合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

 なんか調子悪い。昨夜はまた、靴履いて玄関に座って泣いていたらしい。家族総出で靴脱がしてこの巨体を寝床まで引きずって行ったという。ちょっと記憶があるけど、なんで泣いていたのかはよくわかんない。夢でオードリーの若林くんが死んでしまった夢を見たことは記憶しているがそれで泣いたとは考えにくい。はぁ~多分一人でいたら近所の高層住宅に行ってダイブしてたような気がするよ。精神的支柱を失ったら俺はもう生きていけないから今のうち死ねるもんなら死んでしまったほうが楽だと思う。いずれ、どうせ死ぬんだからいつ死んだっていいっちゃぁいいんだから。人間の致死率は驚くなかれ100%だからね(笑)

 今、風呂から上がった。今日も強迫観念と強迫行為に抗ってきた。が、負け。足を洗った際、25年程前、両足の裏に合計百個以上のウイルス性のいぼができて痛くて歩けなかったのを思い出し、その残存ウイルスを体中に塗り拡げてしまったような感覚に襲われ、ち○ち○を洗った手で頭を洗ったことで男性ホルモンを頭に塗りたくったような気がしてそれがもとでハゲになるのではないかという思いが強く出てパニックになり、おまけにトイレで尻を拭いた(別に素手で拭いたわけではない。勿論紙で。)その手で体中を洗ったので体中大腸菌まみれになったのではないかと、気が気でなくなり、どうしようもなくなってパニック状態のままこれを書いている。左足側面がずきずきするので早速いぼの残存ウイルスが足の側面で活動を活発化させたのかと恐れながら。薬用石鹸ミューズで手を洗い顔を洗い、水道のノブを洗い手を洗い頭洗い手を洗いノブを洗い手を洗いシャワーノズル洗いノブを洗い手を洗(以下抹消)…と、散々パンチ喰らってノックアウト。まだ薬用石鹸ミューズだったから少しばかり救いがあったかな。そうでなければ死んでたかも知らん。薬用石鹸、願わくはクレゾール石鹸液で殺菌・消毒したいかな。頭のてっぺんから足の先まで。精神が弱っている時、突如として現れるのよ。汚染源が自分自身だからどうしようもない。汚染源をなくすには自分自身がなくならない限りダメなんだけどね。

 自分がなくなった時点で、俺の強迫性障害が自らのの宿主である俺自身に勝って宿主がいなくなるというこの不毛さ加減、誰が得するのでしょうね。

 俺の上位比較対象である○氏か?俺を嫌っている●氏か?それとも●氏と行動を共にするいつでも傍観者の△氏か?それとも▼氏か×氏かS氏かY氏かI氏か?数え上げたらきりないね、俺の敵なんざ、いくらでもいる。俺は俺の味方でない人も敵と数えるから、1億2千万分の3(俺の家族)だけ味方でほぼ100%敵になるね(俺が電卓の使い方間違えていなければね。)なぜ敵と見做すかだけど、人は好意より敵意を抱きやすいので味方になるより敵になる確率が高いと自分の経験上判断したから。俺も随分と敵作ってしまったもんだなぁ。あんたらの仕打ちのしくみはほぼいわゆる「いじめ」と同じだ。「なんとなくいき好かんから」俺を罵倒し、有ること無いこと悪口を言ってその啓蒙に努めてアンチ豆々派を形成した×氏の過去を俺は絶対忘れない。S氏がT氏をはじめ友人みんなに俺の悪いところばかり吹聴して外堀から固めて俺を追い詰めた過去を絶対忘れない。▼氏が○氏と俺の悪口を言って楽しんでた過去を絶対に忘れない。I氏が勝手に俺に近づいてきて希望通り俺がI氏に好意を寄せなかったからと言って掌を反して攻撃に転じた過去を絶対に忘れない。加害者である俺に同じく加害したI氏は俺と同罪だ。他、俺の敵たちよ、団結して俺を追い詰め、自ら死を選ぶようにすれば一対一より罪悪感はずっと減るだろう。そうすれば俺はこの世からいなくなり、少しでもあんたら敵たちが快適に住める世界になればいいね。あ、そっか、あんたらはいじめる相手を作らなければ快適に生きていけない人なんだっけ、失敬失敬、プロのいじめ師なんだっけね。うんうん、俺を殺した犯人の可能性がある人のリストに加えておくよ。十人近くの、あんたらを!へへ~い愉快だ、まとめて十人、吊し上げ~俺の(逆)恨みは怖いよ~。粘着質っていうか、執拗っていうか。俺を敵に回したのが不運だったね。俺はもう、散々恥をかいたから、別に少しばかり恥の上塗りをしたって大したこたぁないのだよ。

