合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

 今日は朝から晴天。昨日は少し降水があったんだろうか、なんかジメッとしてて不快。早速エアコンを稼働させようとしたが父が「ちょっと待て。掃除。」というので、掃除しろランプも点滅してるし、あぁそれもそうだなぁと思い、掃除をした。俺がフィルターを洗っていたのだが、父は事前の手順確認もなく、水で洗ったらダメと書いていたストリーマ集塵・防臭フィルターを見事に水で洗い、アップルパイのごとくホロホロと崩れてしまった。あーあ。父、やにわにセロテープを持ってきて継ぎ接ぎ、もうそれでは用をなさぬのを知ってか知らずかストリーマユニット装着。終わったね、お疲れさん。っじゃないでしょうよまぁググったら楽天で売ってたけどさフィルターだけ。1,500円を高いというべきか安いというべきか。昔は俺の専売特許だった高所作業、中枢神経作動薬なので極度にバランスというものがとれず、落下する危険確率高い。エアコンの掃除で死んだデブ男ときたら、みんなの物笑いの種になる。

watches 嫌われているとさぁ、なんとなくだけどわかるもんだよね。at C・K・C。元々実るあてもない果実。俺はもうそんな資格も権利もない。遠くから眺めるだけです。ええ。もう、それだけで充分。そこに在る限り受け続けるだけです。その視線を。どうなるわけでもないですから。なにも起こり得ないです。ダメなら、去りますこちらから。俺からはなにもすることないですし、なにもアクション起こすことはありませんから。姿かたちが鬱陶しいというのなら、きぐるみ着ていきます。なにがいいですか?ペリカン?パンダ?いいえ、なにも起こしません。俺は気づかないふりをしてます。それを見たらフリなのか本当に気づかないのかわからないでしょうが、気づかないフリです。そう思ってしまうと疲れてしまうので本当に気づかないのだろうと思っていたならそのほうが幸せですよね。そうしよう俺は気づいていない。そうなんだそうしよう。

command

 何かに取り憑かれたようにNetBSDの作業をしている。俺はクレイズィ~。一日ゲームをやってそれが仕事になるそしてお給金も同年代のそれより高いというプロゲーマーという職業があるという…俺のいまやっていること、金にならんのかいな。とても楽しいってことじゃないけど、俺の強迫観念がそれをさせているような気がする。このいわゆる、脳の病気は対象が多岐にわたっているのでう~ん、どうしたもんかいな。(23時8分)

 今日は俺の内科の診療所。会計、薬終わって10時前。その後所用で役所に行って、マックで昼食、フーデリアで買い物をして帰宅。夜まで寝る。

 オカンのメイラックス®があったっけな。飲もうか。

 はぁ…疲れた。まだ『NetBSD』に嵌って抜けられない。パッケージのインストールのところでDHCPに捕まってしまいかなーり時間をロス。リゾルブできずパッケージが見つからない、パッケージ・パスの設定が上手く行かずパッケージがないと言われること数十回ここでさすがにネットワークとかパスの問題だと気付けたのが良かった。アーキテクチャが「amd64」と設定するか「x86_64」と設定するかでパスが上手く通ったり通らなかったりするのだ。FTPサーバのインデックスが「amd64」と表記してあっても、何故「x86_64」でパスが通るのかわけわかんねぇ。でibus-anthy、ibus-mozcをインストール、設定して、gnomeをインストールだのえっとぉもう混沌としていて覚えていない。xorgがモジュール版でなんとかかんとか、あーもー疲れた。明日だ明日。終わる。

 おひとかた行方不明。おげんきですか。

 あぁ、あの一言が余計だったよなぁとか

 あんな言い方しなくてもいいじゃんみたいな。

 人の心は、学ばないといけないんだなぁ…って。

 さっぱり学んでないじゃん。

 俺はまた UNIXの世界へと逃げる。逃げる?

