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  • 2012年05月20日登録記事

 SNSが子どもに与える多大なる影響、米専門家が指摘(c)AFP=時事/AFPBB News

 「親が携帯を常に手放せないようでは、子どもたちに正しいメッセージは発信できません」

 俺は携帯を持っていない。一日中うちにいて必要ないのではあるが、欲しいのは山々である。ちょっと調べ物をしたいときとか、一々パソコンを起動させるのも気が引けるし、たとえばこの日記が携帯でどう見えているかのチェックにも使ってみたいが、実際問題として、お金がかかるということもあるし、上の文にもあるように、携帯が手放せなくなるのが怖い。絶対手放せなくなると思う。

 で、上のリンクの本題、Facebook等のSNSで悪影響も、ということだが、「人間関係(Relationships)、注意力と依存(Attention and Addiction)、そしてプライバシー(Privacy)=RAP」が危機に瀕しているという。まず人間関係。これは、実社会での人間関係が希薄になる、ということだろうか。うーん…この前に書いた日記の中でも書いてあるけれど、非社交的(内気)な人は別にITの世界にいようが実社会にいようが非社交的なので、ITの世界にいるからと言って社交的になるわけではないし、社交的な人はITの世界で築いた人間関係を実社会でも生かすことができるだろう。非社交的の何が悪いの?人間関係の構築の可否ははなにもSNSをやるやらないに依存しないと思うが。

 んー、まぁ、でもこれは「子供」をテーマにしているということで、本来社交的になる要素を持った人がバーチャルの世界にどっぷりと浸かってしまうことにより人間関係を構築するトレーニングを積む機会を失ってしまって現実の世界での人間関係を拒んでしまうようになる、ということなのかな?それならわからなくもないが。家族団欒で飯を食う時にまでスマホをごそごそやっているのはいい光景ではない。一時期ポケットゲームでテトリスがはやった時に、妹がそれにはまってしまって、飯食う時も下向いてボチボチやっていたことがあって、あれは気分のいいものではなかったな。これが「依存」ということだろう。

 そして「プライバシー」。これは実のところ、俺も距離感を測りかねている。どこまでオープンにしていいものか。俺は多分殆どプライバシーを曝け出してしまっているから、読む人が読めば大体素性が知れてしまうだろう。ネットをやり始めて14年ほど経つが、未だに距離のとりかたがわからない。一方他人のプライバシーについてだが、無害な人については完全に尊重するが、攻撃を仕掛けてくる人に対しては容赦しない。丸裸にしてやる。本来こういう人間はネットをやってはいけないのかもしれないが(笑)。

 プライバシーではもう一つ。「フィッシング」である。実はうちも害を被ったことがあってCCの番号を変えた。それからというもの、フィッシングやウイルス、アドウェアなどのマルウェア、P2Pを使ったソフトの使用などには神経質になった。どこから漏れているかわからないから怖い。殊にうちの経済に関わってくることだから。潤沢な家計ならともかく、逼迫しているから。他のプライバシーならばだけれども、CCはちょっと…。

 だいぶ話がそれたが、SNS。以前ミクシィをやっていたことがあるが、あれは異様だった。知らない人まで友達登録をして数自慢しているという。俺はどちらかというと「深く、狭く」という人間関係を好む方なので、いまひとつ馴染めず、次第に苦痛になってやめてしまった。今はFacebookとTwitterをやっているが、距離のとりかたがわからない。俺はおちゃらけるということができないので、TwitterでもFacebookでも、割と素のまま、ネガティブな発言をしている。返答に困るであろうことはわかっているのだが。元来、SNSに向いていない体質なのかもしれない。

 俺はパソコンでコミュニケーションや情報を扱ったりというよりは、パソコンという機械自体を電気屋さんとしていじくるのと、OSのインストールとか、そういう「機械としてのパソコン」を扱うことやツールとして扱う前段階としてのデスクトップ環境を構築することに興味があり、ネットでの活動は、専らブログで日記を更新するくらいしか興味がない。内気で非社交的な俺が、ITの世界の中だからと言って社交的になったりするわけでもないし。だから将来に向かって、このスタンスは続くだろうと思う。ツールというよりは、それ自体が目的化している。「パーソナルコンピューティングマシン」という電化製品のおもちゃで遊んでいるというのが正しいのかもしれない。内気な人間は所詮どこに行っても内気なのだ。人間、そんなに変わるもんじゃないのだ。