合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 カピバラのように一日ぬぼ~っとしていた。ただカピバラと違うのは、俺が罪人であるということ。この世に俺は生きている、それだけで、犯罪だ。俺は生きていては、いけないんです。冷えますね。えぇ冷えますね。心の底から冷えますね。

 結腸(大腸)の調子が、あまりよろしくない。膝をついていると、足の甲の皮膚が痛い。体中、なんか調子悪い。これから先、俺はどうなるんでしょうか。

 昨日水戸に行ったけれど、あんまり思ったような写真が撮れなかったので、近所、仲新田の『弁天公園』に桜を見に行った。どうも俺はデジタル一眼レフでファインダーを覗きながら撮るのがうまくないようだ。せっかくデスクサイドにアンドロイドタブレットさんが2名いらっしゃるので、試しにこれらで撮ってみた。思いの外うまく撮れた。大きな液晶画面で被写体をしっかり大きく見ながらピント合わせをするのでぴっちり合うし、露出補正もできる。「思いの外いいかも」と思って早速撮ったら非常に感度がいい(くっきりシャープな画像が撮れる)ので、気に入ってしまった。

 で、昨日行った水戸で使ったズームカメラアプリは光学ズームではなくデジタルズームなので画像の輪郭がぼけてメロウな感じなので好きな人は好きかもしれないが、俺はあまり好みではないので、PCに取り込んで作業は終わり。で、アンドロイドタブレットのいいところは、(っていうか最近のデジイチもそのようだが)動画が撮れること。これはいいね。これが俺の心をわしづかみにしたと同時にデジタルビデオカメラへの憧れを更に強いものにした。しかしスマートフォンってのは、すごいもんだね。これならPCのライトユーザーやってるくらいだったらスマートフォンがあればPC要らないかもね。「スマートフォン」というけれど、その実、「通話機能付き超小型パーソナルコンピューター」だからね。弱点はストレージが少ないことだな。それさえなきゃ、買い、なんだがそれも俺の独力じゃどうにもならないことなんだけれどね。世の中結局、カネなんだなということを、おぼろげながら、突きつけられたような、そんな気がするね。なんか調子が変だなぁ…。今日一日、俺は生きられるのか?それさえ、怪しいと思える春曙。

 桜を撮りに水戸の千波湖、県庁あたりに行ってきた。まぁ、撮ったには撮ったんだが、思いの外ピントが甘かったり手ブレしていたりで…。俺、小6でRicohXR500を買ってもらって以来37、8年写真撮っているのだが、さっぱり上達しない。なんでだろ?根本的に写真撮影のセンスが欠けているのかもしれないね。

 一通り桜を撮り終えて、県庁前のスターバックスで小休止。田おこしを待つ田んぼが見える窓の外は曇りだけれど、降り注ぐ太陽の光は確実にその力強さを増している。4月の時点での紫外線の強さは、既に夏のピーク時の9割とのこと。日焼け対策は今からでも決して早すぎることはない。俺なんかは別にどうでもいいんだけどね。もう、既にシミ・そばかすだらけですよ。肝斑っての?すごいっすよ。「なにこれ?」って感じ。非常にきったなーい!で、よく見たら頭皮のほうまで、シミなのかアザなのかわかんないけれど、地図のような…アザっていうのかなぁやっぱり。ドーラン塗らないとテレビに堪えない。出ないけどさ。
 え?スタバの窓から田んぼが見えるのかって?水戸の茨城県庁前のスタバはねぇ、見えるんですよ、っていうか道路をはさんですぐ目の前田んぼなんですよ。北関東の地方都市ってこんな感じなんですよ。店員さんもなまってますしね。俺が住んでいる神栖市と、随分訛りも、人柄も違う。神栖の若者は単なるヤンキーですからねぇ。茨城ってより、若者文化圏としてどこに属しているのかと問われたら、まぁ千葉県銚子市…下総・海匝かいそう文化圏に属するんでしょうねぇ。茨城ではない。少なくとも水戸と同じ文化圏ではない。もっと下品だ。

