合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

 4時55分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠、13時20分ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用、翌1時、ルボックス®50mg錠2錠、リーマス®200mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。

 この一週間、十日ばかり、意欲が全くなくて嫌な予感がしていたんだが、うつ状態の谷の中盤過ぎくらいに差し掛かっていることに気づいた。加速度がついてちょっともう、お手上げ状態。落ちきるまで身を任せるしかない。泣くの我慢して喉が締まっているようなそんな感じ。

 今日、髪を夏仕様に短く切ってきた。坊主になっても良かったんだけどね。でもそれだと、なんか、「裸の大将」になってしまいそうだったので。

 はー。なんか、不必要にため息が出る。な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んにもやる気ない。抜け殻になってしまったようだ。俺のHN、「豆々」の「豆」は「コーヒー豆」の「豆」なんだが、市場に流通しているコーヒー豆には「皮」若しくは「殻」がないので、俺の「豆」をピーナッツに例えるなら、その抜け殻はピーナッツの薄茶色の薄皮がテーブルの上に無造作に横たわってる、そんな感じ。俺は今、棄てられたピーナッツの薄皮のようだ。

 はー。テレビつけたり消したりつけたり消したりしている。はー。

 テレビでパソコンのヘビーユーザーがタイピングしている姿を見て愕然とした。「は、速い」これ、ワールドスタンダードなの?そんなに速く思考できるの?俺、「レジ打ちよりちょい遅」くらいの速度でしか物事を考えられないんですけど。はー。この思考の遅さが、「社会不適合」の元凶となっているのではないかと、俺は思ってる。俺の思考速度で普通の人と同じ量の情報を処理するには、人生あまりに短い。普通の人の脳が、「Xeon E5-2687W v2」だとしたら、俺の脳は約20年前の「Pentium」以前のCPUで、しかもそれは不良品だ。のろい。しかも演算結果がお粗末だ。俺は、人間として生きるには、演算処理能力が著しく低い脳しか持ち合わせていないのではないか、性能の低い脳で、普通の人間として生きようとしているから、全ての課題がオーバーキャパシティとなってオーバーヒートでダウン→うつorパニックとなるのではなかろうか。俺に相応しい仕事は多分、真冬の寒空の下、または真夏の炎天下、道端で看板持ってパイプ椅子にじっと座ってるような仕事なんだと思う。脳を使わない、かといって運動強度も高くない仕事が多分、俺の天職。俺は、無能だ。無能者だ。

 安月給でこき使われてる仕事あれば、梅宮ア●ナみたいにバラエティでただニコニコして座ってて収録一本ギャラウン百万(可愛くも面白くもないのに見えない力が働いてる)みたいな仕事もある。CMでビール飲む演技なようなことをしてギャラウン千万なんていう元トレンディ女優もいる。テレビカメラの前で酒飲んで焼き鳥食いながら雑談してギャラが発生する仕事もある。炎天下で交通整理して一日ウン千円の人もいるってぇのに、「買い物はロスでするんですぅ」と年に何度もLAに行って高価な靴20足買いだめ、平日の昼はマッサージ付きのネイルサロンで数人がかりで施術されてうとうと、なんて人もいる。はぁー。人生アホくさくなってきた。寝る。(翌3時46分)

 今朝方4時22分頃地震があったのは知らなかった。妹が言うには、スマホが「地震です 地震です」と喋り、結構長かったらしい。震度3、M6.8。結構な地震の規模だったんだなぁ、津波注意報も発表されたみたいだし。それらを全く知らない俺はきっと午前中いっぱい、深く眠っていたんだろう。

 最近、俺は眠くなるのが早くなったような気がする。以前はベンゾジアゼピン系統の眠剤なんか効かなくなってたんだが、最近どうしたことか効くようになってきた。体調に変化が見られるようになってきた。死ぬのかな、俺。諦め、というか、どうでもいい感じ。

