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  • 2012年05月登録記事

fedora17 Fedora17がリリースされたので、早速isoをダウンロード(2時間半くらいかかった)してDVD-RW(DVD-Rだと新しいバージョンがリリースされるたびにメディアが際限なく増えていってしまうから)に焼き、HDDにインストールしてみた。使用感は、相変わらず起動がとてつもなく遅い。俺のマシンが特に非力というわけではないと思うのだが(Core2Quad Q9650 @3.0GHz メモリ4GB)とにかく遅い。Fedoraのマークが出るまでに時間がかかるし、テキスト画面になると「Ctrl-Dを押せ」と言われる。そこから再びFedoraのマークが出てカーソルが現れ、ログイン画面になるのだが、それにも結構な時間がかかる。やはり俺のPCのマシンパワーが足りないことによるものだろうか。そうは思わないんだけどなぁ…。使い勝手はFedora16と変わらない。どこが変わったんだかわからない。壁紙が変わったくらいしか思いつかない。GNOME3にはまだ慣れない。とりあえずインストールしたのは、xscreensaverとGoogle Chrome、Operaくらい。 

 話が前後するが、Grub2は16の時と同様、全てのOSを拾ってくれたが、慣れないのでubuntu12.04LTSのものを使ったが、こちらはupdate-grub2した時Fedora17を拾ってくれなかったので、予めUSBメモリに保存しておいたFedora17のgrub.cfgからFedoraの部分をコピーしてubuntuのgrub.cfgに貼り付け、ついでにupdate-grub2でリセットされてしまったgfx-modeを640x480に書き換え、timeoutを-1に書き換えて保存、あとgrub-install /dev/sdaする。

 ちょこっと使ってみただけ(ブラウザとRhythmbox)なので何とも言えないが、メインはやはりubuntu12.04LTSになりそうな気がする。俺のマシンに入っているのはWindowsXPと、KNOPPIX6.7.7、Fedora17、openSUSE12.1、PinguyOS、Debian6.0.3、LinuxMint13、ubuntu12.04LTSだが、KNOPPIX、openSUSE、PinguyOS、Debianはバージョンアップがもう少し先なので、今度大幅に俺のLinux構成が変わるのは10月とか11月くらいになるだろう。その頃にはubuntu12.10とFedora18がリリースされているだろうが、Fedoraはもっと起動を速くしてほしい。多分無理だろうなぁ…。

 今日はカルディで買ってきたジャンナッツのオリジナルアールグレイでアイスティーを作ってみた。ガムシロップを入れなくても充分美味しい。サブレとか甘いもの食べて口の中が甘ったるくなっていたせいもあるが、無糖アイスティーはさっぱりして更に香りもよく最高だった。母も美味しいと言って飲んでいた。夏にはアイスコーヒーと交互に、暑い盛りにはアイスティーをメインに飲むようになるだろう。アイスティーを主に飲むようになれば、糖分の入ったものは飲む量が減るだろうから、少しは痩せるだろうか。無理だな多分動かないから。

 初め、この日記をFedora17のFirefox12.0で書いていたのだが、一時保存しようと思ったら「不正なアクセスです」と言われたので新しい入力画面にカット&ペーストしようとしたら「MozillaとFirefoxではクリップボードにアクセスできない」と言われたので、Windowsに戻って書いている。これを書き終わったらFedora17をもう少し使ってみようと思うが、起動の遅さが嫌でどうしようか迷っている。でも折角入れたんだし使ってみるか。

  • カテゴリー雑記

 1969年6月30日、東京都世田谷区経堂にて生まれる。生後4か月で茨城県鹿島郡波崎町という、何もない場所の団地に引っ越してくる。当時から俺は太っていて子供社会に出た時から、「デブ、デブ」といじめられる。この頃既に今の人格の基礎が出来上がっていたと思う。

 小学校2年の1学期、新卒の教諭に無理やり級長にさせられ、放課後どこかで誰かがケンカしたことさえ俺のせいにされ、結局教諭によるいじめだった。とうとう壊れて、ストレスによる十二指腸潰瘍になる。5年生以降中学まで記憶がない。写真は残っているが今一つ実感がなく、違和感がある。

 そして中学校入学。気が付いたら野球部に入っていたが、なじめず同級生と一緒にサボる日々が続く。2年生の6月、吹奏楽部に転部、パーカッション担当。一緒に転部した件の同級生とドラムの腕を競い合い、二人揃って割と上手くなる。学校は大嫌いだったが部活に行くため通っていた。このころが一番楽しかった。

