合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

Ceylon Orange Pekoe 糖尿病が酷くなって近隣の(と言ってもクルマで40分)「地域中核総合病院に行って聞いてきて」くれと紹介状を書いてもらった。ソフトドリンク(いわゆるジュース類)がダメ。甘い菓子もダメ、糖質ダメ、ダメダメダメって…自分が蒔いた種子なんだが。ホットケーキ食いたい。食いたい食いたい食いたい!…俺の愉しみはコーヒー、紅茶くらいなんだろうな、添え物としてほんの小さなチョコレートくらいならいいんだけどね。だめかぁ…あれもこれも、ダメかぁ。俺の愉しみがどんどんなくなっていく。嗜好品だもの値段もそこそこ高いし。俺、甘いもので生きていたから非常に残念。長らく不摂生してきたから、その報いだな。

English Breakfast 折角アソートティーがあるのだから、いつもアールグレイばかりでなくて他のも飲んでみようと思ってイングリッシュブレックファスト、プリンスオブウェールズ、セイロンオレンジペコーを飲み比べてみた。どれもいいんだよなぁ。セイロンOPが好みかも知れない。だからと言って他の二つが劣っていると感じたわけではない。今の気分に一番合ったのがこれ、ということなんだろう。

 横になったら眠ってしまったようで只今翌12時8分。話を続ける気がしないので一旦これで終わる。(翌12時11分)

カミスココくん 右の奇妙なキャラクターは神栖市の公認キャラクター『カミスココくん』という。形がこうなので着ぐるみに向かないような気がするが、中の人は大変じゃなかろうか。これ考えた人は県外のかただったと記憶しているが、矢印棒で神栖の位置を指しながら昼夜頑張っているわけである。なかなかいいな、と、俺もこのキャラクターに一票投じたわけ。何故ボディが水色なのか。ここで一口情報。カミスココくんには声がない。ある神栖出身の女性が「カミスココくんの声をやります」と言ったらしいが、市側から「イメージが固定してしまう」ということで断られたそうだ。あんまりふなっしーはめざしてないらしい。

 魅力度全国最下位の定位置を動く様子のない茨城県だが、県としては『順位アップの活動はしておりません』とのこと。まぁ、あのランキングには悪意があるから別に上位になったらなったでひと悶着ありそうだから(栃木・群馬が喧嘩吹っかけてくるしね)橋本昌県知事も「これでいいんじゃないですか?」という旨話していたので、別にねぇ、なんていうか『日本のいじめられっ子県』ていう位置に鎮座していますからねぇ毎回毎回。このアンケート自体に「茨城県をビリにしてやろう」とする悪意の回答者が、ことごとく「茨城県にだけはビリになってほしいから票を入れない」という人達が回答してるんでしょ?「どこに一票入れてもいいから、ゆめゆめ、茨城県にだけは票を入れないでちょうだい」というなにかの力が働いている。確かに、茨城県は何の取り柄もないです。自然っつったって『東電福1』の事故でなにもかも放射能まみれ。魚も被曝植物も被曝。なんもないですよ。

 そんな茨城県の南東部に位置する神栖市。俺の住んでいる土合どあい地区はもともと昭和44年辺りから鹿島コンビナートの労働者とその家族が4階5階建ての集合住宅(いわゆる団地)に住んでおり、数年後にはその住人は家を建てて社宅を出ていき(うちもそのクチである)、社宅跡地の敷地も固定資産税がバカにならないと会社が宅地として売却したので、お隣の銚子市はじめ、近隣のかたご家族が、社宅跡に家を建てて住んでいる。というのもここ土合地区には『女性・子どもセンター』などの施設や遊具施設があり施設が充実している(実は銚子の子供も越境して遊びに来ている。)こと、奇跡的に3.11の震災で津波が来なかったこと(多分まぐれ)と液状化の被害が皆無だったこと(これも多分まぐれ)が決め手となっているようだ。

 隣り町のことをこういうふうに言うのも気の毒なんだが銚子はすっかり寂れてしまい、ケチの付けはじめとなってしまった、唯一のデパートだった『十字屋』の迷走・閉店とその後のごたごたで浸食はそこから始まり、『十字屋』と並ぶモールだった『シティオ』は今やパチンコ屋に成り下がり、パチンコする人はいいが他大多数にとっちゃどーでもいい。