 5時55分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。14時30分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。

 はー。つまんね。退屈。これを、やり過ごす方法はないか?独りぼっちになった時に必要な術#4。やけ食い。これを続けているうちは俺は痩せない。

 現在翌2時17分。なーんにも思いつかない。テレビもつまーんないモノばかり。明日(正確には今日)母と妹と出掛ける予定ではあるんだけれど、体調悪いからキャンセルするかー。

 翌2時30分ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、リーマス®200mg錠2錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。寝る。(翌2時45分)

 

 いや〜、今日は暑くて、今年初めて、エアコンを動かした。台風の被害もなし。今日も相変わらず意欲滅失状態が続いている。う〜ん、『銚子について長々と書く』を書いて以降、なんだか、精神的にまずくて、意欲が全然ない状態になってしまったのね。全エネルギーを吸い取られたかのような。ただワイドショーのようなものをぼんやりと朝から夕方まで延々と見て夕方からはニュースを延々と見て夜9時からのニュース、10時からのDr.Gを見て今になってしまった。あー。なんか。バカか俺は。脳みそ空っぽっつぅのはこういうことを言うのかなぁ…。以前は夏になると比較的うつ状態が軽減したのだが、この2〜3年、夏がしんどくなった。エアコンがないと熱中症で死にそうになる。で、パニックが頻発するのも夏である。今年は今のところパニックは起こしていないが、意欲が全然ない。独りになると、うつ状態に振れる。腹具合が悪い。今日、3回くらい下痢をした。はぁ…ゆううつだ…。

 6時40分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。13時5分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。翌0時35分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠5錠、リーマス®200mg錠2錠、ロヒプノール®1mg錠2錠を服用。今日はゴルフでタモリ倶楽部も無し。つまんねぇの。眠くなって来た。寝る。(翌1時18分)

 今日もなんとなく体調がよくないので、終始ぼけら〜っとしていた。夕方、一時間ほど昼寝してみたり。意欲は失われたまま。うーん…台風が来てるね〜。長野で土石流。1時間に97mmの猛烈な雨。怖いなぁ。茨城県には早朝くらいに台風が接近の模様。夕方、神栖市に大雨洪水警報発表。北海道では数日前に震度5弱の地震があったし、今日は茨城県北部で震度4の地震があったし、台風だ大雨だ地震だと、災害列島だなぁ。はぁ…なんか、いまひとつふたつみっつ、ぱっとしねぇなぁ。う〜ん。

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 坂本龍一教授、中咽頭がんかぁ。なんか、YMOの三人の中では一番丈夫っぽかったけどなぁ。どうなるかわかんないよなぁ人生って。じっくり完全に治して欲しいなぁ、まだまだ活躍して欲しい人だから。確か煙草吸ってたよなぁ。良くないよなぁ、煙草は。

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 お友達Aさんの愛猫が夕方、息を引き取ったそうだ。容体が悪化して一週間、Aさんも献身的に介護して猫ちゃんと頑張ってきたけど残念ながら天に召された。スカイプやったり電話したりしてるとAさんのそばに来て、にゃぁにゃぁ可愛い声で鳴いててAさんに抱っこされてとても可愛い猫ちゃんだった。享年5歳。俺もまさかこんなに若いのに病気になってしまって命を落とすとは思っていなかった。残念。5年という短い生涯だったけれど、Aさんの愛をいっぱい受けて、幸せな生涯だったに違いない。家族が亡くなったのだから、すぐ立ち直れというのは無理。ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて、死を受け入れていけばいい。ゆっくり、ゆっくりと。Aさんも一週間大変だったね、ゆっくり休んで。一週間、お疲れさまでした。合掌。(翌2時51分)