 3年生10月、当時付き合っていた女の子にフラれ一気に暗くなる。結局太っているのがダメなんだと悟る。一か月後に復縁を迫られるがもうわけがわからなくてそれを拒み、自分の殻に閉じこもるようになる。

 翌春、なんとか進学校に合格、高校入学。入学後も中3の頃の一件を引きずり暗いまま。たびたび学校をサボる。同じ頃、一日2時間毎日走り、口にするのはキャベツの千切りやリポビタンD、烏龍茶くらいといった過激なダイエットに走り、2か月ちょっとで35kg減(80kg→45kg)という離れ業をやってのけ、結構話題になる。45kgはいくらなんでもと思い、52kgに増量、以後52?56kgを約15年間キープする。

 2年生の6月、バンドに誘われ加入。ガラクタ祭という一種の学園祭でライブ、大いに受ける。8月、銚子の花火大会でやったライブの対バンの他校の上級生に因縁をつけられ、「絶対殺す」と言いふらしている噂を耳にし、恐怖で高校に行かなくなる。思えば、もう当時うつを発症しており、精神科にもかかったのだが記憶にない。(同じころ、他校の女の子と付き合い始めるが、何もなく3か月でフラれる。元々世界の違う人だったということもあり、これに関してはダメージなし。)

 3年生になっても不登校は続き、単位が足りなくなりそうになるが、先生に対しては従順だったため、手心を加えてもらい無事卒業。以降計画的に浪人生活に入る。

 浪人1年目は病気にたたられ、勉強手につかず、精神的に不安定で家族に当たり散らす。浪人2年目、追い出されるように東京に出て一人暮らしを始める。間もなく幼馴染の女の子と一緒に暮らし始める。全く勉強せず、二人の生活を楽しむ。

 浪人4年目、これではだめだと思い、女の子と別れてやっと勉強に本腰を入れたのが12月頃。3月、志望大学ではなかったがなんとか大学に入学。

 大学にはほとんど行かずに単位をいかに効率よく取るかだけに命を懸けていた。

 2年生の7月、友人の結婚式の二次会で知り合った後輩の女の子と付き合い始め、同月、一緒に暮らし始める。4年生6月、就職活動最中にうつ再燃。精神科に通い始める。

 卒業後は資格学校に通うも、うつが悪化、全く身が入らず、ダメ。彼女との外出以外はひきこもるようになる。

 うつがさらに悪化、わけのわからない言動が多くなり、それに疲れた彼女にフラれたのが30歳の12月(1999年)。約6年半の同棲生活。

 以降も東京に住み続けるが四環系抗うつ薬の副作用で出先や電話中にけいれん、失神、意識混濁になって救急搬送されるということが何度も続き、2003年、実家に強制送還、以後今日まで9年、引きこもり生活を続けている。

 外界との接点はインターネットのみ。外出は病院とたまのドライブのみとなっている。なお、1999年から2001年の2年で50kg体重が増え、デブに逆戻りしている。

 2001年頃より地元の総合病院精神科に通院していたが、医師の大量退職のため追い出され、紹介状を持って2011年3月、現在のクリニックに転院。4週間おきの通院。前の病院での薬の変遷は、トリプタノール150mg/dayやアモキサン300mg/dayなど最強の三環系攻撃にサイドメディシンとしてプロザックを個人輸入して飲んでいた。現在の処方はジェイゾロフト100mg/day、ルボックス225mg./day、レボトミン40mg/day、リスパダール2mg/day、ラミクタール75mg/day、ロヒプノール1mg/day、頓服としてリスパダール液2mg、レボトミン5mg錠。結局SSRIは副作用の少ない抗うつ薬という印象しかなく、三環系の効き目のシャープさを今更ながら実感している。

 うつ、強迫性障害、社会不安障害の他の持病は片側顔面けいれん、高コレステロール血症(現在は正常値)、脂肪肝に伴う肝機能障害、過敏性腸症候群(下痢型)

…といったところがざっくりとした俺の自己紹介とヒストリーである。現在42歳、今年で43歳になる。就職は諦めた。資格を取って独立するしか生きる術はあるまい。脳卒中とか心室細動、がんにでもなって死んじまえば全て丸く収まるんだけれども。そうはうまくいくまい。かといって人生がいい方向に転がりかけた時に得てしてそういう病気になって死んだりするもんである。全く以て人生うまくいかない。俺が一体何したというんだ。