 水戸も充分田舎ですけど、神栖はもっと垢抜けないというか、うん。その中で土合という地区はまた特殊で、鹿島石油化学コンビナート開発で全国方々から集まった人たちが土合の社宅団地群に流れてきて集まった土地なので、標準語を喋らないと言葉がお互い通じない、といった事態に陥るため、四日市なら四日市の、仙台なら仙台のネイティブスピーカーが一生懸命標準語を喋ろうとした『エセ標準語(東北類、近畿類、中国類あり)』が共通語であって、生活は比較的高水準で西洋風のシティーファミリー系。地元の農家・漁師とは一線を引いていたので、独特の文化が根付いたのだが、ある時(1978年~80年頃)隣町の千葉県銚子市から商業系の家族が引っ越してきて銚子弁を持ち込んだ途端、『エセ標準語』は銚子弁に感染し、『変な言語』に変質してしまった。以降、現在に至る。

 俺などは東京の人には「東京(出身)じゃないよね?」と言われ、古くからの地元の人には「いばらぎ(出身)じゃねぇべ?(⤴)」と言われて、どちら陣営にも入れなかった過去がある。多分どこかイントネーションが標準語のものではないんだろうと思う。俺は東京都世田谷区で生まれたものの4か月で茨城県神栖市(旧・波崎はさき町)土合の社宅に引越したこともあって東京生まれではあるが実質茨城生まれである。そして『エセ標準語』環境の中で育った俺は『エセ標準語』を『エセ』であるという罪識のないまま二十歳近くまでその環境下に暮らし、『エセ標準語(東北類三陸属土合科)』を身に着けたわけである。

 現在の豆々家の言語は『エセ標準語(東北類三陸属土合科豆々亜科)』である。これが最も落ち着く。比較的感染力の強い銚子弁にも侵されることなく、細々と息づいている。跡取りがいないため、我が家が絶えると同時に、『エセ標準語東北類三陸属土合科豆々亜科』も絶えることになる。

 まぁそんなことはいいとして、水戸である。先述のように、神栖は水戸とは同県でありながら違う文化圏なので、行くと東京ほどではないけれど刺激を受ける。住む気にはならないけれど、面白いところだ。

 手違いで重要ファイルを削除してしまい、システムがおかしくなって挙動不審になったのでつないでいた5台のハードディスクのうちWindowsを入れるドライブだけ残して全部SATAケーブルを引っこ抜いてからWindowsをインストール。初め、UNIX/Linuxが入っているドライブをつなげたままWindowsをインストールしようとすると、Windows10のインストーラはUNIX/LinuxのUEFIシステムパーティションまでフォーマットしようとしてエラーになってインストールをやめてしまう。やっぱりね、UNIX/Linuxシステムドライブまで監視にいくなんて。結局3TBドライブに入ったUNIX/Linuxを全部削除した。

 ケースのふたを開けたままWindows10をインストールした。なんてアナログな作業なんだ。俺はやはり、昭和のアナログ男。

 今日も白痴滓中年は無為に過ごす。くそっ

 俺は社会になにも寄与しない白痴の中年男。普通に普通の生活ができず、職はなく、精神が遅滞し、社会に大迷惑をかけ、24時間365日朝から晩までただ無為に呆けて、死ぬべきなのに生きているという、犯罪級の行為を続けているのだ。何度も死のうと思った。けれどまだ生きている。まともに生きられないくせに死ぬのも怖いという、ただの弱虫チキン、白痴の中年男。死ぬか生きるか切羽詰まった状況にありながら、呑気にティーバッグじゃなく茶葉から紅茶を淹れて飲む、豆を挽いてドリップで珈琲を淹れてのむという、極刑級の行為をなしているのだ。

 気が付いたら激しい貧乏ゆすりをしていた。安定剤を飲むべきなのだろうか。いや、極刑級白痴中年男のくせに安定剤で苦しみから逃れようとしているという、極刑級犯罪を為そうとするこの腐った根性。苦しみのたうち回って気が狂って死ぬことがせめてもの今俺ができ得る贖罪だろう。人々に嘲笑され、優越を感じていただくこと、それがせめてもの罪滅ぼし。みずから死にたい死にたい言いながら、多分俺は自ら命を絶つことは(でき)ないだろう。死にたい死にたい言いながら、がんとか脳卒中とかになって、死にたくない死にたくない言いながら死んでいくのが関の山だろう。一番みじめな死に方をするんだろう。孤独死がもっとも確率が高い死に方だろうな。腐って、ウジわいて、体液がユカにまでしみ込んで。悪臭を放ちつつ近所の住民に発見される、とかね。

