合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

風土村 悪い予感が当たったというか。GWの狭間ということで金曜日の午前中だけ来られる俺の主治医は休み。代診として、こともあろうに整形外科の医師が当たった。当然、専門外なので「変りはありませんか」「では同じお薬を」ということで診察終了。所要1分。運が悪いことは続くもんで、香取の風土村に行く途中である。急に腹が痛くなった。急遽引き返しコンビニでトイレに入る。混んではいなかったんだが、後が痞えると困ると思い、途中で出た。最終的に自宅ですることになるのだが、それまでの間、脂汗垂らして格闘した。アイスコーヒー飲んだのがダメだったのかも。あぁ、また嫌な体験をしてしまった。トイレが怖い。まぁ、帰ってきて間もなく、母の知人から電話があって、出掛けてきたからまぁ、電話取り損ねてしまわなかったことはいいとして、折角母が風土村に行こうと楽しみにしていたのに、中断させてしまい申し訳なかった。終わってしまったことなのだからもう取り返すことはできないけれど、どうしてもというなら明日の帰り(また神崎に行くらしい)でも寄れば良いしということで赦してもらうしかない。妹はGW中も交代勤務、2・3と休みらしいが後半は休みではないようで気の毒に。単純作業で誰でも替えの利く仕事なら俺行ってもいいんだけどそうは問屋が卸さんだろうから仕方がない。しかし…たかが俺のうんこ如きに振り回される(「本人」ではないという意味での)他人は大迷惑だ。ただ…ちびらなかったことのみだけでも好しとして赦してもらえるのであれば、たいへん幸いである。

 順序が話の展開上前後してしまうが、薬局で薬を受け取り(5,000円超!)はー。こないだのレボトミン®50mg錠が効いてるかどうか、また、ふらつきなどはないか確認された。はー(今日は喋りたくないんだ勘弁してよー)。次にガソリンスタンドに寄るが母がファンのサキちゃんはGWだからだろうか今日はお休みのようで不在だった。宝山のファミリーマート(ここがケチの付けはじめ)に寄りドーナツとアイスコーヒーを買い(ドーナツがウリのくせに、全然不案内の店員・ワンサイズしかないアイスカフェラテのサイズを訊く店員…なんなんだ全く!)、大野原のホーマックに寄ってカメ(冬眠を経てどっこい生きてる)の餌と水草を買い、犬・猫コーナーで柴犬の子供に癒してもらって、さて風土村に行こう、とした時に「ギュルギュルギー」ときた。今思い出しても憎たらしいあの痛み。母の希望に沿えなかった自分を責めている自分がいる。まぁ、「希望に沿う」ことについては今こうしてこんな姿で親に食わしてもらっているこの時点で既に「希望に沿えて」いないのだけれども、更に罪を重ねてしまっていることの心苦しさったらないね。この先あといくつ罪を重ねるのだろうか。情けない。俺は全く役に立たないばかりか、害悪である。

 お気づきかも知れないが、俺は母の評価の囚われの身だ。小さい頃から常に母の顔色窺って母の好むように振る舞い、それが出来なければ罵声を浴びせられたし、手も上げられた。それが反抗期になると立場が逆転して親をぶん殴るようになる。両親の顔をパンダにし、それで要求を通してきた。そこで親の呪縛から離脱できればよかったのだが…変なタイミングで…母が乳がんになる。右乳房全摘&リンパ節郭清。病室のベッドで体を縮めて食事をする母がとても小さく見えて、「あぁ、俺はこの人に手を上げたんだな」と思うととても気の毒に思えて、この時からである、俺が自ら進んで母の呪縛下に入ったのは。それでもまだ、当時は東京に離れて暮らしていたからまだよかった。やがて俺は元彼女にフラれ行き場を失ったが、それでも精一杯の抵抗で東京に部屋を借りて別居状態は継続した。だがこれでは家の経済が破綻しかねない状況に陥り、当時の精神科の主治医にも「この状態は現実的ではないから諦めなさい」といわれ泣く泣く東京を引き払い同居生活が始まったのが2003年。以来俺は「自立」を失い衣食住全てを親はともかく、妹にも依存するようになってしまったのだ。と同時に、「軟禁生活」の始まりでもあった。