 あ、またパニックになってきた。

 なめがたファーマーズヴィレッジ二回目、行ってきました。行方の山の中、もと学校だった敷地にあります。まぁ、綺麗だし、いいんだけれど、ちょっと価格設定が高いかな。やきいもミュージアム、一人800円!トートバッグ2,000円!。まぁこの値段を高いと思わないブルジョアもいるだろうけれど、我が家はここで散財することをためらってしまった。この値段が続くのなら、俺はもう、行かないと思う。ミュージアムって…そんなにするもんなの?「スイーツとコーヒー付き」っていうんならまだしも、素通りに800円。まぁ、ブルジョアの皆さんがターゲットで、貧乏人は知りませんっていうんならしょうがないですけどね。これを高いと思わないブルジョアの皆さんはいらっしゃってみたらいかがでしょうか。我が家は二度と行きません。

 

 朝寝て、昼起きると、なんか右上腹部の深層がヒリヒリする。夕方居眠りして目を覚ますと、なんか吐き気というか、なんていうの?上腹部のムカツキがあった。夕食もほとんど食べなかった。今日は、あんまりいい日じゃないというか、いい日なんてあったためしがないんだけど、そんな日だった。明日は妹は休みらしい。どこかへ出かけるんだろうか。あぁ、こないだ行った、「なめがたファーマーズヴィレッジ」に行くとか言ってたな。

 う~ん。若干、吐き気がするな。

 10日。屁みたいな日だったね。なんか、胃が痛いし、ムカムカする。精神状態も良くない。ウェブページを見るでもなく眺めるわけでもなく茫然としながらスクロールしている自分に気づき「あんた、生きてんの?」と、問いかけたくなった。生きてるのかなぁ、俺…もう、ダメかもしれない。多分、このまま老人になって、死ぬんだと思う。何だったんだ俺の人生。楽器演奏が全て、俺の人生を滅茶苦茶にした。多分前向きになったらなった途端、がんで死んだりするんだろう。俺の人生、きっと何かの罰なんだから。

 私はいつも誰々と比べて劣っているとか、例えば○氏と比べられて、楽器演奏は○氏の方がテクニック的に勝っている、ルックスも○氏の方が勝っている、とよくわかんない基準で比較対象の「下」の役回りとして存在し続けた。そんな私もそろそろお役御免となり、世間から抹殺される日が近づいてまいりました。まぁ、それはそれで私の宿命として受け止めざるを得ないことなのでしょうが、楽器演奏の腕と顔が同列で論じられているのがよくわからんっちゃぁよくわからんのですよね。結局はさぁ○氏礼賛ありきってことでしょう。まぁしょうがないよね。でも楽器演奏の腕が劣っていることと、顔が悪いことは関係ないでしょうよ(笑)。

 なんか…嫌だな何もかも…光あれば影あり。社会に貢献して輝く人あらば、俺のように無駄な人生歩んでいる人もあり。バカじゃなかろうか俺。劣等感で一杯だが、これが俺にふさわしい人生。負け組として他人との比較対象で影の部分を担当する人間として生き続けるのかなぁ。こんな人生なら早々に終わりにしようよ。

 かりんと食って歯が欠けたガー!

