合計  今日  昨日  現在名様ご来訪です。

 だから俺は人づきあいが嫌いなんだ!

 

 でもどうせ俺に非があると言われてお終いだ。

 

 14時20分、ルボックス25mg錠+50mg錠各2錠、レボトミン5mg錠3錠、ラミクタール25?錠1錠、リスパダール1mg錠1錠、テグレトール100mg錠1錠を服用。

 タイトルの通りだが、昨日のことが相当ショックだったらしい。現実逃避に走っている。夜中0時頃、起きて夕食を食べる。意識朦朧としているのが自分でもわかった。食後、ゾロフト50mg錠2錠、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠5錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠2錠、ロヒプノール1mg錠1錠を服用、再び眠る。次起きたら朝10時。眠い。やたらと眠い。ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠1錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠1錠、テグレトール100mg錠1錠を服用。友人(と思ってるのは俺だけかも)と少しチャットをする。眠いな。また眠ろうか。誰もいないし退屈だから。あ、そうだ、アイスティー作っておくように頼まれてたんだった。じゃ、作るかな。起きていたらまたあとで書く。

 精神的にまだ調子が悪い。重症だ。こんな時SSRIは当てにならない。やっぱり三環系、例えば「トリプタノール」150mg/dayとか「アモキサン」300mg/dayとかでないとダメかもしれない。俺に劇的に効く薬があるとしたら、もはやうつの人間に処方されることのない『リタリン』であろう。「対症療法の極み」と言われるリタリンだけれど、それを言うならほかの薬だって同じようなものだ。一種覚せい剤のようなものだけれど俺には必要な薬だった。「元気でいる」ために。リタリンの処方を断られた時、がぁ????????っくりきた。「あぁ、もう俺は元気になれない」と。もうその頃は、俺は既にSSRIの効果を見限っていた。三環系もやめる方向だということがわかっていたし…。SSRIは三環系に「劣らない」効果を持つと「謳われている」だけのものであって、「勝る」ものではないどころか、必ずしも「劣らない」ものでもない。俺には効かない。だってそうだろう?だったらこの「うつ症状」はなんだ!?この「強迫症状」はなんだ!?「無気力・無意欲」はなんだ!?なんなんだ!?トリプタノールで「ぼんやり」していても、うつ症状が消えればそれは効果だ。アモキサンで「躁転」しても、うつ症状が消えればそれは効果だ。俺の「元気」を返してくれ!ため息ばかりのこの人生、もう過去に遡って消えたい。

 2時半頃目が覚める。PinguyOSをいじっていたら、グラフィックドライバが使えないことに気付いた。またか。PinguyOSのDVDをどこかにやってしまったのでisoをダウンロードして今焼いている。グラフィックドライバーがうまく入るか不安だがやってみる。

 4時10分、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠1錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠1錠、イリボー5?g錠1錠、ロぺミン1mgカプセル2カプセル、ローコール20mg錠1錠を服用。6時半、何やら不安症状が出てきたのでリスパダール液2mgパック2パックを服用。治ってくれるといいのだが。

 今日は買い物に行ってくる。腹具合があまり良くないが、イリボーとロぺミンを飲んだから大丈夫としよう。考えたらきりがない。便秘にはなるだろうが下痢はあるまい。

 ジャパネットで富士通のノートパソコンがキャノンのプリンタ複合機とセットで\39,800で売っていた。但しイー・モバイルに2年間加入しなければならない。イー・モバイルの料金は月額\6000弱。使わないしなぁ。第一、ノートパソコンを持ってる意味がない。でも見ると欲しくなる。34兆円欲しいなぁ。そうすれば何でも買えるのに。さて、DVDが焼きあがったようだ。インストール作業に入ろう。あとのことはまた夜に書くと思う。

 結局グラフィックドライバはインストールできなかったが、デスクトップ効果はそのままでもできた。デスクトップがなんか違うなぁと思ったのは、単にrootでログインしていたからで、一般ユーザーでログインすれば、ちゃんとしたデスクトップが表示された。あぁ骨折り損のくたびれ儲け。バカみたいだ。

