合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

PC中身 ここのところ更新が滞り気味なのをお許し下さい。なんていうか、自分の趣味嗜好の機械いじりやシステム構築などに没頭するあまり日記のページを開くことが減っていました。まぁ、書いたとしてLinux、BSD、SolarisなどのUNIX群の専門的な用語の羅列となる日記になることは目に見えているのでできるだけ備忘録としての用途以外には使わないでおこうと思いましたが、まぁ、これも俺の一部、文を書いて金もらってるわけじゃなし、そのため遠慮をして表現を和らげることはしたくなしあまり世間様に屈服する必要もないので、まぁ好きに書いていきます。

 事が起こったのはUNIXマルチブートの作業をやっていた時だった。Windows10に戻って日記でも書こうと思って『Manjaro Linux Deepin』からWindows10に戻ろうとすると『Manjaro』がGRUBを書き損じたのかMBRが起動せずエラー。システムドライブだけ接続してfixbootとfixmbrやって起動すれば普通に起動する。でもHDD全部繋いで起動させるも起動しない。もうこれは解決不能と思い最後の手段にC/Dドライブが入っているTOSHIBAの2TBドライブを残して全てのドライブを一つずつ外す、設置する(SATAケーブルを抜き差しするってことね)して起動というのを繰り返してみると、一番新しい(一番あとに設置した)シーゲイトの2TBのドライブと組み合わせた時にダメになる。予備機のウエスタンディジタルの青箱の2TBドライブをつけてみたら何でもなく動く。…ちっ…シーゲイトかよ…シーゲイトってあまりいいって話聞かないんだけどやっぱりその程度のものかなぁ。予備機使いたくなかったんだけど…。よし、じゃぁこのWDの青箱を、時節でもあるしこう名付けよう。その名も『ひまわり9号』!お金に余裕がある時にでも、予備機買っておかないとな。いつダメになるかわからん。東芝か日立かWDがいいかな。シーゲイトはやめとこう。

 しかし…ユーザーにこれだけの労力を求める電化製品ってのも、なんかね。まぁ、俺みたいな使い方を想定してはいないのだろうけれど。やってないよね普通。こういう馬鹿げた使い方は。

パソコン壊れた。HDDのシステムディスクしか認識しない。更にキーボード壊れたみたい。しょうがないのでタブレット端末で日記を書いている。使いにくいことこの上無し。面倒なのでこれで終わる。

 今日も人生についてしみじみ考えることもなく、延々とパソコンを弄ったりしてるんだが、俺はパソコンを使って何かするというよりも、パソコンOSの再インストールだったり入れ替えだったりシステムを主に使っている。これSEっていうのかな(笑)。パソコンを、如何にして究極の便利家電にするかを考えてる。その途中途中で基幹OSのWindows10に戻ってきて日記など書いたりしている。うーん、BSDに手を出しちゃったもんで、また作業が増えた。そして、プライマリーパーティションにしかインストールできないBSDの為に環境を整えるため、500GBのHDD2基と2TBのHDDを1基、真っ更にした。これから、40システム前後のUNIX(Linux、BSD、Solaris、etc)をインストールすることになるが、先行き考えると鬱々としてくるので、あまり根を詰めずに進めたい。無理なんだろうな、「根詰めず」か…。

 しかし、11月になってしまったよ。エアコン生活だったので、今夏もそんなに発汗もなく、日照が少ないこともあって「夏だ元気だ」という感じでもないうちに晩秋。なんか、パソコン雑誌を待ってるうちに一ヶ月が過ぎ去っていく感じで、「何なんだこの生き方は」と自問せざるを得ない。

 台所に行くと、ゴキブリがいた。気温が低いためか幾分動きが鈍い感じで「しっかしグロテスクな生物だ」と一瞥し、見なかったふりをしてその場を去る。なんでかというと、スリッパでひっぱたくと中から変な色の内臓が露出し、汚いので。かかわりたくないの。そんなくだらない生活を今、送っている。

 幾分寒くなったのだろうか、みんな冬の装い。うちにも反射式石油ストーブがお目見えした。というのに俺は縞々の短パンを穿いている。傍らには、ジャージのズボンが畳んであるのだから、それをほんの一手間で穿けばいいのにさ、縞々の短パンだよこの男は。寒くはない。俺は体温高いので。

 今、俺の周りには、DVD-Rが散らばっている。UNIXで使うDVD-R。104枚収納のCD、DVDバッグを買ってきて、ケースのないスピンドル販売のCD、DVDを収納している。