 以上晴天の空の下にて。

 こちらが友人と思っていないのに向こうからは友人と思われていたり、こちらが友人と思っていても相手方はそんな事これっぽっちも思っていなかったりする。圧倒的に後者が多いというかほとんどそうだ。

 今日は結局病院をキャンセルした。来週にすることにした。気持ち悪いのはまだ治らない。

 結局3時頃寝たのだが、起きたのは14時過ぎ。布団に入ってもごそごそしていたから本当はもっと遅く寝たのかもしれないが4時としても10時間ほど寝たことになる。俺は放っておくとだいたい10時間ほど寝ているようだ。

 15時過ぎにそうめんを食べたら腹がいっぱいになりすぎて気持ち悪くなり、今、多少頭が重い感じでこれを書いている。なんでそうめん食ったら頭が重くなるのかそれはわからないが、ともかく吐き気がして生あくびをしすぎて出た涙で鼻がツンとなり、それで頭が重いんだと勝手に解釈している。俺は他人が思うほどそんなに量を食えるわけではない。大食いの女の人(ギャル曽根とか…)とか見ているとよくそんなに食えるなと思う。俺はどんぶり並盛3杯もご飯を食えない。意外だと思うかもしれないが、かつ丼3杯食ったら俺は確実に吐く。俺は量を食うから太っているのではなく、食う量に見合った運動をしていないから太っているのだ。1日に30m歩くかどうか甚だ疑問だ。量を食って太っているのならまだ諦めもつくが、量食っていないのに太っているのが納得いかない。まぁ1日30m歩くかどうかというのは動かなさすぎだとは思うが。俺は本当は、1日にご飯を小さい茶碗に半膳くらいでいいのかも知れない。あーまだ頭が重くて熱っぽい。明日は病院。なんで病院に行く前の日は気持ち悪くなるようなもの食わせるんだろう。今夜は晩飯抜き。15時過ぎに食ったのに6時間ほど経った21時を過ぎても気持ち悪い。あーダメだ気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 14時過ぎ、ルボックス25mg錠+50mg錠各2錠、レボトミン5mg錠3錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠1錠を服用。21時、ゾロフト50mg錠2錠、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、ラミクタール25?錠2錠、レボトミン5mg錠5錠、リスパダール1mg錠1錠、ロヒプノール1mg錠1錠を服用。気持ち悪いのが治らない。しんどい。

 またWindowsをぶっ壊してしまった。実験的なことをやるからいけないのだが、Microsoft Updateがおかしくなったのでこれはだめだと思い朝一からWindowsの再インストールを行った。再インストールそのものはもう慣れてしまったからいいのだけれど、Microsoft Updateと再インストール前の状態にアプリケーションソフトを戻すのにえらい時間がかかる。不休で一日かかった。あとはUbuntuのGRUB2をMBRにインストールするだけだ。update-grub2をやって適宜grub.cfgを書き換えて(本当はダメなのだが)、install-grub /dev/sdaを実行して…という手順になる。もう2時。早いこと済ませて寝よう。

 23日朝4時、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠1錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠1錠、23日13時ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠2錠、 23日21時35分、ゾロフト50mg錠2錠、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠5錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠2錠、ロヒプノール1mg錠1錠を服用。

 さて、最後の作業をやって、寝よう。

 今日は精神科に行ってきた。混んでいたので1時間30分くらい待った。強迫症状がまだ治まらないことを伝えた。今日もラミクタール25?錠が1錠追加になって1日3錠になった。

 帰り、コーヒーがなくなったのでイオンのカルディに寄ってカフェジーニョ200g豆を買って帰ってきた。昼はセブンのサンドイッチとおにぎり。

 今朝までの不調はなんとか治まった。一体なんだったんだろう。

 午後、寝る。夕方起きて、夕食の高野豆腐の煮物を食べる。夜、ゾロフト50mg錠、ルボックス25mg錠+50mg錠各1錠、レボトミン5mg錠5錠、リスパダール1mg錠1錠、ラミクタール25?錠2錠、ロヒプノール1mg錠1錠を服用。もうそろそろ寝ることにする。