 離脱するのは一見簡単だ。働いて、自立すればいいだけの話である。だが、ドクターストップも解除にならないし自分自身もこの丸腰(国家資格も何もなし)で働いて食っていく、あわよくば食わせていくことになったとしても非常に苦しい。若かったらまだいい。もう若いとはとても言えないのだ。どこかの会社に入って下っ端から上がっていけたとしても上がる頃にはもうジジイである。俺は大学の法学部まで行っておきながら、それが完全に無駄になる暮らししかできないんだとしたら、俺はもう、死んで逃げ、赦しを乞う以外にないのだ。

 そこまでの精神状態にまで追いつめておきながら「好きなことをして生きなさい」「自分に素直になりなさい」と今年で46歳になろうとしている今更言われてもだね、不可能だよ。それを、30年前に言って欲しかった。30年前に。俺はそんな両親と、進路指導の教師によって、生きる道を、絶たれたのだ。なまじ進学校に入ってしまったのがそもそもの始まりかも知れない。そんな進学校へと俺を誘ったのが、俺の心の平穏を壊したヤンキーの存在だ。奴らさえいなければ、俺はもう少し落ち着いて物事を考えられたかもしれないのに。俺の人生の節目節目に、ヤンキーやらチンピラやら不良やら、反社会的勢力が登場する。だから嫌いなんだ奴らの類は。碌なことしねぇ。俺が奴らの類を尋常でない程に嫌うのはそういうわけがある。

 俺はひょっとしたら「人」運に欠けているのかもしれない。節目節目で「碌でなし」に出会ってしまう。こういう「人」との巡り合わせが、俺を病ませたのは間違いないだろう。全く以て、「人」運がない。今のところは。このままで終わったら、それこそ「人」運がないままになってしまう。さて「超人間的存在」とやらは、俺をどのように導くのだろうか。(17時20分)

 今日は妹とちょっとその辺をドライブしてきた。「その辺」ってどの辺だよというと、銚子犬吠埼から下総台地を走って旭に降りR126方面から、小見川を回って小見川大橋・息栖大橋から裏道を回ってR124に出て帰ってきた。

農道

 

俺が昔通っていて医師不足を理由に追い出された

国保旭中央病院

旭中央病院。ま、別にやってることは一緒だし、待たなくてよくなったからいいんだけどさ。

奇声を発していたり、暴れていたりという方を優先にするのはわかりますしね。おとなしく引き下がりましたですよ。

 

あっ!蚊!くそこの野郎~今年も来たかヒトスジシマカ。デング熱持ってないだろうなぁ。気持ち悪ぃいんだその縞々が。そろそろ蚊取り器発動を要する、か。

 

 このところ気分がジェットコースター状態で非常に不安定。レボトミン®50mg錠なかったらやってられないわ。ホント、もう、勘弁してよー。(21時30分)

KNOPPIX日本語版、開発中止になったらしい。日本語ロケールが本家にも入っていることからその役割を終えたというのがその理由のようだ。俺のマシンに入っているものは確か7.6だったと思う。そうか産総研の方々、お疲れさまでした。

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 未だに俺は気分が晴れないでいる。母の俺に対する「食い物のことしか頭にない豚」発言で、俺は家族に対して不信感を抱いた。どうせ親父も、妹もそう思ってんだろうよ。食い物与えとけばおとなしいから何か食わせておけばいいと思ってんだろうよ。そうだその通りだよ。俺は食い物与えられてりゃおとなしいもんだよ。「豚」だからな。なんつったって「豚」だからなぁ、「豚」。食って、出してもそもそなんか動いて。