 6日、7日、8日と欠録が続いた。特に何かがあったというわけじゃないけど、精神的にちょっとまずいなというところはあって。すごく強迫観念で気持ち悪かったけれど最低日付と「欠録」という文字を打って書かない気持ち悪さを少しでも軽減させていたような状態で。なんというか、意欲減退なんていう状態ではなくて、もはや意欲消失、意欲滅失と言ったほうがいいんだろうなぁ。まぁったくやる気がない、エネルギーが切れてしまったような状態なんだろう。

 現在、翌1時46分。目は力なくテレビの台風情報の画面を見、頬杖ついてぼけら〜っとして。頭には何も浮かばず。俺って、ナニ?なんか眠くなってきたな。

 7時45分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。13時10分、ルボックス®50mg錠2錠 レボトミン®5mg錠1錠を服用。(翌2時47分)

 8時30分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。12時55分、ルボックス®50mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠を服用。22時48分現在、夕食後の薬、寝る前の薬はまだ飲んでいない。最近、ロヒプノール®が急に効くようになった。だから早いうちに飲んでしまうと、日記を書き終える前に眠くなってしまうので今日はとりあえず飲むのを遅らせている。

 俺はおそらく生涯独り身だろう。もう彼女も嫁さんも要らない。寂しくないといったら嘘になるけれど、しょうがない。俺は自分一人の食べ物さえ自分で買えない身分だ。誰かを養うなんて出来っこない。だから俺は、独りで生きる術を、学ばなければならない。寂しい時どうしたらいいか、悲しい時どうしたらいいか、苦しい時どうしたらいいか、退屈な時どうしたらいいか、独りで生きる術を、学ばなければならない。嬉しいとか楽しいとか、そういうことは今後の人生、ありそうもないから。ネガティブな感情を、どのようにマネージすればいいかを、学ばなければならない。同情するなら、カネをくれ。

 ある夏の土曜日、俺は独りで、パソコンカチャカチャやりながら、自分の行く末を案じている。俺は誰にも看取られずに、独り、最後の呼吸を終えるのだろう。心臓の拍動が止まっても、心電図のアラームがなることもなく、この畳の上で、腐っていくのだろう。ハエがたかり、ウジが湧いて、悪臭を放ちながら、腐っていくのだろう。でもこれは、俺が両親や妹より長生きした場合の話だ。それまで生きているなんて確証はどこにもない。俺の体内に、悪性の新生物が育ったとしても、それを抱えて、俺は生きていこう。余命があとわずかしかないなら、それならそれでいい。切った貼ったはやめてくれ。カネがないんだ。

 この数日、命というものが限りあるものだという事を思い知らされる出来事が続いた。97年11月に愛犬の「ペン」が天に召された時、俺は夜通し、亡骸のそばで泣いたっけ。「俺より先に逝くなって言ったじゃないか」と。そんなこと、不可能なのにね。11歳6ヶ月、俺、28歳の時。母から、東京の部屋に電話。「ペンちゃん、もうダメみたい。覚悟していてね」という電話の約1時間後、「亡くなったから…」俺は反射的に準備をし、東京駅八重洲南口の高速バスのりばに向かった。バスの中、放心状態で鹿島セントラルホテルに着いたのも迎えのクルマに乗ったのも覚えていない。ペンが横たわっている側に線香と花が手向けてあった。部屋に家族がいるうちは気丈に振舞っていた俺も、夜中、一人残されると、喉から声を絞りだすように、嗚咽した。ペンの死から17年、半年先か、3年先か、俺にはわからないが、俺も確実に、死に向かっている。

 俺が死んだら、誰か、泣いてくれるだろうか。家族以外にそんな人はいないだろうな。自業自得。俺には人徳がない。嫌われてもいいと思って生きてきたから。俺を嫌っている人たち、昔なら敵だ、と、棘を出しまくっていたけれど、命の期限を切られた今となっては、別に、俺の人生には取るに足らない存在だと感じるようになった。俺を救えるのは俺自身だけ。俺に必要なのは家族だけ。そう思って生きられるようになれているし、今後も、そう考えられることで自分を楽にすることができたらいいなと思う。