 また「うつ」の火の中に飛び込むような気がするが。

 どこが逃げ場だか俺にもわからない。

 あっ、薬…飲んでなかったね。

 ルボックス®が切られるかもしれない。

 サインバルタ®処方に代替されるかも。

 糖尿の神経障害疼痛に対する処方なんだが、

 いきなり切って大丈夫だろうか、ルボックス®。

 俺はルボックス®と二人三脚で、曝露療法に

 取り組んできた。そのルボックス®がいなくなる。

 大丈夫だろうか、俺。

 体中、脳中、悩みだらけだ。

 サー・トーマス・リプトンのアールグレイを

 飲みましょうかね。

 朝まで"NetBSD"と格闘していた。未だ克服ならず。"NetBSD信者"には鼻で笑われるだろうが、"GNOME"デスクトップ環境を構築しようと思っているのだ。cinnamonでもXfceでも良かったんだが、取り敢えず目についたのでGNOMEにしてみようかということにした。が、なんかねぇ、できないんだよ上手く。人生何事も上手く行くと思っていたら大間違いで、まぁ、そういうことなのかななどと思っている。「なんでpkg_addが通らないのよ?」と未明というか早朝というか変な時間にぼやきながらパソコンに向かっていた。あるかたによると、GNOMEのコンパイルに2日かかった(!)という。そんな悠長なことしてられない。まともに動くのはこのPCしかないのよ。バイナリで済ませたいんだけど。こないだ譲り受けることとなったノートPCも使ってるうちに挙動不審になり、フリーズが多発して、もはやソフト的云々とは言えない、つまりハードウェア的におかしくなっているんだな、プロセッサ、メモリ、ストレージ、まとめて交換しないと多分ダメなんだなというか、「買ったほうがはぇーじゃん?」レベルの状態。結構、「部品取り用」の機械に近いというか。これを譲ってくださったかたも、敏感にそれを肌で感じ、俺に託してくださったのだが、ハードウェア的な問題となると、要は経済の優劣と直結しており、まぁ俺にはどうにもできない。今はなんとかウェブサイトを閲覧するくらいはできているが、ちょっとタブを多く開いたりするともうフリーズである。如何ともし難い。ちょっとそれじゃストレスフルなので、NetBSDは小休止。というわけでWindows10を立ち上げてこれを書いている。いやぁ、なんだかんだ言ってもWindowsだね。まぁ、アンチWindowsの人も、いやぁ、なんだかんだ言ってもMacだねって感じだね。なんで『WindowsXPサポート切れ禍』の時、UNIXのシェアが上がらなかったか。こんなめんどくさくてギークしか手を出さないような作業満載で普通使おうなんて思わない。だって、ユーザーフレンドリーを拒絶してるんだもんUNIXは(まぁUNIXでも最近のMacは別らしいが)なんか、UNIXの人たちってなんか「頭よさげ」「インテリゲンチャ」を誇りたいみたいな感じ、ない?俺はそれに腹が立って、おーいいじゃねぇか、やってやろうじゃねーかUNIXとやらをよ、と、主にLinuxをいじってきたんだが、Linuxも主にUbuntu(Debian)系、Fedora系、他Gentoo系、Arch系、デスクトップ作っちゃうとまぁ、似たり寄ったりなんだよね。まぁ、ベース作りではかなりめんどくさいディストロもあるんだが、Linuxはちょっと置いといて、BSD系をやったわけ。FreeBSDは割とユーザーフレンドリーだったからそのつもりでNetBSDやったら、痛い目に遭うぞ。実際今痛い目に遭ってるし。ま、誰かの指揮命令に従ってこの作業やってるんだったら結構良いお給金になるだろうね。それをアマチュアワンルームワークでやっている俺の馬鹿さ加減のナリ見らっせぇ。カネに貪欲な人はそれもビジネスにしてしまうんだが、あれ?カネに貪欲なはずの俺がビジネスにできていない。ビジネスというか、そういうマネタリーマターの嗅覚が俺にはないんだと思う。なんていうの?"友人"、"知人"というものをあまり持たないという信条からか、コネが極端に少ない。ひきこもりだもんね、この状態で"友人"、"知人"がいる事自体奇跡に近い。俺は『3人以上人間が集まるとトラブルが起こる』という法則を発見し、1対1、つまり2人を超える集いには好んで近づかなかった。(勿論男女関係という場合は2人であってもトラブルが起きるが。)3人、4人、5人…となると、2対1、2対2、2対2対1になる確率が高い。昔から俺は"友人"と遊ぶ時は2人で遊んでいた。その記憶しかない。俺が滅多に群れない理由はそれだ。コネクション欠乏は救いようがないね。俺が快適に生きようと思ったらコネなんかできっこないもの。就職の時も、周囲では親のコネだとかで結構良い会社に就職した人達もいる。ところが父はそういうことをしなかった。「潔しとしない」とかいうんではなく、(自分ではないという意味での)他人に何かを施す、という概念が父にはないのだ。自由な人だ。父がコネを使ってくれれば、俺も今頃、某SNSで幸せ自慢していたかもしれないね。自分は親のコネで会社に入ったくせして、俺に対してはこの扱いかよ。犬以下だな、俺。まぁ俺はカネに嫌われているんだよな。きっと。入り口がUNIXでも結論はまたこれだ。「俺、もう死にたいよ」ってね。(13時5分)

