合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

東洋経済オンライン 箕輪 厚介・記 『「ネットいじめエンタメ」が日本をダメにする 知性のない「正論」で誰かを攻撃しても不毛だ 』より抜粋。


 私は「正論」が嫌いだ。就職試験のエントリーシートに「あなたの座右の銘を教えてください」という欄がある場合には「正しいことより楽しいことを」と書いていた。「正しさ」は警察や裁判官、政治家、ジャーナリストなど立派な人たちに任せ、ひたすら「楽しさ」を追い求めることで、世の中をより多様でより面白くする編集者になりたいと考えていた。

 編集者として仕事をする今は、ぶっ飛んでいたり、社会の異物のような人間を日々探している。しかし、最近はかつてのホリエモンのような、面白い「暴れん坊」がいなくなったと感じている。それは、現代の日本で、気色が悪いほどに「正論」があふれていることが原因ではないか。

SNS上にあふれる「正論テロ」

 今日もツイッターなどのSNS上では、学級委員ズラをした人たちが、悪さをした人間を吊し上げ、徹底的に追及する。ベッキーさんの不倫が報じられた時がいい例だ。「ファンを裏切った」「不倫はいけない」「奥さんの気持ちを考えろ」など、反論の余地のないごもっともな意見で他者をバッシングする人が現れる。

 たとえ、おめでたいはずの結婚のニュースであっても、それが「できちゃった婚」の可能性があると分かった途端に、「ちゃんと順番守ろうね」「恥ずかしいですね」といったコメントがあふれる。ただ、はっきり言って、「不倫」や「できちゃった婚」など、彼らの人生にはまったく関係ないはずだ。

 しかし、自分より幸せそうなタレントや政治家、人気企業が、少しでも世の中の正義や倫理から外れたことをすると、絶対に見過ごさない。この一連の「中世の魔女狩り」ならぬ、現代の“正論テロ”は、ターゲットが「降板」や「活動休止」、「辞任」など具体的な痛手を負うまで、収まることは決してない。

 はっきり言おう。彼らに確固たる信念などはない。ただ人気者や権力者が叩かれるさま、落ちていく姿を、「エンタメ」として見てみたいだけなのだ。そして、巧妙でタチが悪いのは、彼らが「正論」を武器にしているところである。

 「正論」には、誰もかなわない。誰が聞いても正しいことを言っている人を、取り締まることはできないからだ。ゲーム感覚で人をおとしめようという彼らだが、残念ながら主張だけ聞くとまっとうといえる。「不倫はいけないことですよね?」と言われてしまえば、誰も何も言い返せない。

 しかし、考えてみて欲しい。バッシングのための「正論」なんかには、何の価値もない。新たな価値創造をしているわけでもなく、ただ誰もが知っているルールを、我が物顔で言っているだけだ。

 最近は、資生堂インテグレートのCMで「25歳からは女の子じゃない」という表現が「女性差別、セクハラ」との批判を浴びた。女性からの批判はまっとうで、悪意の「正論テロ」とは違うように思えるかもしれないが、この中には「正論テロリスト」が間違いなく紛れ込んでいる。彼らは、何でもかんでもケチをつけて、一流企業が慌てふためく姿に快感を覚えているだけなのだ。結果的にこのCMは放送休止に追いやられた。

「正論信仰」がすべてをつまらなくする

 「正論テロ」は、「凡人」が努力もせずに、何者かになったという幻想に浸れる、コスパのよいエンタメなのだ。本来、「凡人」が何者かになるには、圧倒的努力と実績が必要だった。しかし、SNSがある今、スマホ片手に「正論テロ」を起こし、人気者をたたき落とすだけで手軽にそうした感覚が味わえる。

 しかし、実際には何の価値も生み出さない行為であり、こんなものが蔓延している限り、この国はますますつまらなく、小さくなっていくだろう。だからこそ、まずは自らの信念を持って行動し、「正論テロ」なんかに惑わされない態度でいることが大切ではないだろうか。

 日本では小さいころに親から、「みんな我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」と教えられ、インドでは「あなたも迷惑をかけるのだから、相手の迷惑も受け入れなさい」と教えられると聞いたことがある。日本人のモラルの高さは誇るべきところだが、それが行き過ぎると息苦しい監視社会のようになり、多様性が失われていくだろう。