 俺の部屋は大きい黒いコンテナーボックスが3つあって、そのおかげで、比較的片付いているが箱の中はどうなっているかというとメチャクチャである。これを目隠ししただけ。押し入れ収納みたいな半透明の箱だと片付いた感じがしないが不透明の黒だと割と良い。それから、判断を間違えて、半端もののCD-R(W)やDVD-R(W)を収納するケースとして買ったものが半透明なのでこれをちょっと改善せねばならん。CD・DVDのケース然とした不透明なものでもいいし、この際黒いコンテナーボックス買い足してもいいかも。写真掲載してもいいんだけれど、生憎カードリーダーが故障して取り込めない。まぁ、USB接続で取り込めないこともないんだけれど、端子が貧弱で壊れると嫌なのでできるなら使いたくない。このデジイチ(EOS kiss Digital X)は非常に古いので記録メディアはCFカード(コンパクトフラッシュ)である。SDが主流となった現在を思えば隔世の感がある。

 明日14時40分~16時まで、ひまわり9号打ち上げの動画が配信される予定。

 はぁ…。股関節が痛い。あまり長文になってもなんなのでね。今日はこれで終わる。(23時47分)

 鼻筋になんか腫れ物ができて見苦しいので銚子の皮膚科に行ってきた。なんかいきなり地元のクリニックに行きなさいと言われた。一応、抗生物質を処方されたが、信用していいんだか悪いんだか…んーもう医者通いは嫌なので気が進まなかったが母がうるさいので行ってきた。果たして今日の医師を信じていいもんか。眠い。

 今日は内科の診療所に行ってきた。HA1cは少し下がっていた。まぁノンカロリーの飲み物にしている効果が少し出てきたか。ついでにコーヒー豆がなくなったのでイオンのカルディに行って(マンデリンフレンチを)買い、ウエルシアで紅茶のアールグレイ(Lipton)のティーバッグを買ってきた。紅茶は葉っぱも沢山残っているのだけれど、一人で飲むのになんか不経済だなと思って。13時帰宅。少しパソコンでUNIXをいじったりしていたがなにぶん眠気がひどく、多分引き出しにあった誰かのメイラックスを飲んだのでそのせいかと思われる。夕方友人に電話をして、夕食を食べ、パソコンやろうとしたが眠くて眠くて仕方がなくそのまま寝てしまった。(これは後日記述したもの)

昨夜からずっと起きていてずっとGhostBSDにかかりきり。目が痛い疲れたやめればいいのにやめられないとまらないのかっぱえびせん状態だ何についても俺はこう。昔バンドをやっていて「ドラム上手い」というありがたい言葉を多数頂いたのは「できるまでやる」という俺の欠点というか能率効率無視した量的鍛錬の賜物。理屈だけではできないこともある。というか結構そういうものが多い。固執するというか粘着質。これも何かの障害の一種なのかもしれない。俺には判りかねるが。経験値というのが役に立つことがある。このGhostBSDにしても7、8回の再インストール状態だがなんとなくわかってきたような。基本コマンドは徐々に覚えつつある。UNIXの系統だからまぁ、Linuxと類似点・共通点あるんだけど、まったくなかったらクソ難しいからFreeBSD陣営側もそこんとこ大人で「長いものには巻かれろ」の精神で、Linuxソフトを動かせる仕組みにはなっているようだが。ここまでユーザーフレンドリーになっている。一方NetBSDは今のところ、そんなにユーザーフレンドリーではないような印象だが、もっと深みに嵌ってみると別の世界が見えてくるかもしれない。HDD3基に2つずつの基本領域、計6基本領域にBSDをインストールさせるつもりでいる。  まず初歩的つまづき


# pkg install zh-fcitx ja-fcitx-mozc zh-fcitx-configtool

で、pkgの指示通り~/.xinitrcに


export GTK_IM_MODULE=fcitx
export QT_IM_MODULE=xim
export XMODIFIERS=@im=fcitx
/usr/local/bin/mozc start
fcitx -r -d

という具合に書いとけばまぁ、テキストエディター日本語入力できるが、問題は一般のミーハーギーク が一番使うと思われる「ウェブブラウザで日本語入力」ができない。今のとこFirefoxでしか確認していな い が、他の、テキストエディターなどでは日本語入力できるのになぜできないかなー。 昨日から寝ずにやっていて、今まで寝てないからもうほんと目が疲れた。少しGhostBSDからちょい離れ、別OSの様子を見て何かヒントを貰えば何かフィードバッグできるかも(?)

 ご無沙汰いたしておりました。UNIX関係いじり倒していました。GhostBSDというのをインストールして、日本語入力環境を作るのに苦心していました。結局どうしたと言われると未だ未完成なわけです。もう一回と言わず何回でもできるまでやる所存です。でも正直ちょっと疲れています。目が特にね。眉間の筋肉っていうんでしょうかその辺りが痛くてマッサージすると気持ちいいんです。眉頭のあたりをぐるぐるとやると少し楽になります。

 えぇーっとこの間何があったかな…日曜日に成田の方の芝山の道の駅『風和里ふわり』に、亀の水槽に入れるホテイアオイを買いに行った。あとは色々寄ったから忘れた。最近フットワーク軽いが、これというのも強迫の症状のうち潔癖症の部分を一部克服したからに他ならない。トイレの心配がなくなったもんで、出先で食べることができるようになったので選択肢が増えた。ただ、前日から当日にわけて、下痢止めのロペミンを1シート飲んではいるが。ロペミンはお守りのようなものである。ロペミンがだめならもう、「リン酸コデイン」飲むしか方法はない。