 さて、翌1時8分、そろそろクスリを飲みましょうか。(翌1時8分)

 7時35分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。眠かったので9時まで寝る。

 起きてぼんやりして過ごす。12時頃、一つ前のエントリー『男は全員死んでしまえ』を書く。非常にうつに振れている。「自己紹介」に「男(であることがとても苦痛)」と書いてあるが、これは、性同一性障害のそれではなく(女性になりたいというわけではない)、男としてバリバリと生きていくには性格的に大いに無理がある、という事。かと言って女性になったからって強くなれるわけでもないということ。俺は、男男していないのだ。実際の俺は、一人称が「俺」という以外、荒っぽい言葉は使わない。単なる弱い人間であって、そして単なる、甲斐性なしの男だ。男としての生きづらさがある。かといってニューハーフだとか、オカマだとか、オネェだとかになりたいわけじゃない。ただ単に、男であることがとても苦痛なのだ。ただそれだけなのだ。だから、俺が男をやめる時は即ち死である。(翌4時52分)

 定年退職後、夫が妻に「邪魔だ、一緒の空間にいてほしくない」とまで思われていることについて。うちもそうだ。父も母にそう思われている。結婚なんて、するもんじゃないな。結局、男は繁殖に利用されているだけで、女性にとって、男なんか必要ないんだと思う。女性のご希望通りに、男全員、世の中から消えていなくなればいい。女性同士結婚すればいいんだと思う。人口はどんどん減って、人類は滅亡するかも知れないが、それが女性の希望ならば仕方がない。または、男は定年退職して妻に退職金を全額渡したその瞬間に全員死んでしまうとか、そうなれば女性は喜ぶと思う。だって男は邪魔なんでしょ?目障りなんでしょ?だったらそうなったほうがいいんじゃないの?俺みたいに精神を病んだり、他の病気だったりして働けない男は若くても即死んでしまうとか。そうなったほうが社会の負担も減るでしょ?定年退職後、年金保険料を払った男が全員年金を貰わず死んでしまえば、年金財政も潤うし、年金額も増えるんじゃないかと。だから結局、女性の願いは「働けない男は即刻死んでくれ」ということでしょう?そうなればいいね。(12時22分)

 3時44分、空がうっすらと明るくなってきた。今日は晴れるのだろうか。4時10分、サインバルタ®20mgカプセル3カプセル、ルボックス®50mg錠2錠、エビリファイ®3mg錠2錠、レボトミン®5mg錠1錠、ローコール®20mg錠1錠、イリボー®5μg錠1錠を服用。

 5時47分、うつ状態。8時11分、うつ状態変わらず。頭の中に、鉛の大きな塊でも入っているような、そんな感じがする。

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 野々村議員の会見を見た。失笑。

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 ちょっと出掛けてくる。またあとで書く。(9時20分)

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100001Km 9時30分、自宅発。神栖市街地方面へ。息栖〜小見川〜旭〜銚子・三崎町イオンで食材など購入。〜名洗〜天王台〜犬吠・セブンで昼食を購入、クルマの走行距離が「100,001km」に〜犬吠駅〜犬吠埼〜君ヶ浜〜海鹿島〜黒生〜川口〜新生〜大橋町〜三軒町〜唐子町〜銚子大橋〜本新町〜波崎総合支所入口〜別所〜荒波〜仲新田〜駒立〜土合南〜土合中央〜自宅着12時55分。