 そんなわけで今日は一日横になっていた。どうせ「豚」だし。横になっていようが起き上がっていようがどうせ「豚」だし。周囲敵だらけ。まぁでも、こうして家賃もなく部屋に置いてもらっているのだからそれで良しとしなければならないのかもしれない。屠畜されないだけ良しとしなければならないのかもしれない。世の中には、青酸化合物をカプセルに入れて飲まされて殺される人もいるのだから。まぁ、それだけの価値が俺にはないとも言えるけどね。金もないし、腹切ったところで出てくるのはうんこだけという。肉も臭い脂だけで食うところもない。俺には何の価値もねぇんだ。親もさ、自分たちが作った子供がこんな欠陥品になるとは思っていなかったんだろうけど、作ってしまった手前、面倒見ざるを得なくなっているんだろうな。気の毒に。妹が優良品でよかったね。

 ただ、俺の恋愛の顛末を見てきた妹は、恋愛に近づきたがらない。恋愛の度、ぼろぼろになる俺を見て。俺はいつも疲れていた。いいのは最初のうちだけ。いつもそう。決して幸せにならない俺を見ていたら、恋愛なんていいものに思えないんだろう。悪い見本ばかり見せたしな俺も。妹にはいい恋愛してほしいんだけどな。妹が言う「恋愛は面倒くさい」というの、わからない気がしないでもないんだけど。

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ベルガモット もう少しでGWだが、GWが終わると待っているのは梅雨の便り。梅雨の期間は昼の時間が長くなるものの、雨や曇りで日照時間が減ったり、梅雨寒で気候が安定しないなど、今日みたいな気分の日が増えてくる。「冬季うつ」が知られているがその梅雨版である。俺はどうやって過ごそうか、毎年この時期になると予期不安でゆううつになることも少なくない。冬季うつ光療法(明るい照明を浴びる)とか良さそうなんだけどな。あとはそうだなぁ、思いつくのはアロマセラピーとか。人それぞれ好きな香りがあってその人その人の気分で選んでいいんだけど、俺の今の気分だったら、アールグレイの香料として知られる「ベルガモット」かな。柑橘系の香りなんだけどちょっとだけ木材のフレーバーが入ったような香り。これはね、俺の場合はだけど、元気になります。でもあまり安かったり、粗悪品だったりするとその記憶が影響してその匂いが嫌いになっちゃうから注意が必要。俺はベルガモットに限って言えば『マギーティスランド』のエッセンシャルオイルを使っている(リンク先から買っているわけではない。商品自体は安くても、送料代引き手数料などで結局高上りになってしまうこともあるので。ハンズなんかでも売ってます。高いけど)。でろ~んとした気分の時は、部屋中にこの匂いを充満させてマタタビを前にした猫のようになっている。俺は以前は無水エタノールにオイルを垂らしてベルガモットのコロンを作ってつけてたことがあるんだけど、柑橘類のエッセンスは光毒性といって日光に当たるといろいろ肌に良くないことが出てくるので光に当たるような部分にはつけないとか気を付けていた。幸い、皮膚のトラブルになったことはないが、比較的皮膚がタフな(シ-ブリーズを顔面に大量に浴びちゃうような人です)俺の場合とは違うことも多いだろうと予想されるので、是非気を付けていただきたい。なんかトップバリュからバスソルトも出てるみたいです。これで入浴するのもよさそう。ただ、筆者はこれを使ったことはないので、そこんとこあしからず。俺はティートゥリー(ティーツリー)やユーカリなんかも好きですが、繰り返しになりますが柑橘系のエッセンシャルオイルは全般的に光毒性があるので注意が必要。嗅覚は脳の古い部位が司っているので、「たかが匂いで」とバカにできない。俺の好きな匂いの一つに、夏、昼間カンカン照りで道路が焼け焦げるようだったのに急に雲が湧いてきて雨がザーッと降ってきた時のアスファルトの匂いが好きだ。これは多分、大好きだった爺ちゃんと遊んだ時の記憶と結びついているんだと思う。あと、コーヒーの香りが好きなのは、正月に銚子観音(飯沼観音)に初詣に行った帰りに寄った「菊屋」という喫茶店というか軽食屋さんというかで漂ってた香りと結びついてるんだと思う。ずっとコーヒーはインスタントを飲んでいたので特に好きというものではなかったが、中学の頃豆から挽いたコーヒーをドリップして飲んだ時にその記憶が甦った。何とも言えない安堵感というかそういう気持ちになったのを覚えている。以来ドリップ派である。ただ、うちには母が飲むネスレのゴールドブレンドや他カプチーノとかラテなどのインスタントコーヒー、もとい、レギュラーソリュブル舌噛みそう(笑)コーヒーが置いてあるが、俺は手を付けない。母はドリップを覚える気がないようだし、リーフティーも同様のようだ。嗅覚は俺にとって結構重要な位置にある。匂いで気分が変わることがよくある。それがコーヒーだったり、紅茶だったり、エッセンシャルオイルだったりするのだ。今もベルガモットの匂いの中で書いているのだが、気分が随分と和らいできているのが文章でわかると思う。でもやっぱり、俺は「豚」だけどね。(翌1時10分)

