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 今日は…

 ワープロ記念日

 台風襲来の日

 ワープロはうちにナショナル(現パナソニック)のでかいワープロがありました。父が買ってきました。「こんな大きいの買うんなら、汎用性が高いパソコン買えばよかったのに…」と思いましたが90年頃のこと、まだPCも黎明期だったからどんどん新しいのが出てきてすぐ時代遅れになった頃だから、まぁ、なんというか難しい選択だとは思うけれど。

 台風襲来の日、「統計上、台風の襲来が多い日」だそうです。台風の被災者は大変な思いをして辛いのに、俺は罰当たりにも、TVの台風情報など気象関係の終夜放送(地震を除く)をつけてバックに流しておくのが嫌いではなかった。多分、イージーリスニングが好きだったんだと思う。それがアンドレ・ギャニオン(アンドレ・ギャニオン公式サイト)の『Impressions(インプレッションズ)』というアルバムであることを調べて早速購入した。今も愛聴盤のひとつである。

 生きてる罰かな、気分が落ちてきた。豆々、うつ入ります。うつが来ました。トリプタノールは長く口の中に置いておくと舌がしびれる。(4時38分)

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コメント

ハル

アンドレ・ギャニオン良いですよねー。CDは持ってないんですが、聴いててしんみりするので、好きです。

豆々さんハードロックやメタルお好きなんでしたっけ?私も20代の頃、スラッシュメタルとか結構聴いてたんですが、おっさんになって嗜好が変わったのか、今ではほとんど聴かなくなりました。ヘヴィな音楽って、メンタル的に不調だと聴くのがしんどいですよね。

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豆々

 ハルさま
 こんばんは。アンドレ・ギャニオンのCD、もう一枚あったはずなんですが、どっか行っちゃいました。探さないと。

 HR/HMは好きでした。今はどうかと問われれば微妙ですね。僕はスラッシュというよりはハードロック、せいぜいヘヴィメタルくらいでした。スラッシュやデスメタルになると、あれはちょっと僕の嗜好には合いませんでしたね…。

 ドラムやっていたんで、ドラマー的観点から選んでいたのですが、バスドラが「ドコドコ」ならいいんですけど、デスメタルになると「ベタベタ」っていう感じでアタックだけ拾ってイコライザーかけた音なんでそれがあまり好きではないのと、むやみに速いだけで音程もなにもないみたいなのが、ちょっと受け入れがたかったんです。

 よく聴いていたのはRacerXとJudasPriestでした。っていうかこれしか聴いていませんでした(笑)だからHR/HMフリークかといえば、そうでもなかったような。楽屋ネタ(『Burn!!』の購読みたいな)は知ろうとしませんでした。

 僕も最近はロックとか聴かないですね。もっぱらヒーリングとか、イージーリスニングです。HR/HMは聴くにもある程度精神力が必要ですね。HR/HM聴ける時は精神的に調子がいいということなんでしょうが。

 アンドレ・ギャニオンの新作が春に出ているのでそれもちょっと気になっています。

豆々

◯◯………さま
 ◯◯さん、こんばんは。僕がコメント書いている時に◯◯さんがコメント書いて下さっていたのですね、時間が重なっていたようですね。

 しばらく◯◯さんがお見えにならなかったので、「あれ…◯◯さんつらいのかな…ひとりで抱え込んで耐えていらっしゃるのかな」と思っていました。

 8月のお盆の頃から、あまり調子がよくありません。僕は一度つらいことがあると、立ち直るのに長期間かかります。3.11の件でも、当日あの時間の地震の動画を見られるようになったのは今年に入ってから…夏めいてきてホトトギスが鳴き始めた頃のことです。

 ちょっとした些細な事…例えば、妹のおにぎりを間違って食べてしまって妹が怒ったので落ち込んだ…みたいなことでも一週間ぐらいは引きずります。これは性分なので多分ずっとこうなんだと思います。