 「正しさ」の徹底は危険だ。なぜなら、そこからハミ出す他者を認めないからだ。自分が正しくあろうとするのは立派だが、それを人に押し付ようとした瞬間、暴力になる。戦争はどちらかが悪だから起こるのではない。お互いが自分の「正義」を主張し合った末に起こるのだ。われわれから見ればIS(イスラム国)は「悪」だが、イスラム国から観たら我々が「悪」であり、この戦いはどちらか一方を物理的に潰さない限り、答えは出ない。

 誰もが自警団のようにパトロールし、悪事に目を光らせる社会では何も生み出さない。みなが揚げ足を取られないように、表通りを歩くのを避け、引きこもるようになる。しかし、社会を変えるのはいつだって、常識に囚われない変人である。「イノベーションが必要だ」というセリフはそこかしこで聞かれるが、まずは「正論」信仰をやめるべきではないだろうか。(おわり)

 ここ一週間十日ばかり、ガス型過敏性腸症候群のかたの辛さをほんの少しだけど体験している。まず、口にしているものの原因。強炭酸の人工甘味料入りのソフトドリンク。カロリーゼロを謳って売っている清涼飲料水。ゼロコーラとかゼロサイダー、ゼロレモンスカッシュとかそういうものを飲んでいると人工甘味料は消化吸収されないので食物繊維と同じでお通じがよくなる、また、炭酸ガスは腸を通って体外に排出される。加えてそういった飲料に入っている難消化性デキストリンもつまるところ食物繊維なので更に通じが良くなる。屁がでやすくなるのは至極当然のことで何発もブースカブースカ屁をこいている。まぁ、その、こいている場所が自宅の自室だからまったくもって周囲への気遣いなんてことをしなくていいんだが、これが外だったら大変だ…俺も外出先の便意がとても怖かった。こういうことで精神的不安定を招くのはQOLの悪さ極まりない。

プロンプト さて、FreeBSD、デスクトップ環境間際まで行きながらツールバー、タスクバーが出現せず、なんにもないただの壁紙だけのデスクトップ環境になってしまったので、なんにもできないじゃん。「Ctrl」+「Alt」+「F1」でプロンプトに戻るも入力できない状態だったので電源プチッ。いろいろ、参照しながらその通りにやってるんだけどねぇ…うまくいかないやね。人生と同じ。UNIXについてはなぜやろうと思ったかって言うと、単純に面白いOSだなぁって思ったことと、マルチブートでブートメニュー選ぶと、同じ機械から毛色の違った幾つものOSを立ち上げることができる。それはいくつが限界か…とかね。まぁ結局はHDD/SSDの容量、台数に依存するだけなんだろうな、と、だいたい判ってはいるんだけど、実際やってみると意外に楽しい。UNIXってLinuxだけじゃないしね。BSDがあればSolarisもありMacOSXもそう。Macは別に積極的に使おうとは思わないんであれだけど。Macはねぇ、尾崎豊とおんなじで、それそのものよりもそのファンが嫌い。俗なWindowsよりギークなLinuxよりアーティスティックなMacを選択した自分に酔いつつ、カフェでMacBookを開く自分のセンスってなんて素敵なんだろう、っていう。更にWindows使いを蔑視し、鼻で嘲笑する、といった習性を持っている。

ダイヤルモカ ところで、参照用に使おうと思っていたWindows10のノートブックは、余りに動きがトロく、ギクシャクして使いもんにならない。Internet Explorer11を立ち上げると5分後に起動する。目当てのページに飛ぶと3分後にウェブページが表示されるという有様なので、ダメだこりゃ、ということでWindows10を消してホールディスクでUbuntu16.04LTSを入れてしまった。俺はそんなに軽いOSが好きというわけでもないのでこのOSをチョイスした。やっとまともに参照できる機械になったのでこれからはもっとスムーズに使えるようになったのはいいが、WindowsMeの頃のスキャナがUnuntu16.04LTSのもとで動くのかどうか、ドライバーを探さないと。あるのかそんなもの。と思ったらあったのでいまインストールした。動作正常。問題なし。