 ここんとこ稲敷とか神崎とかへの外出が増えている。神崎に道の駅(?)が出来るとか言って場所を下見に行ってきた。別になんつぅ場所でもなかった。ちょっと利根川の内周に入ると、圏央道が通ってて、あ、ここはそういう場所なのねといった感じで。ICもできるみたいだからそこから圏央道に乗降する客を当て込んでのオープンなんだろう。Uターンして稲敷のアピタで買い物をして潮来~鹿嶋を通って帰ってきた。

圏央道

鹿嶋の海

鹿嶋の海

 

カシマサッカースタジアム

カシマサッカースタジアム

 

カルディのコーヒー

カルディのコーヒー。リッチブレンドとマンデリンフレンチ。

 

ここまでは良かったんだが、母に「食い物のことしか頭にない豚」といった旨のことを言われたので本当のことだけにショックが大きくて夕方から一言も口利いていない。思ってなきゃそんなこと言わない。本当に俺は食い物を漁るだけの豚だ。メトグルコ®100錠飲んで低血糖になってやろうか。豚は食肉用、俺は何用だろう。きったねぇオッサンに何の用事もなかろうに。腐って道端に横たわって、カラスに突っつかれてる、そんな姿が俺には相応しいのかもしれない。どうせ俺は、食い物のことしか頭にない豚だから。(21時40分)

 俺は尾崎豊が嫌いだ。っていうかそのファンが嫌いだ。死者に鞭打つようでなんだけど、あの人がやれば全部正当化されるという、それが。シャブだってやったんだろう?それさえ尾崎豊だからって正当化する。辛かったらバイク盗んでいいのか、校舎のガラス壊して回って、いいんだね?単なる素行不良者じゃねぇか。それさえ、俺と比較して、正当化するのだね。「彼は働いていただが豆々お前は働いてもいなければ何の生産性ももたらさねぇ、社会保障費の無駄遣いをしてるのだ、お前は。だから、死ね」と。「俺は病気患いながらも働いててしかも有能だよ?」と。越権行為を時々行っては自己満足に浸るあんたが羨ましいよ。「病気なのに働いている」というその名誉な称号がよ、羨ましいよ。俺みたいにただ食って出してんじゃねぇからな、あんたはな。他人を全て見下して、さぞや気分がいいだろう、最高学歴さんよ。あんたの論法だと、「無能な奴は死ね」だからな。ホント、無能な俺はうかうか呼吸もできねぇ。他人をコケにしてそれを栄養にして生きてんだろうよ。スリムなわけだ。あんたの大嫌いな、デブの無職が言ってますよ~。それに単極より双極のほうが、知能が高いんですってね、文体に出ておりましてよ。それはもう露骨に。すいませんねデブで無職で低学歴で無能で単極でね。そりゃもう、ご迷惑おかけいたしました。死にてぇよ俺だってよ。(19時11分)

