合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。 神栖市 神栖市

 今日は妹と近場をドライブ。神栖市街にあるホームセンター『ホーマック』に行って妹の事務用品を購入、俺の虎の巻に使う小さいノートを購入、80円余り。次、ペットショップ『アミーゴ』に寄りカメの餌と水草を購入。R124から息栖方面へ抜け、小見川方面に行き旭方面に抜ける。R126方面に抜け、『イオンモール銚子』でトイレに行く。腹具合があまり良くないが、不潔恐怖が幾分和らいだからだろうか出先でトイレに行けるようになり、出掛ける際の不自由も軽減できるので過敏性腸症候群も少し「今のところは」緩和されているように「思える」。妹は野菜売り場で何か青物を買ってきて、でがけに母が、俺がこういう状態になってからは非常に大変に珍しく(現物給付ではなく)2,000円小遣いをくれたので、アロマオイルを買おうと思ったが、俺の欲しい、『ベルガモット』だけ売り切れ。他のアロマオイルを買おうかとも思ったのだが、なにも無理して予算消化のための道路工事のように2,000円使わなくたっていいじゃないかと思ったので、今、所持金2,048円。次、南小川町の『カスミフードスクエア南小川町店』で母に購入を仰せつかった食材を購入。帰宅14時。

 今月から両親が年末恒例の仕事で日曜日以外、昼間は俺一人になるので、退屈だ。俺は一人遊びが苦手なので、結局、やっぱりPCの作業に明け暮れるんだろうな。という感じのプレ・ウイークデーになった。まぁ、慣れるより他、しょうがないんだろうが、自分が車を運転してはいけないと命じられていて、しかも一人で外に出てはいけないと命じられているので当然、昼間は一人でじとーっと自室でパソコンをしたり本を読んだりして過ごすことになる。それに飽きたらコーヒーや紅茶を飲んで過ごすことになるんだろうと思う。…ということが今日一日でシミュレーションできた。

 まぁ、ここ数年、このような年の終盤を迎えていたわけだが、うちに誰かいることが常態となっていると、たかだか一ヶ月半、一年おきに来るルーティーンであっても、精神がそれを忘れてしまうんだな。初めっから一人ってわかっていれば(勿論、軟禁を命ぜられていないという前提で)散歩もするだろうし、買い物にも行くだろうし、家事だってやるんだろうし実際そうして生きてきた。一人ぼっちという悲壮感もなく、公園に散歩に行ったりしていたわけだよ。でもね、こういう自宅軟禁を言い渡されている現状にあっては、24時間365日息抜きし放題である筈の軟禁生活である筈なのに全然なっていない。

 で、某SNSで、リア充の人と下手に絡んでしまうと、余計孤独感を感じてしまうことになる。あれはリアルあってのヴァーチュアルであって、中途半端にリアルの人のためのものじゃない。「オンあってのオフ」、「リアルがあってのヴァーチュアル」でこそ意味をなすものである。なかなか、こういう中途半端な外界との繋がりを持っている人っていうほど多くないような気がするんだが…。というのは、社交的であればあるほどリアルでの付き合いに傾倒するし、内向的であればあるほど完全に引きこもってしまうであろうから。

 俺には昔、音楽を通じて苦楽を共にした仲間がいて、その素性を知っている(つもりでいる)。だがその仲間一人ひとりの周囲の環境が変わって…というのは仕事で揉まれたり、結婚したり子供が出来たりして人格的に何かしら変化(成長した、というんだろうかね)をきたしているであろう。一方、変わる要素のない俺は、やはり変わりなく、15歳、16歳のままで成長が止まっていて、歳と共に(いい意味で)変化した…まぁ、言うなれば大人になった友人知人にとっては、懐かしいともとれる精神に刺激を感じることもあるだろうが、少し深めの言葉を交わしていると、「やっぱり子供なんだよね」って思われてお終いなんだよ。これが「中途半端な外界との繋がり」をしている俺の例。