 これ以上医者にかかると破産するー!だから歯が全部なくなるまで歯医者行かない!

 無力感と劣等感で私の心はめちゃめちゃですよ。これは私が皆さんの前で楽器演奏なんかを披露させていただくようになってから気づいてたんですが、「なんだ、サクラじゃん」っていう。なんの義理があってサクラをしてくれているのかよくわかんないですが、私などのサクラをしても一銭にもなりませんし、なんの粗品にもなりませんよって、もっと皆さんご自身のため(利益)になる方のサクラをやったほうがいいのではないかと。

 そぅ…なんすかねぇ…頭の中で「サクラ、サクラ」ってぐるぐる回っているんですよ。「オマエはなにひとつましにできない。オマエを評価してるように見えるのは全てサクラだ。信用してはいけない オマエには何もできないのだ」という言葉がぐるぐる回っているんですよねぇ。

 

 

 今日は妹と稲敷、佐原方面に行ってきた。『アピタ・パルナ』でベルガモットアロマオイルと100均ショップでメモパッドを購入。次、『水の郷さわら』に寄って食材を購入。銚子のイオンより『アピタ・パルナ』の方が好きだ。次、『ホームジョイ本田』に寄って灯油を購入。緑が丘から神向寺、サッカースタジアム方面に回りクラブハウスからR124バイパスに抜けカインズ前で左折、深芝から鹿島セントラルホテル方面に回りセントラル前で左折R124に入り、知手→太田→日和山→駒立→土合東→土合南→土合中央→自宅着13時5分。

 今日は腹具合が良くなく、精神的にも(腸のことで)よくなかったってのもあり、ゆっくりしていることにしたが、顕在意識と潜在意識のうち、潜在意識のストレスが腸に与える割合が結構少なくない。カタチだけゆっくりしても効果はそんなにないというか。寝てたとしても何かしらのストレッサーはあるようなので。

 積極的にストレスを解消するっていうんだったら、まぁ俺には音楽しか思いつかない。でも環境的にそういう環境にないのでしょうがない。諦めた。ドラムだよ?うるさいでしょ。そういえば波崎にスタジオ付きの、学生向けの宿泊施設があって、それ、使えないかな、なんて。

ジャーニィロード、スタジオ

なんか、よさげなんですが、オフシーズンウイークデーの細切れ販売ってのはいかがですかね。ウイークエンドはサッカーの合宿で込んでますけど、学生さんが練習に行ってる間、スタジオで練習なんてのはどうでしょうか。

 某SNSでちょっとディスられて腹立ったがいろんな事が巡り巡ってこうなっているんだねぇ。まぁ、仕方がないですね。諦めた。

 今日は妹と近場をドライブ。神栖市街にあるホームセンター『ホーマック』に行って妹の事務用品を購入、俺の虎の巻に使う小さいノートを購入、80円余り。次、ペットショップ『アミーゴ』に寄りカメの餌と水草を購入。R124から息栖方面へ抜け、小見川方面に行き旭方面に抜ける。R126方面に抜け、『イオンモール銚子』でトイレに行く。腹具合があまり良くないが、不潔恐怖が幾分和らいだからだろうか出先でトイレに行けるようになり、出掛ける際の不自由も軽減できるので過敏性腸症候群も少し「今のところは」緩和されているように「思える」。妹は野菜売り場で何か青物を買ってきて、でがけに母が、俺がこういう状態になってからは非常に大変に珍しく(現物給付ではなく)2,000円小遣いをくれたので、アロマオイルを買おうと思ったが、俺の欲しい、『ベルガモット』だけ売り切れ。他のアロマオイルを買おうかとも思ったのだが、なにも無理して予算消化のための道路工事のように2,000円使わなくたっていいじゃないかと思ったので、今、所持金2,048円。次、南小川町の『カスミフードスクエア南小川町店』で母に購入を仰せつかった食材を購入。帰宅14時。