ホトトギス レボトミン®300mg飲んで様子を見ている。イライラはしていないはずだがなにぶんクスリの性質上意欲がなくなってしまうのは至極当然のことであろう。やる気がな~い、な~んにも意欲がな~いなんとかしてくれぃ~。な~んにも意欲がな~い俺はアホみたいに呆けているのだ。あと一週間で5月、春眠暁を覚えずというが、俺の場合はこの頃になるとホトトギスが飛来しては夜中や夜明けに「特許許可局」と鳴くのを聞くのがなんとも言えず好きだ。姿を見たことはないが、非常に地味な鳥である。ウグイスなどに托卵する。

 

あー。磯山さやかと篠崎愛と小嶋陽菜に会いたい。関係ないけど。ま、無理だけどね。

あと2か月昼間が伸びる。夏の晴れた朝が俺は好きだ。昔は、ぶっこが車庫の屋根(物干し場になっていた)に上がって、景色を見下ろしていたもんなんだが、そこにいた誰もが、もういない。俺というくだらない人間だけが生き延びてしまって。飼った時点で覚悟はできているはずなんだけど、でも、犬の命はあまりにも短い。人をいじめたり、陥れたり、そんな罪作りなことばっかりやっている人間のほうがいつまでも生きている。なんでなんだろうね。今日は短めで。(22時34分)

 今日もうんこが出ない。なんか、直腸が過敏になっていて、少しでも便が直腸に入ってくると便意を催すというか、出したくなる。直腸には便を溜めておく機能もあり、必ずしも便が入ってきたから出さなければならないということはないのだ。以前も書いたような気がするが、俺は97年頃、元彼女と出掛けた先で便意を催し、長くかかってしまったことがあって、トイレから出てくると元彼女は怒り狂っていた。そういうことがないように、彼女といる時は、腸、少なくとも大腸はカラにしておこうと思い、東急ハンズでL字管、ゴム栓、ポリチューブを買い、1.5リットルペットを加工して浣腸器を作り、彼女が仕事から帰ってくるまでに、トイレにお湯をなみなみと容れたバケツをいくつも持ち込み、腸に1.5リットルとか3リットルとかお湯を出し入れし、お湯しか出てこなくなるようになるまでそれを繰り返した。自分としては元彼女との時間を大切にしたいとの思いからやっていたのだが、毎日繰り返されるこの作業に俺は疲れ果て、気持ちも荒み、却って元彼女との関係はぎくしゃくしていった。99年、発売されたばかりのデプロメール®(ルボックス®の並行販売別ブランド)の最大量投与でその行為はぴたりと止まったのだが、時既に遅し。元彼女の心は俺から既に離れていた。間もなくフラれることになる。うんこはあまりにも多くのものを俺から奪い去った。以来、俺はうんこのことばかりが頭にあるようになった。水分を大腸で吸収された便は形になっているが、その便を全部出し切れば水分を吸収されていない、「形になっていない便」が直腸に流入してきて、それまでを出せば下痢になるのは至極当然のことである。わかっていながらもやめられない、それが強迫性障害であり、俺の場合二次的に罹患した過敏性腸症候群である。四六時中うんこのことばかり考えている。最近は比較的快便だったが、それでも腸にあるものを全部出したいと、少しでも便意というか、直腸に便が流入してきた感じがすると、トイレに行っていた。日に何度行ったかわからないくらいだ。頭の中がうんこに支配されている。まさにそういった感がある。昨日は下痢だったのでロペミン®1mgカプセルとイリボー®5µgOD錠を飲んでいる。全く…やれやれといった感じである。もう嫌だ。うんこ垂れ野郎だ俺は!もううんこのことばかり考えてるのはやめたい。それが出来れば、どんなに幸せか!(18時58分)