 10時過ぎ、買い物に出発。まずホームジョイ本田で灯油を購入、母は花を購入。次にWonder gooでパソコン雑誌を購入。次にベイシアで父の服を見るも、わからないので明日母が父と一緒に来て父に選ばせるということになった。で、ついでにというか、母が俺に7分丈のズボンを穿いてみろというので試着してみたが、4Lでも入らない。5Lでないとダメなようだ。ショック。しかもベイシアには、店内に、食料品売り場にまでこれでもか、これでもかと言わんばかりに鏡がある。鏡って残酷だな。俺の醜い姿を忠実に映しやがる。これで落ちるとこまで落ちたのに、更に今日は顔面けいれんがひどい。勝手に左目がウインクしてしまう。気味悪い。デブで顔面けいれん、ルックス最悪じゃんか。帰りの車内では普通にしていたが、実はきわめてブルーになっていた。泣きたくなっていた。顔面けいれんは更に酷くなる。踏んだり蹴ったりだ。でも、死ぬような病気ではないし、金がないので放っておいている。病気も金の後回しになる。あぁ死にて。14時20分自宅着。着替えの時ふらついてテーブルの上に尻餅を搗く。更に落胆する。14時45分、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠2錠、テグレトール100mg錠1錠を服用。あぁ嫌だ。自分で自分が嫌になってくる。軽いパニック状態に陥る。パニック発作と言えばパキシルだが、生憎俺はパキシルを処方されていない。仕方がないのでレボトミン5mg錠とテグレトール100mg錠を服用。なんか意味あるのかないのかわからない。17時、この日記を書く。極めてブルーだ。少し寝る。ダメだ限界だ。

 3時45分頃起床。ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠1錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠1錠、イリボー5?g錠、ロぺミン1mgカプセルを服用。朝食は昨夜の残りのカレー。

 午前中は昨日のopenSUSEの操作性のチェック。あとは体調がすぐれなかったこともあり、横になっていた。

 昼、昼食にパンを食べる。ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠2錠を服用。午後はボケラ?っと過ごす。

 夜、夕食は冷やし中華。両親は近所の人にお呼ばれして食事。ゾロフト50mg錠2錠、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠5錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠2錠、ロヒプノール1mg錠1錠を服用。この日記を書く。

 現在19時45分、妹はまだ帰ってこない。遅いな。

 今日は内科に行ってきた。今日はエコー検査だった。案の定、脂肪肝だった。これだけ太ってりゃ当然だろう。イリボー5?g錠、ロぺミン1mgカプセル、ローコール20mg錠を30日分もらって帰ってきた。今夜はカレー。そろそろ寝ることにする。

 openSUSEを入れ直したらグラフィックドライバが使えず、フォールバックモードで起動した。nVIDIAでドライバをもらってきたが果たしてどうやって入れたもんか、以前やった事があるが忘れている。ありゃりゃ、まぁとりあえず自分の日記からopenSUSEで検索してドライバの入れ方を参照しながらやってみた。まずkernel-develが要るのね、そっかじゃぁzypper install kernel-develでインストール。nVIDIAドライバをrootディレクトリに移動させておく。#init 2に入って、sh ./NVIDIA-Linux-x86-xxx.xx.runとタイプしてEnter。エラー。makeがないと言われる。zypper install makeでmakeをインストール、もう一度「sh」以下を実行、エラー。/usr/src/内にカーネルソースがないと言われる。こりゃ困ったぞ、どうしようと思って/usr/src/内を見てみると、linux-3.1.10-1.9.1。/boot/grub/menu.lstを見るとカーネルは3.1.0-1.2えっ?なんでカーネルが違うの?と思って色々悩んだが、どうもkernel-develのバージョンが違うと判明。rebootしてデスクトップに戻り、Firefoxでkernel-devel-3.1.0-1.2を検索してRPM.phone.netでkernel-devel-3.1.0-1.2.1.noarch.rpmをもらってきて#rpm -ivh kernel-devel-3.1.0-1.2.1.noarch.rpmして インストール。/usr/src/以下を見る。linux-3.1.0-1.2があるのを確認。再び#init 2に入って「sh」以下を実行、エラー。gccがないと言われる。我ながら全く要領を得ない。#zypper install gccしてgccをインストール「sh」以下を実行、accept→yesと選択、緑の進捗バーが表示される。やった成功だ。OKを選択。rebootしてデスクトップに戻る。GNOME3が読み込まれてGNOME3で表示、やった。いやぁ、やる機会が少ないことだから忘れるもんだなぁ。あぁ苦労した。そんなわけで手順を備忘録として残しておく。