 一方、完全に外界との繋がりを閉ざして引きこもっている人…というか、誰だかわかんない不特定多数、完全(?)匿名、人格も字面で判断する以外にないような人と、いつ切れても大してダメージなく済む繋がりを持ってる人、当然、ヴァーチュアルということで大した実害もなくそのままで行けるのだろう。多分そういう人の方が精神的に安定している。中途半端リアルな俺は、妬み嫉み、ジェラシー、被害妄想で一杯だ。SNSは、俺にとっては、精神的不安定をもたらすものであって、必ずしもというか下手したら全くメリットはない。そこに落とし穴がある。それが(意図していたか意図しないかは分からないが)、SNSの企みである。巧いシステム作りやがったなぁこの野郎!って感じだ。

 その黎明期に俺はインターネットの存在を知ったが、こういうものがない時代の方が精神的に安定していたと思う。ダイヤルアップ接続が常時接続になり、固定電話が携帯電話、それが進化(?)してスマートフォンになり、よりユーザーと一体不可分なものになるにつれ、却って心乱すものになっているような気がする。これがない頃は、それぞれ本を読んだりだとか、物思いに耽るだとか、俺の場合だったら文章を書いていた。『一人になったら、本を読む』という坂本龍一をキャラクターにしたキャッチコピー、俺(1969年度生まれ)以上の方なら知っていると思うが、そういう時間が、あったんだよな、柵(しがらみ)から解放される時間が。折角電子書籍リーダーというものもできてはいるが、一方完全に個人一体化したスマートフォンが、電子書籍を読む時間さえも切り裂いて、着信音を鳴らす。今、俺に有り余る金があったら(暇はいくらでもあるから)、スタジオ入って、ドラム叩くね。ほらもう誰にも、捕まらない。俺、携帯持っていないもんね。携帯があったら俺の人生、ひょっとしたらもっと世知辛くなっていたような気がする。携帯ないのが、まぁ救いかな。何れ、持ってしまうことにはなるのだろうが、うーん…きっとかかってこないかな誰からも。それはそれで、またストレスになるかもしれない。きっと、俺のような人間は、どう転んでも、ストレスが付きまとうんだろうが…。

 と、こんなことを思いながら年の終盤は暮れて行くんだろうな。(翌3時47分)

先日オープンしたばかりの『なめがたファーマーズヴィレッジ(https://www.facebook.com/namegatafv)』に行ってきました。今日はお金の持ち合わせがなかったのでさらっと施設内を散歩。何がいいってトイレが極度にきれい!いまどきの施設は、トイレがきれいじゃないとね。温水洗浄便座は当たり前ですね。それを目的にコンビニはこぞって改築、新築移転していますね。いまからの時代、トイレですよトイレ。

 肝心の施設ですけど、とてもきれいに仕上がっています。廃校のリフォームとは思えませんが、入口には、廃校になった学校の銘板がそのままありました。学校だっただけに、きっと桜の頃は見事な桜吹雪が期待できます。お土産のほか、カフェなどもあります。詳しくは(http://www.namegata-fv.jp/)まで。

 

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某所で話題になってた東京モーターショーからの、「若者が車を欲しがらない」という時世についての考察。

なんでもかんでも効率化・合理化したり、ソフト化しちゃうってのがよくない気もするなぁ。例えば音楽。CD買わないで、ソフトだけもらっちゃおう(ダウンロード)っていうのが。レコードジャケットごと大切にしている人も少なくないなか、CDのブックレットさえ要らないっていうのが、物欲なさすぎ。まぁ、握手権(握手券?)だけ抜き取ってあとは捨てるとか、昔のガムのおまけのプラモデルだけ取ってガムは捨てちゃうとかそういうのは別として、なんでこんなに欲がないんだろう。なんか修行僧みたいでくそおもしろくない。妙に脂が抜けちゃって、鶏の笹身みたいになってる。果ては仏陀にでもなっちゃうんじゃなかろうかとさえ思えてくる。「足るを知る者富む」っていうけれど、ひょっとして、ものすごく精神的に富んじゃってるんじゃないかなぁ。物足りなさを感じてはいないんだろうか、視点を変えれば、精神的に極めて豊かなんじゃないか?でもそれって、非常にまずいことになっているかも。精神的に満足してたら現状でいいやってことになっちゃって、ん~随分と無欲なんだねぇ、なんでそんなに無欲なの?クルマ要らない、恋愛もいらない、なにもいらない。こんなんじゃ、少子高齢化が進んで経済も縮小、若者の中でも若い方の世代なんて、デフレ不況の社会しか知らないから、なんか諦めちゃってる気がする。気の毒にというか、つまんねぇことが普通だと思っちゃうのが、気の毒だ。ただ、俺みたいな経験することを知ってる人は、恋愛なんて、したくないと思うよねぇ絶対。でもこんな状況にしたのは大人のせいなんだろうなぁ。(22時55分)

