喧嘩になって俺は扉を蹴って自室に戻ってきた。これって、俺が悪いの?
 俺の攻撃的性分は、間違いなく母の遺伝。人を責める傾向も母の遺伝。こう言っちゃなんだが、俺の悪い面は、ことごとく母から受け継いでいる。これを指摘しようもんなら、「もういい!もう頼まない(何を?)!お前、もう親でも子でもない!出ていけ!」と、こうなるんだ。母は自分に不利なことを指摘されると、こういう逃げ口上をたれて立ち去る。高校生時代の俺がこう言われて、その話者の顔をパンダにすることを抑えられるはずもなく。DVと言われればDVなんだけれどね。でも、母以外の女性を殴ったことは無いよ。「窮鼠猫を噛む」状態だったんだ。
 似た者同士は、相性が悪いというもんね。親の誤算は俺が親以上の腕力を持ってしまったこと。実力行使は絶対にないと勝手に思い込んだこと。俺は滅多なことでは暴力は振るわないが、理不尽が過ぎる時にはぶん殴る。人の足元見やがって。許さねぇ。
 ひよりが泣いて、「お兄ちゃん怒らないで」と懇願した。こんな理不尽を吹っ掛けられて、怒るなってか?人一人くらい簡単に殺せるんだぞ俺は。ひよりも母が悪いと思ったんだろう、仲を取り持って母に進言したんだろう、母が謝ってきたので、喧嘩も面倒くせぇしもういいやと思って「あぁ!」と返した。

 ひよりにしても、激しいものになりがちな俺と母の喧嘩が勃発すると結構衝撃が大きいんだろう。俺が怒るとかなり尋常ではないらしい。そりゃ尋常じゃないさ、俺が悪者に仕立て上げられてるんだから。なんで無実の俺が罪人みたいに扱われるんだよ?母はどうにかして俺に全責任があるみたいに持って行こうとする。俺を怒らせる天才だね母は。あまり相手を論破しようとしないほうがいいよ。ボキャブラリーが少ない男は、口で敵わなければ実力行使に打って出る。下手すりゃ実力行使で命を落としかねない。相手に手を上げなければ常に無罪か…無罪である。どんなに口汚く相手を論破して相手のプライドをズタズタにしても、無罪である。ICレコーダーで一言一句記録していればわからないが、手を上げたほうが法律的には全面的に負け。論破したという満足を基とした快楽が命より価値があれば、まぁ止めようがないが、そんな人…中にはいるんだろうな。理解に苦しむが…。

 極度の疲労で力入らないので一日横になっていた。なんだかイラついて母に喧嘩ふっかける。なのでヒルナミン50mg錠4錠とサイレース1mg4錠飲む。ダメだ極度にイラついている。本当はセレネース(ハロペリドール)がいいんだろうが、俺は統失じゃないので処方されていない。ヒルナミン+サイレースで眠くなって眠ってしまって、その後のことが思い出せない。体中が痛い。BZPであるサイレースの離脱症状だろうか。頭や四肢の関節も外れそうに痛い。痛い痛い痛い…。

 今日は成田まで行ってきた。その写真。電車はJR東日本255系電車『しおさい』総武本線特急電車『しおさい』は特急を名乗るにはあまりに遅く、車両は内房線・外房線『Boso View Express』の『わかしお』・『さざなみ』のお下がり。総武本線の電車は、総武本線に当初から新造されて投入されることはない。どこかの線区からのお下がり車である。鹿島神宮発着の高速東京行きバスに速達性・料金の安さ双方で負けている現状にあっては、『しおさい』に金をかけて新造車を充当するのはあまりに無謀。あまりにコストパフォーマンスが悪すぎる。
 当然の帰結として収益が上がっていない路線の列車に金をつぎ込むのはあまりに無謀。で、結局他線区からのお下がりをもらって使っているという。普通電車(各停)はJR東日本209系2000番台・2100番台電車を銚子~千葉間で使用している。長いこと銚子~千葉間の普通列車は113系電車が使用されてきたが、あまりに陳腐化したために2006年に211系3000番台、2009年に209系2000番台・2100番台が充当されて退役した。
 右は成田線佐原駅。古そうな造りにはなっているが、2007(平成19)年、リニューアルされたものである。
 近所には佐原白楊高校(2003年『佐原女子高』から共学になり改称)が立地。休日なのに部活だろうか、高校生が多数、うろうろしていた。佐原に到着した電車は大混雑。高校生?観光客?なんなんだろう。
 駅前ロータリーには佐原と言えばお約束の『伊能忠敬』公(測量・地図の人)の像がそびえ立つ。