 東日本大震災の液状化で崩れた息栖のラブホ(名前忘れた)の跡地は草が生い茂っていてそこに建物があったとは考えられないほど更地になっている。

 小見川、旭は特段変化なし。あ、旭のイオンの近くにスポーツカフェができてた。

 銚子。銚子電鉄の犬吠駅が非常にみすぼらしいことになっている。うーん、銚子市街、寂れ方が半端ではない。銚子駅前の十字屋の跡地。十字屋撤退後、リズムとかいうショッピングモールが来る予定だったがテナントが集まらず白紙に。建物を取り壊して更地にし、物産品や飲食店などなどが入り「銚子漁港市場てうし横丁」として2012年暮れに開業する予定だったが、開業を目前に目玉となるはずだった大手飲食店の出店が見送られたためテナントが集まらず事業主体の松屋百貨店が開業を断念、2012年10月29日、事業からの撤退を表明し、ほぼ完成した建物を残したまま放置された。「地元で事業主体を作って開業を目指す」としたり、「児童館にしよう」、等々の話があったがそれらの話もどこへやら、建物は主が見つからないまま、現在も放置されたままみすぼらしい姿を呈している。「銚子銀座」として賑わった商店街も今はシャッター街。ついにシティオの建物も取り壊された。銚子駅前のランドマークがついに消えた。

 銚子出身ののニューファミリーは千葉県銚子市を諦め、利根川を渡って続々と茨城県神栖市の波崎地区若しくは土合地区に土地を買い、家を建てている。土合の特徴だった団地群の建物は次々と取り壊され、宅地として分譲し、分譲したそばから売れていき雨後の筍の如く小洒落た家が建ち続けている。なんで土合に人が集まることになったかというと、東日本大震災の際にたまたま津波が来なかったこと、たまたま液状化が起きなかったことで、「安全な土地」という、言葉は悪いが、「幻想」が出来上がったことに因る。ほんとたまたまなんだ。津波にしたって、たまたま潮回りで回避しただけだし、液状化もたまたま地下水位が低かったか何かで起きなかったに過ぎない。実際、震災時に地下水に影響がなかったわけではなく、うちの井戸水も地震後、しばらくは濁っていた。ちょっとした要素で、土合にも津波は押し寄せうるし、液状化は起こりうるのだ。安全な土地なんて、どこにもないのだ。思い過ごしだろうか?そうであることを願うばかりだ。だが、天…自然は残酷である。無慈悲である。

 そんなわけでニューファミリーが銚子を捨て、神栖市内に流入するに比例して銚子市から若年人口が減少し、近い将来、ジジババだけの地域になり、最終的には「銚子市」という自治体そのものがなくなるとみられる。銚子は今、「不便」「魅力がない」というイメージがつき、若者が寄ってこない→更に寂れる、という負の連鎖に陥っている。これを「やむを得ない」と捉えるか、「どうにかしないと」と捉えるか。生産年齢の銚子出身者たちは、残念ながら前者のように思っている。一見銚子を愛しているように見える多くの銚子出身者がどんどん東京に出てそこで家族を作り、定住してしまっている。彼ら彼女らは銚子を捨てたのだ。そうではないと言い張るだろうがではなぜ銚子に住まない?たまに帰ってくるだけで外からあーだこーだ言ったって何も変わりゃしないんだよ。多分実行力がありそうな人に限って銚子を捨ててしまっているような気がしないでもない。

 銚子出身の土合住民は、その他の多くの土合住民同様、クルマで鹿島セントラルホテルまで行き、10〜20分間隔で出ている東京駅行きの高速バスに乗って、毎月、毎週のように茨城・千葉をスルーして東京に出て行ってしまうのである。何故なら、地元より東京のほうがずっとずっと魅力的で、エキサイティングだからだ。まぁ、普段使いの物品だとかは、銚子のはずれにイオンショッピングモールができたので、普段はそこに行って購入するがちょっと値が張るものは東京に行って購入するか、若しくは、ネットショッピングである。