 今日は9時頃起きて、なにするでもない、Linuxのインストールの続きをやっていた。いろいろCD/DVDに焼いてインストールしてみたのだが、日本語化されていないものも多く、なんというか、端的に言って使いづらい。英語が読めないわけじゃないが、いちいち頭の中で翻訳してから理解するのはめんどくさい。

 昼食はパスタサラダ。今日は父がセントラルホテルで会社のOB会があったので11時くらいに出かけて行き、母も近所の方と買い物に行った。17時半過ぎ、迎えに行った母と共に父帰宅。夕食はフーデリアで中華丼を買ってきて食べる。

 今日はサッカー「ナビスコカップ」決勝。鹿島アントラーズ対ガンバ大阪。3対0でアントラーズ優勝。俺はあんまりサッカーに詳しくないが、ジーコが住金にきてJ1加入し、スタジアムができて初代チャンピオンになり、道路だのインフラが整備され、アントラーズも強豪チームになってと恩恵を受けた。「ジーコ様様だね」とは鹿嶋に行くたび出る言葉。

 夕食後は、PCでの作業。なんかの拍子に、CドライブDドライブの中身を消してしまったので、ややこしいことになった。Linuxのインストールを中止し、Windowsを再インストールしている休憩時にこれを書いている。あぁめんどくさ。でも、めんどくさいその作業を作ったのは俺自身。自業自得、因果応報。

 明日は、4時半に母を起こさなければいけない。眠くなった。もう寝ようか。(翌2時47分)

 今日は9時から内科の診察。一時は10.5超えだったヘモグロビンA1cも5.8に下がっていて上々。問題は血液検査だな。変な値が出てなければいいのだけれど。しかし糖尿になるとは。まぁ、糖尿の母と同じもん食ってたら、糖尿にもなるわな。

 今日は妹が会社休みだったので、診療所まで車に乗せて行ってもらい、駐車場に待っててもらって、会計、薬が終わってから、鹿嶋方面に行ってペットショップで亀の餌と水草を買ってから、サッカースタジアムまで行って折り返しチェリオに行って、眼科に行っていた母と待ち合わせ買い物。昼に珈琲館でサンドイッチとアイスコーヒーを頂く。俺と妹は妹の車に乗って一足先に家に向かった。家に着いて約1時間後、母帰宅。

 夕食はチェリオで買ったロースカツをカツ煮にして頂く。

 それからLinuxのインストールをやって遊ぶ。眠くなってきた。今日はこれくらいで。

 お年玉付き年賀はがきが販売開始。10枚くらい確保しときゃ余るだろう。簡易に済ますのはできるだけ避けたい。あぁもう11月になる…最近紅白観たなと思ったら今年も2か月余り。30代でも一年が速くなったなぁと思ってたけど40になってもっと速いような気がしてる。そして俺はあと10年前後で死ぬのかぁ…こんな病気持ちは60までは生きないだろう。うん、覚悟してるよ。

 あー。ゆううつ…。

 今日のニュースから。水戸の大塚池という池に、今年も白鳥の第一陣が飛来したとのこと。そうか、もうそんな季節なんだね。(翌6時5分)

 眠い。眠い~。眠いだ~!眠いか?眠いねぇ。眠いよ。眠いなぁ。

 なんか、トリプタノールとレボトミン飲みすぎたようだ。眠い。でも起きていると碌な事考えないので死ぬまで寝ているほうがいいと言えば確かにそうなんだけどね。そのほうが俺は多分楽なんだよ。楽なんだろうけれど、シモの世話とか(自分本人ではないという意味で)他人が苦労するので。