 明日…ドライブに行った時眠くならないように、カフェイン製剤を買ってきた。折角のドライブ、寝てしまったんじゃ、余りに勿体無いからね。効きますように…。(翌2時7分)

 ここのところ精神状態が比較的良かった日が続いた。一昨日まで10日くらい続いただろうか。例の件でズドンと地中深く落ちた。俺にとっては辛い辛い出来事だった。死にたい。食事も美味くない。

 で一方、アメリカではトランプが勝利。「世界は終わった」と思った。俺も人生終わり。

田舎 6日の日曜日に、妹と成田の方の『芝山』の道の駅『風和里』に行ってきた。野菜を購入。妹が、ソフトクリーム(260円)食べよう、というので食べた。美味しい。

 旭の『季楽里』にも同じようなソフトクリームがあるが400円もする。旭の『季楽里』は一回行ったらいいや。商工会かなんかの提案で価格を高く設定したらしいが、全くピントずれてる。金持ちには貧民の購買意欲の基準云々はわからないだろう。もう二度と行きたくない。ちょっと極論だが月給60万くらい、ボーナス2回合わせて年収1千万くらいないと、デフレは消えないと思う。価格決めた人はその実情を知らないようだ。「安い」が購買意欲を刺激するように慣れてしまった人々、消費者たちは財布の紐を緩めたがらない。もうデフレマインドは消えないだろう。

 

神栖市街 今夜、妹が、録画したケンケンと菅沼孝三の娘、サザンのギターが出演した関ジャニの番組を見ようと言ってきた。一生懸命我慢してその録画を耐え、見た。俺はこの手の番組が苦手だ。バンド云々というのが。見てて辛くなるんだ。妹も察したようだが。ほんと俺は、一生懸命我慢してその録画を見た。辛かった。俺に「ドラムやってた頃のようにイキイキしてもらいたい」、との気持ちだったのだろうか。ごめん。俺、それものすごく辛いんだよ。俺は今は、バンドなんかやるより、ドライブのほうが楽しいんだ。あんな過去にすがって生きるの、ものすごくつらい。ひよりちゃんごめん、死にたくなってきちゃった。君のせいじゃない、俺に原因があるんだ。だけど、ものすごく辛いんだよ。ごめん。

 もう寝るわ。あぁ死にたいなぁ…。(翌2時46分)

 

PC中身 ここのところ更新が滞り気味なのをお許し下さい。なんていうか、自分の趣味嗜好の機械いじりやシステム構築などに没頭するあまり日記のページを開くことが減っていました。まぁ、書いたとしてLinux、BSD、SolarisなどのUNIX群の専門的な用語の羅列となる日記になることは目に見えているのでできるだけ備忘録としての用途以外には使わないでおこうと思いましたが、まぁ、これも俺の一部、文を書いて金もらってるわけじゃなし、そのため遠慮をして表現を和らげることはしたくなしあまり世間様に屈服する必要もないので、まぁ好きに書いていきます。

 事が起こったのはUNIXマルチブートの作業をやっていた時だった。Windows10に戻って日記でも書こうと思って『Manjaro Linux Deepin』からWindows10に戻ろうとすると『Manjaro』がGRUBを書き損じたのかMBRが起動せずエラー。システムドライブだけ接続してfixbootとfixmbrやって起動すれば普通に起動する。でもHDD全部繋いで起動させるも起動しない。もうこれは解決不能と思い最後の手段にC/Dドライブが入っているTOSHIBAの2TBドライブを残して全てのドライブを一つずつ外す、設置する(SATAケーブルを抜き差しするってことね)して起動というのを繰り返してみると、一番新しい(一番あとに設置した)シーゲイトの2TBのドライブと組み合わせた時にダメになる。予備機のウエスタンディジタルの青箱の2TBドライブをつけてみたら何でもなく動く。…ちっ…シーゲイトかよ…シーゲイトってあまりいいって話聞かないんだけどやっぱりその程度のものかなぁ。予備機使いたくなかったんだけど…。よし、じゃぁこのWDの青箱を、時節でもあるしこう名付けよう。その名も『ひまわり9号』!お金に余裕がある時にでも、予備機買っておかないとな。いつダメになるかわからん。東芝か日立かWDがいいかな。シーゲイトはやめとこう。