fedora17 Fedora17がリリースされたので、早速isoをダウンロード(2時間半くらいかかった)してDVD-RW(DVD-Rだと新しいバージョンがリリースされるたびにメディアが際限なく増えていってしまうから)に焼き、HDDにインストールしてみた。使用感は、相変わらず起動がとてつもなく遅い。俺のマシンが特に非力というわけではないと思うのだが(Core2Quad Q9650 @3.0GHz メモリ4GB)とにかく遅い。Fedoraのマークが出るまでに時間がかかるし、テキスト画面になると「Ctrl-Dを押せ」と言われる。そこから再びFedoraのマークが出てカーソルが現れ、ログイン画面になるのだが、それにも結構な時間がかかる。やはり俺のPCのマシンパワーが足りないことによるものだろうか。そうは思わないんだけどなぁ…。使い勝手はFedora16と変わらない。どこが変わったんだかわからない。壁紙が変わったくらいしか思いつかない。GNOME3にはまだ慣れない。とりあえずインストールしたのは、xscreensaverとGoogle Chrome、Operaくらい。 

 話が前後するが、Grub2は16の時と同様、全てのOSを拾ってくれたが、慣れないのでubuntu12.04LTSのものを使ったが、こちらはupdate-grub2した時Fedora17を拾ってくれなかったので、予めUSBメモリに保存しておいたFedora17のgrub.cfgからFedoraの部分をコピーしてubuntuのgrub.cfgに貼り付け、ついでにupdate-grub2でリセットされてしまったgfx-modeを640x480に書き換え、timeoutを-1に書き換えて保存、あとgrub-install /dev/sdaする。

 ちょこっと使ってみただけ(ブラウザとRhythmbox)なので何とも言えないが、メインはやはりubuntu12.04LTSになりそうな気がする。俺のマシンに入っているのはWindowsXPと、KNOPPIX6.7.7、Fedora17、openSUSE12.1、PinguyOS、Debian6.0.3、LinuxMint13、ubuntu12.04LTSだが、KNOPPIX、openSUSE、PinguyOS、Debianはバージョンアップがもう少し先なので、今度大幅に俺のLinux構成が変わるのは10月とか11月くらいになるだろう。その頃にはubuntu12.10とFedora18がリリースされているだろうが、Fedoraはもっと起動を速くしてほしい。多分無理だろうなぁ…。

 今日はカルディで買ってきたジャンナッツのオリジナルアールグレイでアイスティーを作ってみた。ガムシロップを入れなくても充分美味しい。サブレとか甘いもの食べて口の中が甘ったるくなっていたせいもあるが、無糖アイスティーはさっぱりして更に香りもよく最高だった。母も美味しいと言って飲んでいた。夏にはアイスコーヒーと交互に、暑い盛りにはアイスティーをメインに飲むようになるだろう。アイスティーを主に飲むようになれば、糖分の入ったものは飲む量が減るだろうから、少しは痩せるだろうか。無理だな多分動かないから。

 初め、この日記をFedora17のFirefox12.0で書いていたのだが、一時保存しようと思ったら「不正なアクセスです」と言われたので新しい入力画面にカット&ペーストしようとしたら「MozillaとFirefoxではクリップボードにアクセスできない」と言われたので、Windowsに戻って書いている。これを書き終わったらFedora17をもう少し使ってみようと思うが、起動の遅さが嫌でどうしようか迷っている。でも折角入れたんだし使ってみるか。

  • カテゴリー雑記

 1969年6月30日、東京都世田谷区経堂にて生まれる。生後4か月で茨城県鹿島郡波崎町という、何もない場所の団地に引っ越してくる。当時から俺は太っていて子供社会に出た時から、「デブ、デブ」といじめられる。この頃既に今の人格の基礎が出来上がっていたと思う。

 小学校2年の1学期、新卒の教諭に無理やり級長にさせられ、放課後どこかで誰かがケンカしたことさえ俺のせいにされ、結局教諭によるいじめだった。とうとう壊れて、ストレスによる十二指腸潰瘍になる。5年生以降中学まで記憶がない。写真は残っているが今一つ実感がなく、違和感がある。

 そして中学校入学。気が付いたら野球部に入っていたが、なじめず同級生と一緒にサボる日々が続く。2年生の6月、吹奏楽部に転部、パーカッション担当。一緒に転部した件の同級生とドラムの腕を競い合い、二人揃って割と上手くなる。学校は大嫌いだったが部活に行くため通っていた。このころが一番楽しかった。

 3年生10月、当時付き合っていた女の子にフラれ一気に暗くなる。結局太っているのがダメなんだと悟る。一か月後に復縁を迫られるがもうわけがわからなくてそれを拒み、自分の殻に閉じこもるようになる。