 今月から両親が年末恒例の仕事で日曜日以外、昼間は俺一人になるので、退屈だ。俺は一人遊びが苦手なので、結局、やっぱりPCの作業に明け暮れるんだろうな。という感じのプレ・ウイークデーになった。まぁ、慣れるより他、しょうがないんだろうが、自分が車を運転してはいけないと命じられていて、しかも一人で外に出てはいけないと命じられているので当然、昼間は一人でじとーっと自室でパソコンをしたり本を読んだりして過ごすことになる。それに飽きたらコーヒーや紅茶を飲んで過ごすことになるんだろうと思う。…ということが今日一日でシミュレーションできた。

 まぁ、ここ数年、このような年の終盤を迎えていたわけだが、うちに誰かいることが常態となっていると、たかだか一ヶ月半、一年おきに来るルーティーンであっても、精神がそれを忘れてしまうんだな。初めっから一人ってわかっていれば(勿論、軟禁を命ぜられていないという前提で)散歩もするだろうし、買い物にも行くだろうし、家事だってやるんだろうし実際そうして生きてきた。一人ぼっちという悲壮感もなく、公園に散歩に行ったりしていたわけだよ。でもね、こういう自宅軟禁を言い渡されている現状にあっては、24時間365日息抜きし放題である筈の軟禁生活である筈なのに全然なっていない。

 で、某SNSで、リア充の人と下手に絡んでしまうと、余計孤独感を感じてしまうことになる。あれはリアルあってのヴァーチュアルであって、中途半端にリアルの人のためのものじゃない。「オンあってのオフ」、「リアルがあってのヴァーチュアル」でこそ意味をなすものである。なかなか、こういう中途半端な外界との繋がりを持っている人っていうほど多くないような気がするんだが…。というのは、社交的であればあるほどリアルでの付き合いに傾倒するし、内向的であればあるほど完全に引きこもってしまうであろうから。

 俺には昔、音楽を通じて苦楽を共にした仲間がいて、その素性を知っている(つもりでいる)。だがその仲間一人ひとりの周囲の環境が変わって…というのは仕事で揉まれたり、結婚したり子供が出来たりして人格的に何かしら変化(成長した、というんだろうかね)をきたしているであろう。一方、変わる要素のない俺は、やはり変わりなく、15歳、16歳のままで成長が止まっていて、歳と共に(いい意味で)変化した…まぁ、言うなれば大人になった友人知人にとっては、懐かしいともとれる精神に刺激を感じることもあるだろうが、少し深めの言葉を交わしていると、「やっぱり子供なんだよね」って思われてお終いなんだよ。これが「中途半端な外界との繋がり」をしている俺の例。

 一方、完全に外界との繋がりを閉ざして引きこもっている人…というか、誰だかわかんない不特定多数、完全(?)匿名、人格も字面で判断する以外にないような人と、いつ切れても大してダメージなく済む繋がりを持ってる人、当然、ヴァーチュアルということで大した実害もなくそのままで行けるのだろう。多分そういう人の方が精神的に安定している。中途半端リアルな俺は、妬み嫉み、ジェラシー、被害妄想で一杯だ。SNSは、俺にとっては、精神的不安定をもたらすものであって、必ずしもというか下手したら全くメリットはない。そこに落とし穴がある。それが(意図していたか意図しないかは分からないが)、SNSの企みである。巧いシステム作りやがったなぁこの野郎!って感じだ。