 銚子駅前で今もなにくそ元気に営業しているのは目立つところで言えば『油屋金物店』くらい。俺が幼少の頃通った耳鼻科だった跡地にはガストが建っている。銚子銀座と呼ばれた商店街もシャッター街となって、目につくのは婦人向け洋品店や先輩がやっている美容室…くらいだろうか。こないだ年内いっぱいで閉店になった『藤村ベーカリー』なきあと、残ってるのは前述の店や診療所(いわゆる内科小児科etcクリニック然としている病院)以外はひっそりとしている。健在なのは県道244号ぞいのヤマサ醤油工場と「いのうえパン」改め『お菓子のいのうえ』。『飯沼観音』のほうに行けば、同級生が『さのや』という今川焼店を営んでいる。また、定期的に飯沼観音の門前で『軽トラ市』というのをやっている。軽トラを売っているんではなく、軽トラの移動店舗がやってきてそこでいろいろ売っているんだろう。行ったことがないが。『軽トラ市』のサイトの会員を見たらまだ健在な店もあるようだが、なにぶんアーケード取っちゃったもんでどこがどこやらさっぱりわかんないや。もう銚子銀座~銚子駅前の店、全然わかんね。最近銚子でクルマを降りるなんざ、医者行く時か、イオンモール行く時ぐらいだもんね。

 そんな銚子市に解決策はあるんだろうか。俺にはそんな気力もパワーを無いが、カギを握るのは、東京在住のあいつら。あいつらならなにかやらかしてくれるかもしれない。

 と、糖尿のとっつぁんが文章らしきものを書いた。

 今日は精神科。俺は、精神の病気なのであらゆる言動がおかしい。巻き込まれたくなかったら関わらないことこそが唯一の処方箋であり予防策。極度に執念深いので要注意。

 今日は朝、起こされず、そのまま母は知人の家に遊びに行き、夕方まで帰って来なかったのでそれまで横になっていた。精神状態極めて悪く、対人関係の不安定さ・トラブルを起こす、周囲からのトラブルを呼びやすい人格云々で社会には到底受け入れられない状態。

 成田の方へ行ってきた。『さくらの山公園』というところ。空港が一望できる。だいたい2分に1便離陸していた。東上線は無論、比べてはいけないが総武本線や成田線各停より一時間当たりの便数が多い。羽田はもっと混んでるのだろうか。目にしたのはJAL、ANA、NCA、ガルーダインドネシア航空、スイス航空(?)、ジェットスター、大韓航空、といったところだろうか。寒くなったので30分くらいでクルマに戻った。乗るのは嫌だが、飛行機を眺めるのは嫌いではない。この公園は、空港観覧用の丘から後ろを振り返れば京成空港線が走っている。京成スカイライナーが来て、撮ろうとしたがカメラをスイッチオンする間に去ってしまった。こういうスタンバってる時は、スイッチを切ってはいけない。どのみち、操作しないでいると自動的にオフになるし、シャッターを押せばすぐオンになるのだから…って何度も肝に銘じたのに学習能力がない。だからバカって言われるんだ。

 

 『さくらの山公園』を出発。成田市街の『イオンタウン成田富里』に寄る。イオンモールより規模は小さいが、店自体は『イオンモール銚子』よりずっと充実してるし垢抜けている。デブ専用の服屋もあるし。本屋もカルディもちゃんとある。

 やっぱり銚子のイオンはモールではあるが、なんか質がどうも…という感が拭えない。「銚子に大きい店を作って、適当にテナント入れれば来るんじゃないの?」という銚子をナメた考えで作ったんだろうか。それが窺える件として『全国の多くのイオンには出店しているスタバが、銚子のイオンにはない』という。まぁ「マックブックを開いて今更スタバもないでしょ」というのはあるけれど、ちょっと銚子、ナメられた感がありあり。でも、いい店が入っても銚子神栖くんだりの人間にはちょっと洒落すぎるのかな。

 ところで、銚子のイオン、黒字なのか?洋菓子店が潰れたり地元の物産店街が改装したりしていたけれど。尤も平日は爺さん婆さんが来てカネを落としていくから。一人出費僅かでも数来りゃまぁなんとかまとまるのかもしれないね。

 