 あとはそうだなぁ…25日火曜日に精神科の診療所に行ってきた。こないだの「ばっちぃばっちぃ」の人と「やきいも」の人のことを話した。先生にアドバイスを頂いた。ありがたいね。次回四週間後。あと今週のイベントは金曜日の内科の診療所。んーまぁ、地域中核病院に行ければいいのだけれど、どうせ内科の外来なんて研修医ばかりだし、ちょくちょく担当医が変わるし大学病院から派遣された医師はいつの間にかいなくなってたりするし待つし近所の病院に行ってくださいと追い出されるしでいいことないから相当悪くなりでもしない限り診療所(いわゆる「クリニック」ね)に通うことにした。手術でもない限りやることそんなに変わらないんだよね。だからいいのだ。疲れたなロヒ飲んで寝ようか。常用していないので効きが強い!眠くてしょうがない(当たり前だ睡眠薬なんだから)。ひとまず終わる。(8:00)

 ここ最近、ずっとネットでYMOの回顧録を読んだりとか往年のアルバム(主に『BGM』)を聴いたりしていた。『BGM』の頃の細野さんと教授はものすっごく仲が悪く、一触即発で険悪な空気が漂っていたという。

 昨日も書いたけれど俺もYMOのコピーやっていたバンドは、Kくんと俺の間にSくんがいたんだけど、そのSくんもペラッペラ喋るから、内緒なんて通じなかった。Kくんは俺の悪口を陰でさんざん言ってたみたいだし、その逆もまた然り。Kくんは俺のこと大っ嫌いだろうし俺もKくんのことは大っ嫌い。相性が悪い。Sくんも信用という点では好きになれなかったね。

 それ以降、高校でやってたバンドでも色々あったけど、そこまで嫌いになった人っていないな。Kくんが俺が35kg減量した時も「豆々、もっと太れよ。俺の知ってる豆々じゃないよ。太れよ」と言い続けたKくんの言いなりにはならなかったし。何故太らなきゃならないんだ。Kくんが高校行ってからマックスコーヒー飲んで太ったという。それと何か関係あるのか。Kくんにとっちゃ、自称「かっこいい」Kくんをより引き立てるためには「よりかっこ悪い」豆々でなければならなかったんだろう。腹黒い。まぁそれから30年、違う形でKくんが望むようになったけどね。彼にとっちゃ、自分が全曲ドラム叩いて、俺は専門外のシンセベースをステージの端っこでぽつーんと弾いてりゃよかったんだよな。自称「かっこいい」Kくんと「本格派」Sくんをフィーチャーしたバンドその他一名いるよみたいなね。糞ったれ。今俺がKくんに会ったらKくん手を叩いて喜ぶかな。そうだろうな(笑)

 人寄れば確執が生まれる。やなもんだね。

 YMOなんか見聴きしちゃったもんだからずっと腹の底に持っていた淀みが表にでてきた。はぁー。YMOってキーワード、鬼門だったかなぁ。(笑)

 最近、YMOの動画だったり回想録のようなものを見ている。うーん。やっぱり3人とかって軋轢起きるよなぁ。なんか、俺も中学校の時YMOのコピーバンドやっていて、3人でやっていたりしたけどKくん、Sくんなんか顔も見たくないもんね。二人はカシオペア話で盛り上がっていればいい。Sくんは多分Kくんと俺との間の緩衝材みたいになっていたけれど、「いつでも傍観者」って態度が気に入らなかった。Kくんはおいしいとこ全部持っていってしまうのが気に食わなかった。俺は自称「かっこいい」Kくんと、「本格派」Sくんとはちがうおまけ的な存在。いてもいなくてもいいというか、そうではないか、二人の「引き立て役」だったのかなぁ。うん。感情出せればいいんだけれど、どうせ負け犬の遠吠えみたいな感じがありありなので二人の会話が始まると俺はそっとその場から立ち去るより仕方がなかった。三人はやっぱり「二対一」になってしまうことが多いね。バンドかぁ、バンドね…。イベント用バンドならいいけれど、パーマネントバンドとなるとね…きついかもしれない。俺には味方はいなかった。さびしいね。

 99年の夏、彼女との軋轢顕著となった日々のある日、彼女に豊島園に行かないかと誘われ、行った。心ここにあらず、という感じ。以来、豊島園は大嫌い。腕時計『アルバ スプーン』も大嫌い。これも、元カノに99年6月の俺の誕生日に貰った腕時計。無造作に部屋の隅に置かれていたが、程なくして壊れ、廃棄。こういったゆかりによるモノを非常に大切にする俺にしては、非情な扱いをされたモノであった。高校入学の時買ってもらったSEIKOのクロノグラフが、もう止まっていて要メンテではあるが、きれいに保たれているのとは正反対の扱いになっている。