 その黎明期に俺はインターネットの存在を知ったが、こういうものがない時代の方が精神的に安定していたと思う。ダイヤルアップ接続が常時接続になり、固定電話が携帯電話、それが進化(?)してスマートフォンになり、よりユーザーと一体不可分なものになるにつれ、却って心乱すものになっているような気がする。これがない頃は、それぞれ本を読んだりだとか、物思いに耽るだとか、俺の場合だったら文章を書いていた。『一人になったら、本を読む』という坂本龍一をキャラクターにしたキャッチコピー、俺(1969年度生まれ)以上の方なら知っていると思うが、そういう時間が、あったんだよな、柵(しがらみ)から解放される時間が。折角電子書籍リーダーというものもできてはいるが、一方完全に個人一体化したスマートフォンが、電子書籍を読む時間さえも切り裂いて、着信音を鳴らす。今、俺に有り余る金があったら(暇はいくらでもあるから)、スタジオ入って、ドラム叩くね。ほらもう誰にも、捕まらない。俺、携帯持っていないもんね。携帯があったら俺の人生、ひょっとしたらもっと世知辛くなっていたような気がする。携帯ないのが、まぁ救いかな。何れ、持ってしまうことにはなるのだろうが、うーん…きっとかかってこないかな誰からも。それはそれで、またストレスになるかもしれない。きっと、俺のような人間は、どう転んでも、ストレスが付きまとうんだろうが…。

 と、こんなことを思いながら年の終盤は暮れて行くんだろうな。(翌3時47分)

先日オープンしたばかりの『なめがたファーマーズヴィレッジ(https://www.facebook.com/namegatafv)』に行ってきました。今日はお金の持ち合わせがなかったのでさらっと施設内を散歩。何がいいってトイレが極度にきれい!いまどきの施設は、トイレがきれいじゃないとね。温水洗浄便座は当たり前ですね。それを目的にコンビニはこぞって改築、新築移転していますね。いまからの時代、トイレですよトイレ。

 肝心の施設ですけど、とてもきれいに仕上がっています。廃校のリフォームとは思えませんが、入口には、廃校になった学校の銘板がそのままありました。学校だっただけに、きっと桜の頃は見事な桜吹雪が期待できます。お土産のほか、カフェなどもあります。詳しくは(http://www.namegata-fv.jp/)まで。

 

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某所で話題になってた東京モーターショーからの、「若者が車を欲しがらない」という時世についての考察。

なんでもかんでも効率化・合理化したり、ソフト化しちゃうってのがよくない気もするなぁ。例えば音楽。CD買わないで、ソフトだけもらっちゃおう(ダウンロード)っていうのが。レコードジャケットごと大切にしている人も少なくないなか、CDのブックレットさえ要らないっていうのが、物欲なさすぎ。まぁ、握手権(握手券?)だけ抜き取ってあとは捨てるとか、昔のガムのおまけのプラモデルだけ取ってガムは捨てちゃうとかそういうのは別として、なんでこんなに欲がないんだろう。なんか修行僧みたいでくそおもしろくない。妙に脂が抜けちゃって、鶏の笹身みたいになってる。果ては仏陀にでもなっちゃうんじゃなかろうかとさえ思えてくる。「足るを知る者富む」っていうけれど、ひょっとして、ものすごく精神的に富んじゃってるんじゃないかなぁ。物足りなさを感じてはいないんだろうか、視点を変えれば、精神的に極めて豊かなんじゃないか?でもそれって、非常にまずいことになっているかも。精神的に満足してたら現状でいいやってことになっちゃって、ん~随分と無欲なんだねぇ、なんでそんなに無欲なの?クルマ要らない、恋愛もいらない、なにもいらない。こんなんじゃ、少子高齢化が進んで経済も縮小、若者の中でも若い方の世代なんて、デフレ不況の社会しか知らないから、なんか諦めちゃってる気がする。気の毒にというか、つまんねぇことが普通だと思っちゃうのが、気の毒だ。ただ、俺みたいな経験することを知ってる人は、恋愛なんて、したくないと思うよねぇ絶対。でもこんな状況にしたのは大人のせいなんだろうなぁ。(22時55分)