 帰りはR51号に乗り、そのまま真っ直ぐ潮来まで。『ホームジョイ本田 潮来店』で灯油を購入。リッター66円。R51、県道50号を走り、R124で真っ直ぐ土合まで。15時30分着。

 昼食はR51沿いのセブンイレブン野毛平店で車中食。俺はなにぶんこういう状態なのでサラダに玉子ロール、おにぎりひとつ。飲み物は麦茶。麦茶も大して口には合わないのだが、しょうがない。食事制限、面白くねぇ。あんまり悲しくならないうちに死んでしまいたい。最終的に透析なんてなったらもう家族に大迷惑だもんね。フリーアナウンサーの誰だかが言ってたように、放置されて死ぬのが一番いいのかも知れない。母よ、俺のメシ作らないでおくれよ。食いすぎても食わなさ過ぎても死ぬ病気だから、ならメシ作る手間が省けたほうがいい。餓死するほうがいいが、メシを求められないほど衰弱してしまったほうがいいのかな俺は。生命活動しているだけなんだけどなぁ。それさえ許されないのか。糖尿のクスリをオーバードーズして低血糖で死ねばいいんだろうか。(20:33)

 テレビ東京の「話題の医学」放送終了につき、5時以降の番組はTVショッピングということで、深夜・早朝は大体どこもTVショッピングという感じに。

 この一ヶ月程、精神状態が極めてよろしくない。糖尿病、検査数値悪化のため、地域の中核病院に転院というか、治療方針が決まるまでそちらに通うことになるだろう。この診断でガクッと来た。怯えて生きる毎日。疲れた。早朝だが寝ることにする。(5:35)

 神栖市街から息栖を通り、息栖大橋、小見川大橋を渡り、旭の方を回り、銚子、犬吠、魚市場、新生、唐子、銚子大橋を渡り波崎のウエルシア薬局で洗剤などを買い、カスミ(スーパー)で食材などを購入し、ケーズデンキで電池を購入、帰宅17時。カスミよりウエルシアの方が紅茶の種類が多い。

 ロヒプノールを飲みすぎたかまだ効いているようだ。眠い。

 寝ようと思ったら夕食になったので、塩うどんというのだろうか、そういうものを食べた。美味かった。

 食後、眠たかったので寝た。上の行まで書いてあったのでこの行を書いて終わることにする。

 というわけで、糖尿が酷くなって、旭の中央病院にいくことになり、紹介状を書いてもらった。まぁその流れで入院、病院で死亡、となるんだろうな。俺としてももうそろそろ終活しないといけないかもしれないね。

 俳優の誰かが「葬儀不要、戒名不要」だったかなんかそんなこと言って亡くなったが、本当。俺も、そうして欲しいと思ってるのだけれど、ちゃんとそれを、やってくれるのか。なし崩し的に、誰だかわからないような親戚が来て、ざざざっと普通の葬式をされて、普通に焼かれて、俺の遺志はなにも実現されることがなく、普通に納骨されるのだろうか。そんな気がするな。なにぶん俺の「言うこと考えることはすべて間違っている」らしいから。いうまでもなく支離滅裂で、精神病に「より近い状態」に来ているのかもしれない。脳というか、頚椎のあたりに重苦しいものが凝り固まっている感じがする。ゲル状のような…いや、砂鉄のようなものが…腸詰のようになって首に巻き付いているような…うーん。ブラックフライデーがあと一時間ちょっとで終わる。本日1月20日、仏滅だったそうだ。「なるほどなー糖尿」と思う。