 その、銚子のはずれにできたイオンショッピングモールだがひとつ問題がある。他の地域のイオンショッピングモールには大抵出店しているスターバックスコーヒーがないのである。成田のイオンにはある。銚子はそのくらい、「マーケットとして極度に出店価値のない土地」と見くびられているのだ。銚子に通学している高校生が学校帰りだとかに(授業をサボって、というのもあるかも知れないね)寄り道して、若しくは休みの日に友達とダベりに行くところといったら駅前の小さなマクドナルド、モスバーガーとか、イオンのモスバーガー他イオンやそのすぐそばに出店している飲食店くらいしかない。マクドナルドは駅前にあるが駅から遥か遠く離れたイオンとその近辺の飲食店は、学校帰りのバスの時間までちょっと立ち寄る、といった用途にはとてもとても苦しい。また、千葉科学大学の学生たちも、「バイトするところがない」と退学する学生もいるという。千葉科学大学は、犬吠埼から少し西に行った海沿い、「名洗」というところにある。周辺にはマリーナくらいで何もない。バイトといったら銚子漁港のあたりに集まっている漁業関連の会社(魚料理店、製氷会社、仲卸、加工屋、箱屋etc)か、駅前のマクドナルド、イオンとその近辺の飲食店くらいか。バイト先と遊び場は重複している。そこくらいしか行くところはない。うーん…その他バイトがあるとすれば…農家とか、銚子市街からは遥か遠く離れた場所にある飲食店、ホームセンター…くらいかな。

 唯一、銚子の売りである犬吠埼も、灯台前の飲食店・土産物屋だったところは高齢者住宅になってしまったし、旅館も続々と廃業している。銚子は、泊まってまで来るところではなく、日帰りバスツアーで来るとか、千葉県内東京寄りや県南部からの日帰りドライブで来るところのようだ。すれ違うクルマのナンバーが、「習志野」、「袖ヶ浦」が多いことがそれを物語っている。習志野ナンバー圏も、袖ヶ浦ナンバー圏も、すぐ近くに海はあるだろうに、なんだってまた、犬吠埼くんだりまで来るのかちょっとよくわかんないが。

 ん〜…いろいろ書いてきたが、銚子の寂れ方はいよいよもって尋常ではない。企業の銚子への進出計画も、いざその時になってみると、さまざまな出店計画の断念、他の事業主体の撤退などを見るにつけ、非常にリスキーだと察知して、やめてしまう。現状はそういうところなのだろう。ほんと、若者の遊ぶところがないのだ、銚子には。少なくとも俺が高校生の頃は、十字屋もあったしシティオもあった。銚子銀座という商店街も、かろうじて機能していたし、駅前も、そこそこ活気はあった。銚子がおかしくなってきたのは、バブル崩壊後、というのもあるが、鹿島神宮から東京駅まで行く高速バスが増便を重ねていった時期と符合する。高速バスは主に鹿島神宮駅始発だが途中、鹿島セントラルホテルを経由する。大抵の乗客は鹿島セントラルホテルから乗車するが、そこからだと速ければ1時間半で東京駅に着く。運賃は1830円。銚子発の東京駅行きもあるが、クルマでちょこっと鹿島セントラルホテルまで送迎すれば、時刻をさほど気にすることもなく東京へ行けるので銚子近辺の人はそこから乗る場合も多い。とにかく、東京に、安く速く行けるようになって、東京が近くなった、また、震災をきっかけに土合という土地に目が向いたことや、土合に住んでいるのならば休日のドライブはすぐに着いてしまう魅力のない(失礼!)銚子よりも、適度に距離のある神栖市街(堀割付近の書店、電器店、衣料品店、飲食店などがまとまってある)や鹿嶋市の『チェリオ』というショッピングモールのほうがいい…恐らくそういう理由で銚子という街は銚子出身の土合住民からそっぽを向かれたのだと推測する。

 住民の他自治体への流出→客の減少→店舗が廃業→銚子市に投下される金銭の減少→税収の減少→福祉関係へ予算が回らない→住みにくい→住民の他自治体への流出→…といった無限ループに陥る。大きな声では言えないが、実際、子供を持つ銚子市民が、利根川を渡り、県をまたいで、土合にある児童館まで子供を連れてくるのだという。そして、土合に結構な規模の保育所が開所。鹿島臨海工業地帯がある限り、神栖市の税収はまぁ安泰だろう。そして住民が増えればそれだけ税収も増える。