 しかし…ユーザーにこれだけの労力を求める電化製品ってのも、なんかね。まぁ、俺みたいな使い方を想定してはいないのだろうけれど。やってないよね普通。こういう馬鹿げた使い方は。

パソコン壊れた。HDDのシステムディスクしか認識しない。更にキーボード壊れたみたい。しょうがないのでタブレット端末で日記を書いている。使いにくいことこの上無し。面倒なのでこれで終わる。

 今日も人生についてしみじみ考えることもなく、延々とパソコンを弄ったりしてるんだが、俺はパソコンを使って何かするというよりも、パソコンOSの再インストールだったり入れ替えだったりシステムを主に使っている。これSEっていうのかな(笑)。パソコンを、如何にして究極の便利家電にするかを考えてる。その途中途中で基幹OSのWindows10に戻ってきて日記など書いたりしている。うーん、BSDに手を出しちゃったもんで、また作業が増えた。そして、プライマリーパーティションにしかインストールできないBSDの為に環境を整えるため、500GBのHDD2基と2TBのHDDを1基、真っ更にした。これから、40システム前後のUNIX(Linux、BSD、Solaris、etc)をインストールすることになるが、先行き考えると鬱々としてくるので、あまり根を詰めずに進めたい。無理なんだろうな、「根詰めず」か…。

 しかし、11月になってしまったよ。エアコン生活だったので、今夏もそんなに発汗もなく、日照が少ないこともあって「夏だ元気だ」という感じでもないうちに晩秋。なんか、パソコン雑誌を待ってるうちに一ヶ月が過ぎ去っていく感じで、「何なんだこの生き方は」と自問せざるを得ない。

 台所に行くと、ゴキブリがいた。気温が低いためか幾分動きが鈍い感じで「しっかしグロテスクな生物だ」と一瞥し、見なかったふりをしてその場を去る。なんでかというと、スリッパでひっぱたくと中から変な色の内臓が露出し、汚いので。かかわりたくないの。そんなくだらない生活を今、送っている。

 幾分寒くなったのだろうか、みんな冬の装い。うちにも反射式石油ストーブがお目見えした。というのに俺は縞々の短パンを穿いている。傍らには、ジャージのズボンが畳んであるのだから、それをほんの一手間で穿けばいいのにさ、縞々の短パンだよこの男は。寒くはない。俺は体温高いので。

 今、俺の周りには、DVD-Rが散らばっている。UNIXで使うDVD-R。104枚収納のCD、DVDバッグを買ってきて、ケースのないスピンドル販売のCD、DVDを収納している。

 俺の部屋は大きい黒いコンテナーボックスが3つあって、そのおかげで、比較的片付いているが箱の中はどうなっているかというとメチャクチャである。これを目隠ししただけ。押し入れ収納みたいな半透明の箱だと片付いた感じがしないが不透明の黒だと割と良い。それから、判断を間違えて、半端もののCD-R(W)やDVD-R(W)を収納するケースとして買ったものが半透明なのでこれをちょっと改善せねばならん。CD・DVDのケース然とした不透明なものでもいいし、この際黒いコンテナーボックス買い足してもいいかも。写真掲載してもいいんだけれど、生憎カードリーダーが故障して取り込めない。まぁ、USB接続で取り込めないこともないんだけれど、端子が貧弱で壊れると嫌なのでできるなら使いたくない。このデジイチ(EOS kiss Digital X)は非常に古いので記録メディアはCFカード(コンパクトフラッシュ)である。SDが主流となった現在を思えば隔世の感がある。

 明日14時40分~16時まで、ひまわり9号打ち上げの動画が配信される予定。

 はぁ…。股関節が痛い。あまり長文になってもなんなのでね。今日はこれで終わる。(23時47分)

 鼻筋になんか腫れ物ができて見苦しいので銚子の皮膚科に行ってきた。なんかいきなり地元のクリニックに行きなさいと言われた。一応、抗生物質を処方されたが、信用していいんだか悪いんだか…んーもう医者通いは嫌なので気が進まなかったが母がうるさいので行ってきた。果たして今日の医師を信じていいもんか。眠い。