 香取の『風土村』に行って食材を購入、弁当を買う。それから潮来の『ホームジョイ本田』に寄り母が鉢植えなどを購入(また植物が増える)。それからカシマサッカースタジアム~アントラーズクラブハウスを経由、神栖・平泉の『ケーズデンキ』に寄り、プリンタの黒インクカートリッジを購入。隣接するスーパーマーケット『カスミ』に寄った母が見つからないので探して歩いた。「終わったらカスミの前にいてね」と言ったのでカスミの前にいたが、母はケーズデンキの方からやってきた。自分で言ったことを守れない(笑)。うちに着くとバタンキュー。よっぽど疲れていたんだろう翌日の昼過ぎまで起きなかった。(翌々日)

 

 今日はNetBSDに挑戦してみた。難しい。根詰めてやり過ぎだと自分でも思う。デスクトップ環境が整わないと挫折感、敗北感を味わうことになる。精神衛生上よろしくない。やっても地獄、やらなくても地獄、あぁ、どうして俺って…。(翌日)

 FreeBSDのインストールデスクトップ環境構築が終わり、やれやれの間もなくOracle Solarisをインストールした。が上手くマルチブートできない。NetBSDも玉砕。多分丸2日ほとんど寝ずに作業していて疲れたんだと思う。集中力がない。それを能力がないと受け取ってしまい(いや、本当に能力がないのかもしれないが)じと~っと落ち込んでしまった。死にたい。最近、物事が上手く行かないとすぐ「死にたい」と結論づけてしまう。はぁ…。(翌日)

 火・水曜日と書かなかった。ごめんなさいね(誰に?)。俺は「謝る」ことが癖になっている。昨日も妹がリビングで躓いた時「あ、ごめん」と謝ってしまった。'93年から6年かけて培ってしまった変な癖だ。世の中の悪いこと不愉快なこと全部俺のせいだと思っていれば間違いはない、というのが根にあるのだ。

 日常の閉塞感が酷く、死にたい気持ちが強くなってきたので、なにか変わったことをしようということで、ちょっと『FreeBSD』を使ってみた。何言っているかわからない、という方もいよう。『FreeBSD』というのは『OS』、言うなれば『Windows』『Mac』『Android』『iOS』のようなものであってその中の『UNIX系』と呼ばれるものの一つ。同系統の中に『Linux』『BSD』『Solaris』…というのがあって、その中の『BSD』と呼ばれるものの一種である。まぁ、初心者にすれば、こんなめんどくさいものはない。何故なら、インストールしただけでは「デスクトップ環境」つまり、皆さんが今これを見ている『InternetExplorer』『Firefox』『Google Chrome』といったものがなく、壁紙もなければツールバーもない。ただ真っ黒い画面に「#」または「$」、「_」という記号があるだけ。これがコンソールと言って、前述の記号に続いて「pkg install firefox」と入力するとfirefoxをインストールできる。が、その前の段階として、#pkg install mateや#cd /etc/X11/ #vim xorg.conf #vim .xinitrc i export◯◯ Esc ZZ exec mate-session startxなんてのを入力していく。小難しく感じられるだろうが、実際は字面ほど難しくない。慣れちゃえば別にめんどくさくもない。ただ、マシン側が計算、作業している間は待ち時間で、画面いっぱいに記号やらわけのわからんアルファベットの羅列が流れているので、実際、やってる人は待っているだけなのだが、傍から見ると、「おー何だこのヒト、小難しいことやってるなぁ」という感じに見える。慣れてしまえば別に小難しいこともないのだ。待ち時間が長いだけで。その待ち時間、Firefoxでサイトを閲覧して…といきたいところだが画面が真っ黒で文字記号羅列流れる画面なので何もできない。ということで、俺はデスクトップPCの傍らに先日譲り受けたノートPCを置き、手順を確認したりウェブサイトを見たりしている。もしこれがなければ相当厳しい。記号文字の羅列を追っていることしかできないので。

 と、ここまで書いたのだけれど、精神状態は相変わらず悪い。やはり死んじゃいたいのだ。辛い。(16時28分)