 現在も土合にある、企業の独身寮だった建物が取り壊されて宅地として分譲されるという。土合は初めの方にも書いたが宅地の分譲地が続々と造成されている。まだまだ分譲地に空きがある。そこに家を建てる人は一体どこの人なんだろう。銚子出身の人が続々とそこに銚子から脱出してきたとしたら…銚子のイオンショッピングモールがもし万が一閉店でもしたら…ん〜…銚子の行く末が怖い。思い出深い街がどんどん廃れていってしまうのは悲しい。

 まぁ、東京でも昔からある商店街もシャッター街になっているくらいだから、一介の地方都市である銚子の商店街がそうなっても仕方がないと思うが、そもそも、東京への一極集中に加担しているのもまた、地方都市出身の若者である。少子高齢化が進む限り、益々地方都市に活気がなくなるのは目に見えている。そして故郷が廃れゆく様を嘆いて若者は東京に出ていき、または他県の住宅地に家を建て、最終的に故郷を捨てるのである。―――東京には、何かがある―――そして今日も、寂れた地方都市の若者たちは、都会に出る決心をするのだ。より魅力的な、よりエキサイティングな土地を目指して…。

 

 俺?俺は一応東京生まれなんで、上京というよりは戻った感じだったんだけど、ん〜。最後まで渋谷には近づかなかったね。性に合わない。東武東上線沿線、西武池袋線沿線、そして俺が生まれた小田急線沿線かなぁ、好きなのは。まぁでも、東京に戻ることはまずないだろうなぁと、最近思ってきた。このままなし崩し的に、土合住民となってしまうのだろうなと。まぁ、うちは土合地区で最初に建った住宅なので、まだ電気、電話、上下水道、道路が通ってなくて、旧波崎町長に直々に掛けあって全部通してもらったのは母の仕事だったのだ。これ、本当の話。

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モカ最近また太ったんじゃないの? 最近気づいたんだが(あれ?こないだも書いたかも知れないけど、まあいいや。)、俺がため息をつくと、モカが反応するのだ。「はぁ〜…」とやると、寝ててもびくっと起き上がってじーっと俺の顔を覗きこむのだ。全くうっかりため息もつけやしない。一番最初に飼ったシェルティの「ペン」は、丁度俺が荒れてた時期だったのでため息をつくといずれ俺が怒鳴り散らすことを学習して、ため息をつくと小屋に隠れてしまった。ため息と俺の怒りなり不機嫌とを関連付けさせることはモカにはしていないと思ったが(ペンは家の中で飼っていたがモカは基本的に外)、なにかやはり感じるものがあるんだろう、これは不思議だ。それにしてもモカは毎年毎年夏に太って冬痩せる傾向にある。普通逆のような気がするが、彼女には彼女の都合があるのだろうが、ちょっと、理解に苦しむ。写真はため息に反応してるんじゃなくて、「ご飯まだ?」と愛想を振りまいているの図。足踏みしているのがおわかりいただけるだろうか。このあと、きゅうりとキャベツとトマトを食ってからドッグフードを食べた。カリカリと缶詰。

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 上の「…と缶詰。」までを書いてから(23時25分)寝てしまった。現在翌5時2分。ロヒプノール®抜いてもいいかも知れないなぁ。本日は長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。(翌5時16分)

 テレビから流れてきた、「いきものがかり」の『ありがとう』が琴線に触れて、号泣した。ずっと泣くのを我慢していたのかも知れない。嗚咽というものに近かった。

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 今日も両親は午後から出掛けて、一人取り残されたので寝ていた。起きてからも頭がぼーっとして、何してるのか何考えてるのか実感が持てなくて、

 疲れた。寝る(21時29分)