 てるてるワイド…「マッチ」「聖子ちゃん」の時代でした。そうですね同世代ならではですね。懐かしいです。朝起きるのに強い…昼型なんですね羨ましい…僕も◯◯さんが起きる頃同じ時間帯に起きてはいるのですが、朝起きたんじゃなくって夜の続きで起きているだけなんで、◯◯さんがお仕事にお出掛けになる頃僕は寝るようになります。

 僕はその後、テレビの方にいったので、11PMかなんか見てたんじゃないでしょうか(笑)。伊集院光、面白かったそうですね、聴いていればよかった…。

 ワープロ、父の物だったんですが、大学1年の夏休みの社会学、テーマが「脳死」のレポート、使わせてもらいまして、おかげさまで「優」戴きました(笑)。それから以前付き合っていた女性が就職活動で忙しくしていたので、大学のレポートを彼女のワープロでゴーストライターを務めました。

 僕も◯◯さんと同じく、文章を書くのが好きでした。自分のワープロを持っていなかったので四ミリ方眼のFAX用紙にびっちりシャープペンシルでカリカリ書いていました。二十歳前後はそんな毎日でしたね…。

 ◯◯さんはタイピング速いのですね。羨ましい。僕はとても遅いです。僕の場合タイピングなんてものではないですよ、「一本指打鍵法」ですから。別に人差し指だけ立てて打っているわけではないのですが、レジ打ちみたいな感じですかね。

 なにぶん、速く打つのを強いられるような環境に置かれたことがないので、この打ち方で固定してしまいました。左手は障害というほどではないのですが薬指小指が痺れていて思い通りに動かないので左手の細かい動きができないんです。

 まぁ僕の場合思考速度が速くないので、指が速くても思考が追いつかない、という状況になってしまうのでしょうが。僕はタイピング遅いわ、Excelも使えないわで、PCのキャリアが全く役に立たないです。

 そう、僕らの世代はPC・携帯の進化の過渡期でしたね。PCはWindos3.1/Windows95には間に合いませんでしたが、Windows98/Windows98SecondEditionの頃、通信はポケベルからショルダー携帯(笑)→ガラパゴスケータイ→スマートフォンと進化していっている現在も僕は携帯を持っていないという…。

 95年までの3年間だけは人生の頂点でしたが以降、大学四年(四浪ですから26歳の時)就職活動に失敗してからは転落の人生で、今もその只中にいます。いったいどこまで転落していくんだろうかと終着点のない地獄のような毎日です。

 二十歳前後まではバブル景気(86.12~91.2の頃だそうです)で世の中も勢いがあってイケイケだったので関係のない僕も浪人中なのに比較的元気でした。四浪という時間は僕にとって高校二年でうつになり、立ち直るのに必要な時間でしたが、せめてあと二年早く大学に入っていれば、もう少し違ったのかなぁ、なんて…。

 そんな過去を悔い、今を憂いて二十数年…体力も、気力も、脳力も衰えてきました。あと二十年、僕は生きるでしょうか…余命十二、三年だとして一体なにができるのだろう、それで僕は幸せなんだろうか…暗闇の一生…最後くらいは、輝いていられるのだろうか、不安で不安で仕方がない。もしまた社会復帰することができてもその途端、病気になったりするんではないか…僕の人生、こういうパターンが多いんですよ。

 物心付いた中学生くらいからの35年、35年かけても精神・神経は鍛えられず寧ろ、脆弱になっています。あと35年後、83歳…いやー生きていないなー。希望的に25年生きるとしてどう生きるか…薔薇色じゃないことは確かでしょう。

 人の中にいると他人と自分を較べていたたまれなくなるから、一人でいようか、そのほうがいいかな…誰も傍にいなければ、誰かに期待することもないし、誰かに裏切られることもない。傷つかないためには孤独でいるしかないんだろうな。そしていつも書いている通り、腐って発見されるんです。こんな人生って…

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