 今日は内科の診療所に行ってきた。HA1cは少し下がっていた。まぁノンカロリーの飲み物にしている効果が少し出てきたか。ついでにコーヒー豆がなくなったのでイオンのカルディに行って(マンデリンフレンチを)買い、ウエルシアで紅茶のアールグレイ(Lipton)のティーバッグを買ってきた。紅茶は葉っぱも沢山残っているのだけれど、一人で飲むのになんか不経済だなと思って。13時帰宅。少しパソコンでUNIXをいじったりしていたがなにぶん眠気がひどく、多分引き出しにあった誰かのメイラックスを飲んだのでそのせいかと思われる。夕方友人に電話をして、夕食を食べ、パソコンやろうとしたが眠くて眠くて仕方がなくそのまま寝てしまった。(これは後日記述したもの)

昨夜からずっと起きていてずっとGhostBSDにかかりきり。目が痛い疲れたやめればいいのにやめられないとまらないのかっぱえびせん状態だ何についても俺はこう。昔バンドをやっていて「ドラム上手い」というありがたい言葉を多数頂いたのは「できるまでやる」という俺の欠点というか能率効率無視した量的鍛錬の賜物。理屈だけではできないこともある。というか結構そういうものが多い。固執するというか粘着質。これも何かの障害の一種なのかもしれない。俺には判りかねるが。経験値というのが役に立つことがある。このGhostBSDにしても7、8回の再インストール状態だがなんとなくわかってきたような。基本コマンドは徐々に覚えつつある。UNIXの系統だからまぁ、Linuxと類似点・共通点あるんだけど、まったくなかったらクソ難しいからFreeBSD陣営側もそこんとこ大人で「長いものには巻かれろ」の精神で、Linuxソフトを動かせる仕組みにはなっているようだが。ここまでユーザーフレンドリーになっている。一方NetBSDは今のところ、そんなにユーザーフレンドリーではないような印象だが、もっと深みに嵌ってみると別の世界が見えてくるかもしれない。HDD3基に2つずつの基本領域、計6基本領域にBSDをインストールさせるつもりでいる。  まず初歩的つまづき


# pkg install zh-fcitx ja-fcitx-mozc zh-fcitx-configtool

で、pkgの指示通り~/.xinitrcに


export GTK_IM_MODULE=fcitx
export QT_IM_MODULE=xim
export XMODIFIERS=@im=fcitx
/usr/local/bin/mozc start
fcitx -r -d

という具合に書いとけばまぁ、テキストエディター日本語入力できるが、問題は一般のミーハーギーク が一番使うと思われる「ウェブブラウザで日本語入力」ができない。今のとこFirefoxでしか確認していな い が、他の、テキストエディターなどでは日本語入力できるのになぜできないかなー。 昨日から寝ずにやっていて、今まで寝てないからもうほんと目が疲れた。少しGhostBSDからちょい離れ、別OSの様子を見て何かヒントを貰えば何かフィードバッグできるかも(?)

 ご無沙汰いたしておりました。UNIX関係いじり倒していました。GhostBSDというのをインストールして、日本語入力環境を作るのに苦心していました。結局どうしたと言われると未だ未完成なわけです。もう一回と言わず何回でもできるまでやる所存です。でも正直ちょっと疲れています。目が特にね。眉間の筋肉っていうんでしょうかその辺りが痛くてマッサージすると気持ちいいんです。眉頭のあたりをぐるぐるとやると少し楽になります。

 えぇーっとこの間何があったかな…日曜日に成田の方の芝山の道の駅『風和里ふわり』に、亀の水槽に入れるホテイアオイを買いに行った。あとは色々寄ったから忘れた。最近フットワーク軽いが、これというのも強迫の症状のうち潔癖症の部分を一部克服したからに他ならない。トイレの心配がなくなったもんで、出先で食べることができるようになったので選択肢が増えた。ただ、前日から当日にわけて、下痢止めのロペミンを1シート飲んではいるが。ロペミンはお守りのようなものである。ロペミンがだめならもう、「リン酸コデイン」飲むしか方法はない。