 翌春、なんとか進学校に合格、高校入学。入学後も中3の頃の一件を引きずり暗いまま。たびたび学校をサボる。同じ頃、一日2時間毎日走り、口にするのはキャベツの千切りやリポビタンD、烏龍茶くらいといった過激なダイエットに走り、2か月ちょっとで35kg減(80kg→45kg)という離れ業をやってのけ、結構話題になる。45kgはいくらなんでもと思い、52kgに増量、以後52?56kgを約15年間キープする。

 2年生の6月、バンドに誘われ加入。ガラクタ祭という一種の学園祭でライブ、大いに受ける。8月、銚子の花火大会でやったライブの対バンの他校の上級生に因縁をつけられ、「絶対殺す」と言いふらしている噂を耳にし、恐怖で高校に行かなくなる。思えば、もう当時うつを発症しており、精神科にもかかったのだが記憶にない。(同じころ、他校の女の子と付き合い始めるが、何もなく3か月でフラれる。元々世界の違う人だったということもあり、これに関してはダメージなし。)

 3年生になっても不登校は続き、単位が足りなくなりそうになるが、先生に対しては従順だったため、手心を加えてもらい無事卒業。以降計画的に浪人生活に入る。

 浪人1年目は病気にたたられ、勉強手につかず、精神的に不安定で家族に当たり散らす。浪人2年目、追い出されるように東京に出て一人暮らしを始める。間もなく幼馴染の女の子と一緒に暮らし始める。全く勉強せず、二人の生活を楽しむ。

 浪人4年目、これではだめだと思い、女の子と別れてやっと勉強に本腰を入れたのが12月頃。3月、志望大学ではなかったがなんとか大学に入学。

 大学にはほとんど行かずに単位をいかに効率よく取るかだけに命を懸けていた。

 2年生の7月、友人の結婚式の二次会で知り合った後輩の女の子と付き合い始め、同月、一緒に暮らし始める。4年生6月、就職活動最中にうつ再燃。精神科に通い始める。

 卒業後は資格学校に通うも、うつが悪化、全く身が入らず、ダメ。彼女との外出以外はひきこもるようになる。

 うつがさらに悪化、わけのわからない言動が多くなり、それに疲れた彼女にフラれたのが30歳の12月(1999年)。約6年半の同棲生活。

 以降も東京に住み続けるが四環系抗うつ薬の副作用で出先や電話中にけいれん、失神、意識混濁になって救急搬送されるということが何度も続き、2003年、実家に強制送還、以後今日まで9年、引きこもり生活を続けている。

 外界との接点はインターネットのみ。外出は病院とたまのドライブのみとなっている。なお、1999年から2001年の2年で50kg体重が増え、デブに逆戻りしている。

 2001年頃より地元の総合病院精神科に通院していたが、医師の大量退職のため追い出され、紹介状を持って2011年3月、現在のクリニックに転院。4週間おきの通院。前の病院での薬の変遷は、トリプタノール150mg/dayやアモキサン300mg/dayなど最強の三環系攻撃にサイドメディシンとしてプロザックを個人輸入して飲んでいた。現在の処方はジェイゾロフト100mg/day、ルボックス225mg./day、レボトミン40mg/day、リスパダール2mg/day、ラミクタール75mg/day、ロヒプノール1mg/day、頓服としてリスパダール液2mg、レボトミン5mg錠。結局SSRIは副作用の少ない抗うつ薬という印象しかなく、三環系の効き目のシャープさを今更ながら実感している。

 うつ、強迫性障害、社会不安障害の他の持病は片側顔面けいれん、高コレステロール血症(現在は正常値)、脂肪肝に伴う肝機能障害、過敏性腸症候群(下痢型)

…といったところがざっくりとした俺の自己紹介とヒストリーである。現在42歳、今年で43歳になる。就職は諦めた。資格を取って独立するしか生きる術はあるまい。脳卒中とか心室細動、がんにでもなって死んじまえば全て丸く収まるんだけれども。そうはうまくいくまい。かといって人生がいい方向に転がりかけた時に得てしてそういう病気になって死んだりするもんである。全く以て人生うまくいかない。俺が一体何したというんだ。

 以上晴天の空の下にて。

 こちらが友人と思っていないのに向こうからは友人と思われていたり、こちらが友人と思っていても相手方はそんな事これっぽっちも思っていなかったりする。圧倒的に後者が多いというかほとんどそうだ。

 今日は結局病院をキャンセルした。来週にすることにした。気持ち悪いのはまだ治らない。