 メンテの間どうしていようと思ったのもつかの間、見事に寝てしまった。起きたらメンテは終わった頃の時刻。がしかーし、この日記帳がエラーが出て見れない。またかよ~という感じで設置し直し、見えるように。なんかねぇ、虚しい作業だなぁと思いながら。何なんだ一体。あー。つまんね。(翌日)

 今日は朝からずっと寝ていた。Windowsの復旧なんやかやで疲れたんだと思う。堕落してるなー。夕方起きだして、データベースのバックアップ等々夜中のメンテに備えた。

OS選択画面 月曜日、Windowsの復旧はまだまだだが、Linuxのほうは次第に形になってきた。Windowsのインストールに伴って消去されたGRUBと呼ばれるブートローダー…なんて言ったらいいかなぁ、Windowsと数々のLinuxOSのリストが出てきて、その中から一つ選んでブート(起動)させMakulu Linuxるというプログラムなんだけどそれをインストールしていた。まず、Super Grub DiskでOSを探してブートさせ(後々の作業を考えるとDebian系が望ましい。)これはDebian系のOSに限るんだけれど(違ったっけ?)、コンソール(端末)に#grub-install /dev/sdc(「sdc」の部分はどこにマスターブートレコードがあるかによって変わってくる)という呪文を入力しディスクのマスターブートレコードにGRUBをインストールし、これまたDebian系のOSに限るんだけど、#update-grub2と入力してWindowsを含むすべてのLinuxOSを検出(してくれないOSもあるが)させgrub.cfgという設定ファイルに書き込んだら、適宜grub.cfgを編集し(ホントはダメなんだけどね)、タイムアウト時間を無効にしたり、間違った名前で登録されているもの、例えば、KNOPPIXがDebianと登録されているのが気に食わないのでそれを書き換えたりする。またブートオプションに足りない呪文があったら書き加え(Makulu Linuxでノーマルモードで起動しない件については「ro quiet splash」もしくは「ro splash quiet」の次に「nomodeset」を追記することで正常起動することを確認。)この際だったのでMakulu LinuxにはNVIDIA謹製のグラフィックドライバをインストールしてしまった。

 ただ、この作業をやっていて「この作業に何の生産性があるんだろう」と考えてしまった時に、非常に虚しくなってしまって、精神的につらくなってしまった。何の生産性もないのが、純粋な「遊び」だと思うのだが、ただね、「俺は遊ぶ資格のある人間なんだろうか」と考えるとどうしてもネガティブな答えしか出ないわけ。「ONあってのOFF」じゃない?俺四六時中「OFF」じゃん。バカじゃなかろうか、と思うのね。

 …って、確かここまで書いたところで居眠りをしてしまい、WindowsがWindowsUpdateかけて再起動しちゃって消えちゃった。更になんかアホくさ。(後日)

今日は母と妹は何を思ったか、成田の空の駅さくら館(トイレは大変きれいです。いまのところ。)に行くというのでついていった。遠いのかなと思ったが比較的近い。少々精神的につらかったが、レボトミン®100mg飲んで頑張ってみた。

トンネル

何度も道を訊きながら行った。てっきり知ってるものとばかり思っていたが、知らないんじゃんかよ。

 

成田

 正真正銘、成田です。

 着くと、航空マニアと思しき望遠レンズ超望遠レンズを構えた人たちがいた。俺は特に飛行機が好きというわけではないが(というか逆に怖い。絶対乗りたくない。)、折角だし混じって撮ってみた。

貨物機

貨物機。でかい。

 

日航機
日航機。

 

日航機その二

このあと、日航機は轟音を立てて飛び去って行った。こんな金属の塊が空飛ぶんだぜ、落ちてそりゃ当然だろう。航空機マニアには悪いが、俺は飛行機を全く信用していない。

 

京成

俺はやっぱりこっちのがいいな。突然来たのでスタンバっていなかったのでブレブレ。

 