 あとはそうだなぁ…25日火曜日に精神科の診療所に行ってきた。こないだの「ばっちぃばっちぃ」の人と「やきいも」の人のことを話した。先生にアドバイスを頂いた。ありがたいね。次回四週間後。あと今週のイベントは金曜日の内科の診療所。んーまぁ、地域中核病院に行ければいいのだけれど、どうせ内科の外来なんて研修医ばかりだし、ちょくちょく担当医が変わるし大学病院から派遣された医師はいつの間にかいなくなってたりするし待つし近所の病院に行ってくださいと追い出されるしでいいことないから相当悪くなりでもしない限り診療所(いわゆる「クリニック」ね)に通うことにした。手術でもない限りやることそんなに変わらないんだよね。だからいいのだ。疲れたなロヒ飲んで寝ようか。常用していないので効きが強い!眠くてしょうがない(当たり前だ睡眠薬なんだから)。ひとまず終わる。(8:00)

 ここ最近、ずっとネットでYMOの回顧録を読んだりとか往年のアルバム(主に『BGM』)を聴いたりしていた。『BGM』の頃の細野さんと教授はものすっごく仲が悪く、一触即発で険悪な空気が漂っていたという。

 昨日も書いたけれど俺もYMOのコピーやっていたバンドは、Kくんと俺の間にSくんがいたんだけど、そのSくんもペラッペラ喋るから、内緒なんて通じなかった。Kくんは俺の悪口を陰でさんざん言ってたみたいだし、その逆もまた然り。Kくんは俺のこと大っ嫌いだろうし俺もKくんのことは大っ嫌い。相性が悪い。Sくんも信用という点では好きになれなかったね。

 それ以降、高校でやってたバンドでも色々あったけど、そこまで嫌いになった人っていないな。Kくんが俺が35kg減量した時も「豆々、もっと太れよ。俺の知ってる豆々じゃないよ。太れよ」と言い続けたKくんの言いなりにはならなかったし。何故太らなきゃならないんだ。Kくんが高校行ってからマックスコーヒー飲んで太ったという。それと何か関係あるのか。Kくんにとっちゃ、自称「かっこいい」Kくんをより引き立てるためには「よりかっこ悪い」豆々でなければならなかったんだろう。腹黒い。まぁそれから30年、違う形でKくんが望むようになったけどね。彼にとっちゃ、自分が全曲ドラム叩いて、俺は専門外のシンセベースをステージの端っこでぽつーんと弾いてりゃよかったんだよな。自称「かっこいい」Kくんと「本格派」Sくんをフィーチャーしたバンドその他一名いるよみたいなね。糞ったれ。今俺がKくんに会ったらKくん手を叩いて喜ぶかな。そうだろうな(笑)

 人寄れば確執が生まれる。やなもんだね。

 YMOなんか見聴きしちゃったもんだからずっと腹の底に持っていた淀みが表にでてきた。はぁー。YMOってキーワード、鬼門だったかなぁ。(笑)

 最近、YMOの動画だったり回想録のようなものを見ている。うーん。やっぱり3人とかって軋轢起きるよなぁ。なんか、俺も中学校の時YMOのコピーバンドやっていて、3人でやっていたりしたけどKくん、Sくんなんか顔も見たくないもんね。二人はカシオペア話で盛り上がっていればいい。Sくんは多分Kくんと俺との間の緩衝材みたいになっていたけれど、「いつでも傍観者」って態度が気に入らなかった。Kくんはおいしいとこ全部持っていってしまうのが気に食わなかった。俺は自称「かっこいい」Kくんと、「本格派」Sくんとはちがうおまけ的な存在。いてもいなくてもいいというか、そうではないか、二人の「引き立て役」だったのかなぁ。うん。感情出せればいいんだけれど、どうせ負け犬の遠吠えみたいな感じがありありなので二人の会話が始まると俺はそっとその場から立ち去るより仕方がなかった。三人はやっぱり「二対一」になってしまうことが多いね。バンドかぁ、バンドね…。イベント用バンドならいいけれど、パーマネントバンドとなるとね…きついかもしれない。俺には味方はいなかった。さびしいね。