 体調崩した。昨夜夕飯食ってから気持ち悪くなった。腹壊した。呼吸が苦しい。今になってやっとネットできるくらいになった。でもまだ本調子じゃない。また電源切って寝る。

 SNSが子どもに与える多大なる影響、米専門家が指摘(c)AFP=時事/AFPBB News

 「親が携帯を常に手放せないようでは、子どもたちに正しいメッセージは発信できません」

 俺は携帯を持っていない。一日中うちにいて必要ないのではあるが、欲しいのは山々である。ちょっと調べ物をしたいときとか、一々パソコンを起動させるのも気が引けるし、たとえばこの日記が携帯でどう見えているかのチェックにも使ってみたいが、実際問題として、お金がかかるということもあるし、上の文にもあるように、携帯が手放せなくなるのが怖い。絶対手放せなくなると思う。

 で、上のリンクの本題、Facebook等のSNSで悪影響も、ということだが、「人間関係(Relationships)、注意力と依存(Attention and Addiction)、そしてプライバシー(Privacy)=RAP」が危機に瀕しているという。まず人間関係。これは、実社会での人間関係が希薄になる、ということだろうか。うーん…この前に書いた日記の中でも書いてあるけれど、非社交的(内気)な人は別にITの世界にいようが実社会にいようが非社交的なので、ITの世界にいるからと言って社交的になるわけではないし、社交的な人はITの世界で築いた人間関係を実社会でも生かすことができるだろう。非社交的の何が悪いの?人間関係の構築の可否ははなにもSNSをやるやらないに依存しないと思うが。

 んー、まぁ、でもこれは「子供」をテーマにしているということで、本来社交的になる要素を持った人がバーチャルの世界にどっぷりと浸かってしまうことにより人間関係を構築するトレーニングを積む機会を失ってしまって現実の世界での人間関係を拒んでしまうようになる、ということなのかな?それならわからなくもないが。家族団欒で飯を食う時にまでスマホをごそごそやっているのはいい光景ではない。一時期ポケットゲームでテトリスがはやった時に、妹がそれにはまってしまって、飯食う時も下向いてボチボチやっていたことがあって、あれは気分のいいものではなかったな。これが「依存」ということだろう。

 そして「プライバシー」。これは実のところ、俺も距離感を測りかねている。どこまでオープンにしていいものか。俺は多分殆どプライバシーを曝け出してしまっているから、読む人が読めば大体素性が知れてしまうだろう。ネットをやり始めて14年ほど経つが、未だに距離のとりかたがわからない。一方他人のプライバシーについてだが、無害な人については完全に尊重するが、攻撃を仕掛けてくる人に対しては容赦しない。丸裸にしてやる。本来こういう人間はネットをやってはいけないのかもしれないが(笑)。

 プライバシーではもう一つ。「フィッシング」である。実はうちも害を被ったことがあってCCの番号を変えた。それからというもの、フィッシングやウイルス、アドウェアなどのマルウェア、P2Pを使ったソフトの使用などには神経質になった。どこから漏れているかわからないから怖い。殊にうちの経済に関わってくることだから。潤沢な家計ならともかく、逼迫しているから。他のプライバシーならばだけれども、CCはちょっと…。

 だいぶ話がそれたが、SNS。以前ミクシィをやっていたことがあるが、あれは異様だった。知らない人まで友達登録をして数自慢しているという。俺はどちらかというと「深く、狭く」という人間関係を好む方なので、いまひとつ馴染めず、次第に苦痛になってやめてしまった。今はFacebookとTwitterをやっているが、距離のとりかたがわからない。俺はおちゃらけるということができないので、TwitterでもFacebookでも、割と素のまま、ネガティブな発言をしている。返答に困るであろうことはわかっているのだが。元来、SNSに向いていない体質なのかもしれない。

 俺はパソコンでコミュニケーションや情報を扱ったりというよりは、パソコンという機械自体を電気屋さんとしていじくるのと、OSのインストールとか、そういう「機械としてのパソコン」を扱うことやツールとして扱う前段階としてのデスクトップ環境を構築することに興味があり、ネットでの活動は、専らブログで日記を更新するくらいしか興味がない。内気で非社交的な俺が、ITの世界の中だからと言って社交的になったりするわけでもないし。だから将来に向かって、このスタンスは続くだろうと思う。ツールというよりは、それ自体が目的化している。「パーソナルコンピューティングマシン」という電化製品のおもちゃで遊んでいるというのが正しいのかもしれない。内気な人間は所詮どこに行っても内気なのだ。人間、そんなに変わるもんじゃないのだ。