たんぽぽが咲いていました

たんぽぽが咲いていました。

 

土産物屋にいた「うなりくん」

土産物屋にいた「うなりくん」これ、なに?飛行機?9180円。高いよ。

 

恋する豚研究所

帰りに寄った「恋する豚研究所」通称なんて言うんだろう「恋豚」?「豚研」?ちなみに、肉屋のようです。

糖尿病になったお蔭で少し痩せたので以前よりだいぶ歩けるようになった。いいのか悪いのかよくわからん。

ちなみにこれは、翌日に書いている。すっかり疲れてしまい、写真を取り込んだら22時15分頃には寝てしまった。出掛けたからというより、Windowsの復旧作業で疲れたからだと思う。4月20日18時10分現在、復旧作業はまだ終わっていない。まだまだ作業は続く。(翌18時20分)

 

 

 14日火曜日に更新したきり本日土曜日まで更新せず申し訳がない。なんだか、もう既に何かしらのサーバーメンテナンスが入っているのかもしれない。度々管理ページに入れないし。

 実はこの4日間何をしていたかというと、ルジオミール®100錠飲んでけいれん重積発作起こして死にかけていたわけではなく、Windows7の再々インストールをし、ついでにLinuxもおかしくなり、復旧に追われていただけだった。

 忙しいというか、忙しいのはLinuxの入力メソッドがおかしくなったのでそれを直していたのは忙しかったがWindowsはWindowsUpdateのような更新プログラムのインストールのような「待ち時間」が長いので退屈するしイライラもする。何一つできないんだから。Linuxやろうと思っても同一のマシンに入ってるのでWindowsUpdateやってる間はLinuxもいじれない。ノートパソコンのほうはUbuntuStudioが入っているのだが、PentiumMのしかもメモリーが少ないマシンは重すぎて使い物にならない。

 ただただ、待ち時間には紅茶を淹れて飲んだり、コーヒーを淹れて飲んだりと何とか暇を潰そうとしていたのだが、日記を書けないのはこれがつらかった。吐き出すことができないんだから。それで極めて精神不調に陥り、レボトミン®を200mgとか300mgとか飲んで凌いでいたんだが、薬が尽きてしまい、金曜日に精神科診療所に行ってきた。主治医はしょうがないなぁという感じでレボトミン®50mg錠一日2回分を25日分処方してくださった。一回100mgとか200mgとか飲まないと効かない俺にとって、こんなありがたいことはない。ちなみに、レボトミン®で一番小さな剤型は5mg。40倍とか飲んでることになる。ただ、重症例になると1000mg処方もあるらしい。1gである。但し、心毒性があるらしく、心電図異常に続く死亡例もあるとのこと。 まぁそれも受け入れて処方されている。精神的苦痛を和らげる手段として死ぬのなら致し方ないことだ。主治医には「これでダメなら他のクスリ考えましょうね。」と言われたし、薬剤師には「今回はこれでもたせてくださいね」と釘を刺された。

 主治医には「大丈夫ホントに?なんかボーっとしてるけど」と言われた。目が眠そうだってことなら俺もともとそういう顔なんだけどな。クスリ飲んでなくても。太って二重瞼になったから余計眠そうに見えるんだろう。特にボーっとしてるとか、眠いとか、特にないんだけどな。っていうか、ボーっとしているというのはクスリ飲んでいない時からボーっとしてるけどさ。何も考えていない時がある。おつむが多少弱いところがあるから。脳、多少委縮してるって言われたし。