 

 

 バスだまりには、『千葉交通』のクラシックカラーリングのバスが。→

 

 

 

 

 

←これが現在の標準塗装。どちらがお好みですか?

 





  そのようなわけで、いろいろ回ってきたわけですが、ちょっとばっかし疲れた。ひよりも疲れたんじゃなかろうか。というわけで、ひよりのGW最終休日の明日は多分ゆっくり過ごすことになるだろう。多分…。

 まぁ、元号が変わってその初日。んー、昭和から平成に元号が変わった時のようなドタバタはなかったようだね。まぁ、役場の届け出の書式の元号が間に合わなかったようだが、それでも比較的静かに元号が切り替わったようで。

 胃が痛いんですよ。まぁ、この年なら只事でない疾患を患うこともあるだろう。けれど俺は検査とか診察とか受けるつもりはない。それで死ぬなら本望だ。むかむかする。胃酸過多。チクチク痛むんですよね。痛みにはとりあえずというか根治望まず緩慢なる自殺をするには、対症療法。痛いの苦しいのだけ取ってあとは死ぬのを待つという。鎮痛鎮痙剤を使って死ぬまでの時間をなんとか乗り切る他ない。

 まぁね俺一人死んだところで別に世界が変わるわけではない。豆々家の出費が減ること。それくらいかな。胃が痛いのです。

 当面の予定というかすべきことは胃を治すことだね。プライオリティ1st。

 あーなんかしんどい。

 俺が精神を病んでから5年6年経った頃だろうか、昭和から平成に変わる場面にいた。20歳になろうとしているその年、元号は昭和から平成になった。その平成も今、終わろうとしている。俺にとっては平成は、激動の時代だった。荒廃した精神状態、屈辱の大学入学に、その後の俺の精神状態悪化のトリガーとなる恋愛と破局、それからの訳のわからぬ精神状態混迷、二つの大震災とその後の更なる精神状態の悪化。もうこれは、いい時代であったとは俺にはとても言えないわけだが、まぁ俺のことはさておき、平成という時代に、日本が戦渦に巻き込まれないで済んだことはよかったが、ただ、海外では戦争が相変わらず続き、『戦争を愛する宗教信者』いや、『人殺し教信者』 による数々の愚行が繰り返され、非民主主義独裁国家が戦争を仕掛けてきたりもしたし、その裏で各放送局の24時間放送が始まり、バブルはじけるわリーマンショックくるわで経済めちゃくちゃになり、人の心も荒廃し、なにか今ひとつザワザワ感が終わらないまま平成が終わる。これでいいのか俺にはわからないが、自然激甚災害が相次いだことは誰のせいでもないが心が『平らかに成る』ことはなかったね俺は。

 『令和』の解釈はいろいろあるようだが、某政治家が交戦権を再び認めたいだとか、核ミサイル開発して気に食わない国には何発もぶち込むとか、国のトップの『命「令」』には絶対服従だとか言い出さないかということを危惧はしている。第三次大戦が決して起こらないとはとても言えない国際情勢だし、某国のトップもそういう人物だ。

 今日も仕事のひよりから電話。母が買い物を頼んでいたので、氷がないよ、と伝えた。

 庭から戻ってくるとキーボードの上にリッツのチーズサンドがあったので美味しくいただきました。

 なんかあんまり気分が良くない。心身ともにね。吐き気もするし、機嫌も悪い。まぁいろいろ、「またぁ?!」感のある今日という日、まぁ、あと2時間足らずで平成が終わるそうです。よ。ね。