 先日の顛末について。意見に隔たりがあることを自分の言葉だけではなくシェアの投稿などで執拗に俺の精神状態を操作しようとする振る舞いについて俺はもう我慢ならなくなったのでアカウントを変えて切ってしまった。申し訳ないけれど今はそれが一番だと思う。話せば解るという人もいるだろうけれど、俺は今回の件に関しては余計にこじれるだけだと思うのでよした方がいいかと。あちらにはあちらの人生がありこちらにはこちらの人生がある。こんなことであちらの人生、こちらの人生を傷つけたくないのでこれでしょうがなかった。

 人間関係は難しいね。胃が痛くなるくらいだよ。(21時22分)

 今日は診察。先日の出来事の顛末を主治医に話した。「あまり精神的に負担になるようなら距離を置いたほうがいいですよ」と仰っていた。眠いので寝てみる。

 あ〜いかんな〜最近日記の更新間隔が空いている…。というのは、増設したHDDにLinuxを入れようと…もっと正確に言えばAndroid-x86というのを入れたくていろいろやっているんだがどうしてもうまく行かなくて、かなり気分的に落ちている。難易度から言っても今やっている作業のほうがドラムなんかよりずっと難しい。単なる趣味のことでこんなに落ち込むなんてどうかしてる。自分でもどうかしてると思っているんだがどうしようもないのだ。

 ブラウザを開いても何をするでもなくただブラウザを睨みつけていたりする。例のSNSでも被害妄想がひどくてかなりつらい状況に陥っている。街で出会ったらこんな俺を見て同窓生は笑顔を返してくれるのだろうか。(翌1時32分)

 別にしょげてるわけでも心身の状態が悪かったわけでもなく(「じゃぁ書けよ」という話だが)Android x86というものを発見してしまったせいで徹夜の作業が6日ほど続いていたために疲れて書けなかった。Androidっつぅのは、みなさんご存知のスマートフォンのOSである、あの「Android」のx86PC移植版である。PCでスマホのアプリが使えるんである。それをマルチブート上で使うようにするのが自己ミッションである。で?結果は?というと、只今のところ惨敗である。まずインストールはできる。で?マルチブート関係の設定に手間取りタイムロス5日かかった。そしてそれがうまくいったらAndroid自体が動かない。で、Androidのバージョンアップ版をインストールした。で?マルチブートの設定・調整をしたがダメ。そもそも、この版のAndroidはLive起動で動くんだろうか…動かない。そこまでして入れる価値があるのだろうか。6日目にしてちょっと挫折。惨敗である。詳しく書くことがあったら別なカテで書くだろうし書かなかったらゴメンね。ということでゆる~い仮定のお約束。当てにしないでね。

 ってこんなことをやっていたら、昼過ぎ妹から「もう帰るから」と電話があった。「まだあれ(上記の作業)やってるの?」というので「うん。だけどもう嫌になってる」といったら妹爆笑。「じゃぁ気晴らしにドライブでも行かない?準備しといて」というので非常用のリュックサックを背負ったままPCでの作業。やがて妹が家に着いたので車に乗って旭のほうに行く。こないだ混んでいて写真を撮り損ねた「季楽里あさひ」の写真を撮ったがやっぱり今日も混んでて建物の下のほうは人がいて撮れなかった。ほとぼりが冷めるのを待つしかなさそうだ。なわけで、香取市経由で、途中、ウエルシアに寄って東進、利根河口堰大橋を渡りR124に乗って土合まで帰る。15時過ぎ到着。

 着いて間もなく作業に取り掛かり色々やってみたけどなんかダメっぽいので諦めかけてはいるものの、バグのせいにして諦めるのも悔しいなぁと思ったので、トラウマが和らいだらまたやってみようかなと…いつだよ今日だよ!執念でここまでするのも傍から見たらちょっぴり怖いと感じるだろう。昔ドラムの練習をしていた頃のように。徹底的にやる。強迫だもんね。でもなんか疲れたな。寝ようか。(翌0時37分)