 寝るわ。

 トリクロカルバンを含有し、しかもそれが主成分のミューズ石鹸で顔からつま先まで洗い、トリクロカルバンを問題視する輩を鼻で嗤い、薬用石鹸は身体に毒だという輩を終いには憐み、日本の医者が処方する抗生物質や向精神薬なんてほとんど不要だなんて言い出す輩を気の毒なあまりこちらが号泣してしまう。しかも田舎のカフェを気取る店主が「砂糖は麻薬だからコーヒーに入れる砂糖はお出しできません」っていう…こんな苦いだけでコクも何もない薄っぺらなコーヒーを「豆から淹れますので」って自慢げに言うな。カフェなんだから当然だろそんなこと。じゃぁ山菜でも取って食ってろ。客に迎合しないのは問題提起でもあるからそれは構わないけれど、俺はもう行かねぇぞ。コーヒー嫌いの人がさらにコーヒー嫌いになるようなコーヒーってさ、それでカネ取るなんてのはぼったくりだ。二度と行かねぇ。苦けりゃなんでもコーヒーなのかってんだ。そういう輩は、ガイガーカウンター持って放射能でも測ってりゃいいんだ。俺は「反・反対論者」。「なんでも反対」する人の、よくわかんない正論には反吐が出る。隣町のすっかり衰退した市、銚子市のちょっとおつむが足りない民衆が50年ほど前に東電の火力発電所がくるのを反対し計画は立ち消え、中核病院の計画にも反対して計画がパー。その代り隣の旭市に計画変更、税金も入ってくるし、さすが旭は先見の明があったんだね。まぁ繁盛している。ただ、ケーズデンキに負けてヤマダ電機が閉店したのはこれは市のせいではないね(笑)。

 精神状態が極度にとても悪い(変な表現だが)。甘くて冷たいものが食べたい。アイスクリームが。糖尿に最も悪い食べ物のひとつだ。あぁ…こんな制限が多い人生を続けて長く生きても面白くない。

 

眠くなってきた。寝る。

 明日は一週間早めて内科の診察。母が、俺が冷たい飲み物を暴飲する様子を見て、糖尿が酷くなっていると思ったのか、明日の診察に同伴するとか言い出して非常に困っている。死ぬも生きるも俺の勝手だ。面倒くさいからやめて欲しいね。嫌だといっても母は頑として受け入れない。

 俺ももう嫌になったよ。

 根本的に俺を信用していない。

 そうやって俺をこの生き地獄の人生に転落させた

 自分から出た別の生命体を信頼しなければ

 その別な生命体は如何にして周囲を信頼するか

 否 「信頼」という概念を

 その生命体は持っていない

 イガをかぶり鬼皮をかぶり、渋皮。

 過剰包装だろう?

 俺のためだぁ?嘘言うな

 あんた自身のためだろう?

 畜生

 1995年1月17日の5時46分、兵庫県南部地震が発生、阪神淡路大震災と命名…。朝6時過ぎ寝覚めにTVの報道を見て唖然とした。倒れた高架、あちこちで火の手が上がっている。「なんなんだこれは…」陳腐な言い方になるが「これ、夢じゃないの?夢だよね?」と目覚めを待ったが残念ながら既にうつつだった俺はそれ以上の覚醒は当然ながら無く、現実として受け入れざるを得なかった。そしてその16年後の東北地方太平洋沖地震――東日本大震災――が発生し、再び夢現を往復して「現である」と認めざるを得ない災禍を体験することになってしまった。近所の県立波崎高校に間借りして身を寄せ4日間、俺は教室の冷たい床に横たわり、浅い睡眠で夜を明かし、夜通し放送されている災害報道を流すTVが置かれた廊下にみんな集まっていたのを横目に見ながら夜の廊下を歩いたりしていた。でも俺の精神状態は四日間で精一杯だった。もう耐えられなかった。ということで自宅に戻った。俺がそうあるように、戻るところである家がある人はいい。阪神淡路大震災では多くの家が倒壊した。戻るところのない方々の心痛如何ばかりか。

 某Facebookのアカウントを停止して半年くらいになるだろうか。孤独は自由、自由は孤独。とは『嫌われる勇気』という書籍より。ただ、この本のタイトルと同じフジテレビのドラマ。それがもとでこの言葉が極度に軽薄なものと化してしまわないだろうか。いや、すでに軽薄化している。それとも、はじめっからこの名の書籍をフジがドラマ化するのを前提で出版したのだろうか。出演者を見てドラマ嫌いの俺は更に観る気が失せた。まぁ、俺は孤独で放っておかれたらまぁ、「友人を探す活動」→『友活』には出ないだろうな。うち、家族だけで完結してしまうから。俺も友人知人の輪を広げようとは思わないし。性分なんだろうね。無理だわ、二けた以上交際(「二股」とかではないので注意)。

 翌(18日)4時か。あぁ、なんか、んーんと精神状態悪し。はぁ…眠くもならんが肩が凝る。指圧してもらいたい。(1月18日4時5分)