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 夕食にカップ麺食べたんだけれど、インスタントのくせに、鯛と鶏の白湯スープでいただく品で、美味かったねぇ。品名は『行列のできる店のラーメン』とかいったっけな。最近のインスタントラーメンはすごいね。いやぁ…。

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 木曜日か…日々の流れが速いなぁ…。

 俺は今まで、なにを為した?

 はぁ…俺はもうなんの気力もないね。ため息ついてばかりだ。更に激しい貧乏ゆすり。あー。畜生!俺は壊れてる!

memo.pdf

 最近、ネガティブな事象が増えた。もうボットしか来ていないということ。原因は、タブーを犯したからだろう。ま、それでも俺は書き続ける。誰にこれを販売するわけでもない、「タダ見」の記述なのだから。別にカンパやクラウドファンディングを募っているわけでもない、「タダ見」コンテンツなのだから。

 この二、三日、体調が非常に悪い。1時だ。もう寝よう。もう疲れた。

 diabetesの薬が喉に詰まっていつまでも胃まで降りていかないような気持ち悪い状態がずっと続いている。

 日差しが部屋に入ってきた。3時前に目を覚まして今まで。あ゛ー!気分悪い。ラモセトロン塩酸塩口腔内崩壊錠を20錠ほどガリガリと噛み砕き、吐き気を抑えてキーを叩く。(8:38)

 その後、夕刻まで俺は呆けていた。呆けおっさん。無為。俺はダメだな。もうダメだな。終わりだ。終わり終わり。死んで良し。この夕刻、俺の精神状態はまたざわつき始めた。ヒルナミン飲んだほういいのかな。辛いー。死にたい。晩飯食わないで寝るかな。辛いー。死にたい。あーも…どうすりゃいいんだ俺は!よぉ!?レボメプロマジンマレイン酸塩50mg錠20錠くらい飲めばどうにかなるのか?1,000mg。1gだ。効く前に死ぬか。オーバードーズして劇的な良い効果が得られてうまい具合に苦痛なく抜けて、っていうんならいいけど、たいてい失敗する。のたうち回ることになる。以来、俺は意図的にオーバードーズするのはやめた。死んだほうがましだという苦痛に襲われるなんて本末転倒じゃないか。

 21時。あぁ、なんて虚しい春の夜。なんかパッとしないなぁ…。アイスでも食いたいなぁ…。あぁー…。俺、やんなっちゃったよ。何がって?全てだよ全てが。

 新元号は午前11時40分過ぎ、菅官房長官により『令和れいわ』であります、と発表された。俺はこの元号を受け入れ、それに則って、生きていこう。いいとか悪いとかではない。こういう決まったものに対してすぐ文句を言い、批評する人がいる。そういう行為もしくは行為者がいいとか悪いとかではない。俺はただそういう行為もしくは行為者が大嫌いだ、と言っているのだ。善悪ではない。好き嫌いのことを言っているのだ。そこんとこ混同してもらっては困る。

 年度初め。別に俺は今、病院の診察以外に日時に縛られているわけではないが、年度初め、4月1日は大嫌いである。集団教育課程で培われた感情の動きだ。学校…大嫌いだった。行きたくなかった。集団教育課程が非常に大嫌いであったし、今も嫌いだ。児童生徒学生時代にいい思い出はない。児童生徒学生時代のことを振り返るたび不愉快になる。集団教育課程なんて糞食らえだ。この屈折した性格は学校という牢獄で培養されたものだ。教育というかその場にいて秩序を乱すいわゆる不良・ヤンキーという者達に精神状態を乱され、物凄いストレスだった。

 児童生徒学生時代のことを思い出したら精神状態が悪くなってきた。終わる。