 多分ストレスなんだな委縮は。トリプタノール(これには「®」はつかない。何故だろう?)もかつてはたくさん飲んでいたし、リタリン®もかなり飲んでいたし。でも、俺はそれらを処方した医者たちを恨んじゃいない。俺の選択で、飲んだわけだから。バカになったのもすべて俺の責任だ。他の誰の責任でもない。俺の文章読めばおのずとバカだと気付くだろう。バカだから、今の俺がある。バカはバカなりにバカとして生きていくしか道はないんだ。利口な人はバカなフリできるけどバカは利口なフリはできないものだ。バカが利口なフリしても、必ずボロが出る。利口な人はXeonプロセッサ並みの脳みそを持っているが、俺はせいぜい、初代ブロック崩しゲームのICくらいの脳みそしか持っていない。それとも以前流行ったポケットテトリスのICくらいあるだろうか(孑孑並みだったりして)。Xeonにはいくら逆立ちしても勝てはしないだろう。

 しかしこんな稚拙な文章を書いていても、書けばそれなりに精神的にバランスが取れているようである。それを裏付けるように書かなかった間、俺は精神的にバランスを崩した。多少、脳が働いていなかったようだ。前回の笑点で円楽師匠が座布団もらえなかったのが、昨日のことのようだ。もう、一週間経っているのに。俺は多分、サルのオナニーのようにWindowsの再インストールを再三再四繰り返していたんだと思う。Linuxも然りだ。だから、一週間のうちにあったことの記憶が欠落していたんだと思う。そんなわけで一週間前の笑点の記憶が妙に鮮明なんだと思う。

 ところで、Windows7を再インストールするとその度に「windows.old」というフォルダが出来て、再インストールを繰り返す度に「windows.old.001」「windows.old.002」と増えていく。これではHDDを圧迫するだけである。試しに削除してみたらoldフォルダひとつあたり25GBくらいあった。全部削除して再インストールできなくなったら困るので一番新しい「windows.old.003」だけ残しておいた。それでもこんなもの残していて、何かの足しになるのだろうか。ちなみに「windows.old」フォルダには消去不能の残存ファイルがあるようだ。フォルダ自体も残っている。なんか、悔しいなぁ。

 まぁ、フォーマットすれば多分それは消えてくれて、フォーマットの方法(昔のFDISKのような)もググればいくらでも出てくるんだろうが、そこまでの熱意はない。多分修復ディスクかなんかでできるんじゃないだろうか。わかんないけど。

 金曜日は診療所の帰り、イオンモール銚子のカルディでコーヒー豆を買った。このところずっと飲んでいたから200gがすぐなくなってしまった。こないだはマンデリンのフレンチローストを買ったが今回はグァテマラのフレンチローストを買った。フルボディと表記されていたから俺好みかなと思って。今日はペーパードリップではなくてフレンチプレスで淹れてみたけど思いの外よかった。4分タイマーで測ってプレスし、サーバーに移し替える。ペーパードリップと異なり、油が浮く。コーヒーオイルってやつだ。これも悪くない。エスプレッソもそろそろ淹れてもいいかな。でもマシンがラップで梱包されている(母の仕業)。

 以前ぬいぐるみみたいなやつで、「のぽぽん」というのが流行っていてうちでも買ったんだが、埃が付くのを嫌ったんだか母にラップでぐるぐる巻きにされている。母はそういうことをしたり、庭木に飲み物の瓶を挿して放置しておいたり、不思議なことをする人である。口やかましくて時々鬱陶しいけど、憎めない人だ。

 折角の庭木の風景なのに、枝にキレートレモンの瓶が挿さっている。亀(道路を渡っているところをクルマに轢かれたら可哀想だと拾ってきた)の世話をするついでに片付けたらいいのに、頑としてやらない。俺が片付ければいいだけの話だが何かポリシーを持ってやってるんだったら悪いかなぁと思って。「あぁ今日もあるな」、と思いつつ、毎日庭を眺めている。

 庭と言えば、今年もこの時期、俺が練馬の都立光が丘公園で92年に拾ってきたどんぐりから育ったクヌギの木の花が咲いた。房状で、垂れ下がっていて、グリーンで、実に地味な花だがそれでも花が咲くから結実する。一方花が咲かない俺は、結実することもないだろうが。(後日)