 今更ながらこの日記帳「豆々式軟禁生活のしくみ」というタイトルが一体何なのか不思議に思う人もいるだろうが、まぁ、これはずばり、とりもなおさず俺が、「軟禁生活をしている」ことに因る。

 というのは、「一人での外出禁止」「車の運転禁止」「電話に出るのも禁止」「玄関に行くなど、来客の出迎え禁止」「来客時には、自室で息を潜めていること」「現金の携帯禁止」というのを言い渡されているのである。外出というのは遠地に行くのは当然のこと、玄関を出て、庭でふらふらしてもダメというほどのものだ。なんでか。それは家族(=両親)が、「四十過ぎたデブ男が、仕事もせずふらふらしていること」を恥だと思っているから。そういう陰口を叩かれることを家族というか両親は最も嫌がっているからである。俺の精神的安定云々よりも世間体を一番に気にする家族だからだ。

 もう、抜け目のない近所の人は、検索かなんかでここを調べて見ているかもしれないね、あなたのことだよ。もう既に俺の毎日をわかっちゃってる。比較的簡単にここを調べようとすれば調べられるから。地名とかね、そっちこっちにあるものじゃないからすぐわかる。俺の外出は近所の人に俺が目撃された時と一致していると思う。それほど俺の外出は頻度が低いものである。

 今でこそ、週に一度はドライブに行くようになったが、運転手が俺であることは皆無。一人で出歩くことも皆無。必ず父兄同伴である。まぁ、その掟を破ろうと思えば破れるのだろうが、生命力の弱い俺にとって、一文無し同然の(いつだったかの370円前後の硬貨は持っているが)懐の状態では、バスで銚子に行くことさえ不可能だ。自販機で飲み物何本か買ったら無一文になる。金券というかそんなようなものも何枚かというか具体的に言ったらテレホンカードなんだけれどそれくらいしかない。

 一体なにができよう。こんな状態だから、外部の人と接触などできるわけがない。俺が精神状態を良好、少なくとも下の中くらいに保つには、このインターネット上という、バーチャルな世界で生きてゆくしか方法はないのだ。もしこれが剥奪されたら、俺は気が狂ってしまうだろう。

 もう、「禁固」以外の何物でもないよ。だって俺、キャッシュカードも、もちろん通帳なんかだと、生まれてこのかた一度だって持ったことねぇんだぜ。金銭をカタにとった人質状態なんだ。そして、病院にかかって薬を処方してもらわなければQOL(Quality Of Life)を「下の中」にも保てないからこの掟に逆らうことなどできないんだ。

 まぁ「仕事をすればいい」という人もいるだろう。それができてりゃとっくにしてる。いったい「下の中」で精神荒廃している人間を誰が雇おうと思うだろうか。誰しも雇おうと思うのは最低レベルで「中の上」だろう。それ以上の人間を求めているのだ。生身の俺と接してみろ。面接で不合格決定だ。トリプタノール飲んでいるような人、誰が雇うよ。会社ってぇのは営利法人だ。ボランティアじゃないんだぜ。後々無駄金を使わなきゃいけなくなるリスクの高い人間、誰が雇うか?!しかも糖尿病だ。余計だろう。

 ま、この状態が、多分9年や10年で終わるはずもないだろうし、ひょっとしたら一生このままなのかもしれない。なんか、もう自暴自棄気味。今日、夕方になってから呂律がちょっと回らないことがあって、「脳梗塞」?と思ったけど正直もうこれで逝ってもいいかな、なんて思った。俺が一番先に逝くことが、多分この家族にとって最も幸せな順番だと思う。

 朝電話をかけた。以後午後まで寝ていて午後、雑誌を買いに行った。犬吠まで行って、かもめ大橋通り過ぎて、利根河口堰大橋渡って、宝山通って太田通って帰ってきた。あとは延々と寝て起きたら翌朝だった。ダメだこりゃ。なんか疲れていたんだろうな。(翌6時50分)