合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

はぁ?。…出るのはため息ばかり。(ウンコ、シッコ、げっぷ、屁、汗、涙、鼻水、唾液、痰、その他分泌物もでるけどね。)

 また地震。最近俄かにまた群発している。いやだねぇ。地震は嫌だ、もう嫌だ。

/usr/src/にLinux-3.0.4.tar.bz2をtar -xvjfで展開しておく。NVIDIA純正ドライバ(〜.run)を予め別のOSでUSBメモリに保存して、(何故か俺の環境(KNOPPIX-iceweasel)ではNVIDIAのドライバ選択ページでプルダウンメニューがうまく表示されず取得できなかったので)/home/knoppix/に移動させておく。

 KNOPPIXの/boot/grub/menu.lstのKNOPPIXのエントリーのところの「〜libata.force=noncq tz=localtime loglevel=1  rw」の「〜=1」と「rw」の間に「nomodeset」と記述し、保存(勿論「su -」で)。

 その処理をしたのち再起動してみて、デスクトップのテキストが何となくボヤけていて全体的に横長になっていれば「Nouveau」は無効になっているのでこれでできるはず。

 で、「#telinit 1」でランレベル1 に入り、「#cd /home/knoppix/」に入って、一応「#chmod 755 NVIDIA-Linux-x86-xxx.xx.run」でパーミッションを設定し直す。次に、「#sh ./NVIDIA-Linux-x86-xxx.xx.run」でEnterキーを押す。多分、「Quit〜?」と訊かれるので「No」と答え、あと「Accept〜Yes〜Yes…」みたいな感じで、インストールされるような感じに答えていく。グリーンバーと進捗%が次々と表示されたら好感触。終わったら「OK〜OK」と多分2回くらい打ったと思う。

 最後に「#telinit 3(5だったかもしれない)」と打ってXを起動する。これで「Compiz-Fusion」のロゴスプラッシュがでたらめでたしめでたし。

 なお、この作業は、KNOPPIX→FEDORA16→openSUSE12.1を入れ、openSUSEのGrubから入ってからやったものだが、おそらく単体またはWindowsとのデュアルブートでも手順は同じだろう。

 要はKernel-source(例えばlinux-3.x.x)が展開されて/usr/srcあたりに存在していること、nomodesetでNouveauを切ってあること、カーネル開発環境(gcc、make、kernel-devel、ディストリビューションによってはbuild-essential)があること、実行権限が適切に設定されていること、だろう。

 なかなかメモする機会がなかったのでメモしておく。

昨日は具合が悪くて寝ていた。風邪でももらったか?熱がまた8度ある。糞ったれ!なんでこう、体が弱いんだろう。虚弱のデブ(笑)。書く事無し。

いろいろ意見もあるようだが何でもできる完璧な人間の言うことなら聞いてやってもいいけれど、生憎完璧な人間などいないもんでね。俺がだらけてると思うのならば自分はそうならないように努めればいいだけの話だ。同調者を募って自分が正義の味方であるがごとくいい気になって俺を集団で責めるのは理解できる。その方が気分がいいからだ。俺のためを思ってとか云々かんぬんいうのは単なる独りよがりで後付の理屈にすぎない。余計なお世話なんだよ。俺がダメ人間だと思うなら自分はそうならないようにせいぜい気を付けるんだな。それから俺は豆々だ。「豆」ではない。

シークヮーサーいっぱい。母が庭のシークヮーサーの実を70個あまり収穫した。とりあえず搾ろうかということになり、横に切って計量カップに搾っていった。液面は350mlのところまで行ったが、そのほとんどはタネで、茶漉しで濾してタネを取り除いたら最終的には150mlしか搾れなかった。果実の直径4cmほどだが外皮が厚く、中身は小さい。約75個で150ml取れたから1個の実当たり果汁2mlということになる。さて問題は残った大シークヮーサー搾りかす量の搾りかすである。「刻んでマーマレードみたいにできないかね?」「それより干して陳皮(ちんぴ:ミカン成熟果皮乾燥したもの。リモネン主成分とする精油ビタミン類含有し、鎮咳・袪痰(きよたん)発汗健胃薬として用いる。)みたいに使えるんじゃない?」「どうやって使うのよ」云々、いろいろ議論したが結論が出ず、とりあえず母は昼食まで暇つぶしにひたすら皮を刻んでいた。現在は刻んだのちザルにあけ放置してある模様。この状態ではマーマレードにも陳皮にもどちらにも転べる。どうするべきかね。アイデア募集中。

無感情。デパケンRが1錠増えたからだろうか。不快ではない。心地よくもない。腹部に若干の違和感がある。表示は昨日の23時08分になっているはずだが、実際は日が明けてもう2時過ぎた。寝ようか。

妹が胃腸炎になって吐き下ししたので病院に行った。クラリスロマイシン、生菌整腸剤、ドンペリドンをもらって帰ってきた。時々妹は腹壊して吐いたりする。俺、そういえばしばらく吐き気というものを感じてないなぁ。もともと下り気味だから細菌とか異物が体内にとどまらないんだろう。まぁただ、普段からそういう状態なのがいいとは思わないが。妹はきっと、週6日働いて疲れ、抵抗力が落ちているんだろうと思う。ゆっくり休んでほしい。

 熱は下がった。頭が多少重いがそんな寝込むほどでもない。今朝は寒かった。布団の中にいても寒かった。母は電気毛布、父は湯たんぽ、俺と妹はセルフ・ヒーティング(自分の体温で暖める)だ。電気毛布、ほしいが俺の場合すぐ寝汗を書いてしまうだろう。尤も、零下何十度の世界なら話は別だが、最低でもせいぜい零下一度くらいだったら布団被って寝てりゃ充分だ。とはいうものの起きてるうちはこたつが必要だな。

 俺の部屋の窓の扉は二枚とも下のガラスがなく(俺が壊してぶち抜いた。)、代わりにベニヤ板がはめ込んである。すきま風((R)杉良太郎)が寒い。気密性の低いこの部屋は、こたつの中か布団の中が過ごすに堪える場所である。節電のことを考えれば、布団かぶって寝ているのが一番合理的な過ごし方だ。とはいえ、ずっと眠っていられるわけでもないから、仕方なくこたつで過ごす。次善策を考えれば、みんながそれぞれにこたつを使うのではなく、リビングに集まってそこのこたつで過ごせば節電にもつながる。3.11は当然と思われたことが必ずしも当然ではないということを思い知らされた出来事だった。10か月近くたった今でも俺の地震に対する恐怖は消えるどころか益々強まり意識の中でかなりの部分を地震のことが占拠している。当然の反応だと主治医は言う。が、生活に支障を来すほどのものであっても受容せねばならぬものだろうか。わからないが俺はその時その時の判断で適当に生きていこう。